アオイトリ


◆Chapter1:あなたをさがして

目が合ったのは一瞬。だけどそれで充分だった。
世界がその空間だけ切り取られたかのように止まる。数瞬の後、止まったのは自分の時間だったのだと知る。
人混みを隔てた道路の向こう側、彷徨うように歩いていたその人は、目が合った途端その場に立ち止まってこちらを見た。確信する。
眼鏡の奥にある大きな目をいっぱいに見開き、たった今引き起こされた出会いに打ち震えた。

「見つけた……!」

五感で感じ取るものだけが根拠ではない。言葉だけでは表現しきれない何かが、この胸の中で弾けた。
本能に刻まれた直感、あるいは運命によって生じた引力。今更証明なんて必要ない。
――僕達はもう、出会ってしまったのだから。

気がつけばもう駆け出していた。早く、早く、どうか一秒でも早く。赤い煉瓦の道を踏みしめて息を切らせる。互いの距離はみるみるうちに縮まって、とうとう手の届く位置に彼を捉えた。腕を伸ばす。肩に触れる。薄い体を、二本の腕で強く強く掻き抱く。ああ、ずっとずっと求め続けていたものが、この腕の中にある。喩えようもない歓喜が込み上げてきて、眼の奥にじわりと熱を感じた。
戸惑いの声を上げる彼の耳元に、優しく魔法の言葉を囁いた。

「やっと見つけた、僕等の青い鳥……!」



◆Chapter2:むかしむかしのおはなしと、

運命を信じたことなどなかった。全ての事象はただ偶発的に起こり、最初から何も決まっていないと。自らの行動こそが未来を切り拓き、世界を変えていくのだと。そう思っていた。
だが世界は一瞬にして鮮やかに色を変える。極彩色の運命がありとあらゆる根源を塗り替えていく。
私の世界を変えたのは、他でもない、目の前にいるこの二人なのだ。

「まさかこんなに早く出会えるなんて」

四ノ宮那月と名乗った眼鏡の彼は、興奮気味にそう話した。話の内容はまったく理解できないが、どうやら彼は私との出会いを心待ちにしていたらしい、ということだけは分かる。見ず知らずの他人にそんなことを言われても反応に困ってしまう。
那月さんの隣では、彼と瓜二つの顔をした人が眉を顰めてこちらをじっとねめつけている。名前は確か四ノ宮砂月。たぶん双子か兄弟だろう。眼鏡の有無と表情の違いでしか判別できない。本当にそっくりだ。

平日のカフェに客はあまりいなかった。窓際の一番日当たりの良い席がお誂え向きに空いていて、促されるままに席に着いた。この後どうしたものか。思案している間に那月さんはミルクティーとケーキを3人分注文していた。もしかして長い時間話し込むつもりなのだろうか。いやそれは困る。困る、が、何故か断れない。
勢いに流されてあれよあれよという間にここまで連れてこられたはいいが、私はこの人達と話すことなど何もないのだ。早く帰りたいオーラをそこはかとなく出しているが一向に気付かれない、いやむしろ砂月さんには敢えて無視されている。
私の表情が硬くとも意に介さず、眼鏡の彼はにっこりと微笑みかけてきた。

「ええと、さっきも言いましたけど、僕がチルチルでさっちゃんがミチル、そしてトキヤくん――あなたが僕等の青い鳥です」

こんな突拍子もない事を言われて、はいそうですかと素直に頷ける人間がどこにいるだろう。
この人はどこかで頭でも打ったのかと心配になるが、砂月さんは相変わらず一言も発さずに睨みつけてくるので余計なことは言えなかった。ここは大人しくするしかないようだ。
「……と、言われましても、私にはよく……」
おずおずと説明を求めようとするが、砂月さんの眼光がより鋭くなったのですぐに口を閉ざした。これでは言論封殺ではないか。
するとにこにこ笑って私の顔を見ていた那月さんが慌てた様子で声を上げた。

「ああっ、駄目だよさっちゃん、怖がらせちゃ……ほら、トキヤくんに説明してあげて」
その言葉を受けて、砂月さんは途端に態度を変えた。不機嫌そうは顔は相変わらずだが、彼は那月さんにだけは心を開いているらしい。軽く溜息をついて私に向き直り、「一度しか言わないからよく聞けよ」と前置きをして語り始めた。
「青い鳥の童話は、お前も知っているだろう」――まるで、絵本の読み聞かせをするかのように。


「青い鳥」は空想上の話だと考えられているが、本当は実在した兄妹をモデルにしており、自分達は彼等の遠い子孫である。
自分達の一族は代々二人のきょうだいとして生まれ、生涯を懸けて「青い鳥」を探すことを宿命付けられている。
童話の中で「青い鳥」は実際の鳥として描かれているが、我々一族にとってそれは一人の人間を指す。
「青い鳥」と出会えた者は至上の幸福を手に入れるとされ、一族の誰もが唯一無二の存在を求めて世界中を旅してきた。だが「青い鳥」と出会える者は非常に稀で、多くは幸福な未来を夢見て命を終える。


だから、こんなに早くあなたと出会えたのは、奇跡にも近いことなんです――と、彼の言葉を那月さんが引き継いだ。
話の間中、那月さんはうっとりとした熱っぽい目で私を穴が空くほど見つめていた。今もだ。舐め回すように見られるので非常に居心地が悪い。その視線から少しでも逃れるために、私は目を伏せて小さく相槌を打つことしかできなかった。

「は、はあ……」

つまり、私はこの二人にとってのファム・ファタール的存在だとでもいうのだろうか。
正直ついていけない。深刻な頭の病気を疑ってしまう。それともこれは新手のナンパなのだろうか。男が男をナンパするなど新宿二丁目以外では聞いたこともない。だが二人とも嫌に真剣な顔をしているので一刀両断に否定することも憚られた。
仮に今の話が本当だとして、この人たちが私を「青い鳥」と認定する理由は何かも分からない。

「理屈じゃねえんだよ」
私の引きっぷりを察してか、砂月さんが低い声で告げた。
「チルチルとミチルはひたむきに青い鳥を追い続けた。その想いが俺達にも魂レベルで刻み込まれている。……だから一目見ただけで分かるんだ。こいつは俺達の青い鳥だってな」
言葉だけ見るともはや口説かれているとしか思えないが、相手は何を隠そう男の私である。さすがに受け入れるのには時間がかかる。
テーブルの向かい側を見ると、那月さんの前に置かれたケーキ皿とカップはすっかり空になっていた。さっきの話の間に食べ終えていたのだろう。さっきから一口も口をつけていない私のミルクティーからは湯気が消えていた。



◆Chapter3:とっておきの魔法

「……まだ、納得できていないという顔をしていますね」
口の前で両手を組んで、那月さんは私の心を見透かすように微笑んだ。首をちょっと横に傾ける仕草には無邪気さが垣間見える。
少し証拠を見せましょうか、と彼は隣にいる砂月さんに目配せをした。それを受けて砂月さんも小さく頷く。一体何が始まるというのか。戸惑う私をよそに、二人は席を立った。付いて来いという無言の圧力に負けて私もつられて席を立つ。私がまごついている間に砂月さんは会計を済ませ、三人揃って店の外へと出た。
空は穏やかに晴れている。澄んだ空気が心地良い秋だ。

「トキヤくん、実はね、僕達はちょっとした魔法を使えるんです」

ふざけているようには聞こえないが、かといって信じられるわけでもない。私は胡散臭そうに二人を見るが、彼等は別段気にしていないようだった。砂月さんは外へ出てからずっと何かを伺うように空を見上げている。飛行機雲など流れていないだろうに。
確認を済ませたらしい砂月さんは今度は彼の方から目配せをし、那月さんが頷く。二人が以心伝心している横で私はすっかり蚊帳の外だ。
すると二人は私の両脇に立つと、いきなり私の手を片方ずつ握ってきた。指まで絡まれて肌が粟立つ。慌てふためいたのは私だった。こんな大男二人に挟まれるどころか、手を握られるとは。経験したくもない初めての出来事に頭がパンクしそうになる。一方で二人は――那月さんはともかく、砂月さんまでどこか嬉しそうだ。

「それじゃ、行きましょうか」
「は……?行くってどこへ」
「空に決まってんだろ」

その言葉に反応する間もなく、私は奇妙な浮遊感に襲われた。それが、足が地面から離れた感覚だということに気付くまで数秒を要した。その間に体はぐんぐんと上空へ昇っていく。
「えっ、えっ……ええええっっ!?」
どういうことだ。わけがわからない。地上を離れた体は空に浮き、足場もないのに空中に立っている。
人生でこの時ほどパニックになったことはないだろうという程に私は慌てた。だが二人が両隣で私をしっかりと支えてくれているので、落ちるということはなかった。どうやらこの二人が体を宙に浮かせているらしい。これが「ちょっとした」魔法だというなら、その更に上があるということなのだろうか。想像も出来なかった。

「心配しないでください、僕達の姿は他の人には見えていませんから」
安心させるように那月さんが耳元で囁くが、言うべきポイントはそこじゃないと思う。
「……すごいな。俺達だけの力じゃせいぜい30センチくらいしか浮けなかったのに」
そう呟く砂月さんの声は心なしか興奮気味だ。現在の私たちは20階建てのビルと同じくらいの高さにいる。高所恐怖症ではない私でさえ、足場がないこともあってかなりの恐ろしさを感じる高さだ。彼の言葉が本当なら、確かにこれは大幅な新記録更新だろう。

「トキヤくんのおかげです。トキヤくんがいたから、僕達は今までよりもっと凄い魔法も使えるようになりました。やっぱりあなたは、僕達の青い鳥なんだ」
「青い鳥……」

上空の冷たい秋風が頬を撫ぜる。この感覚は幻などではない。紛れもない現実。私は今本当に空に浮かんでいて、地上の景色を見下ろしている。
さすがにこんな芸当まで見せられて、信じるなという方が無理な話だ。先程まで疑いに疑い続けていた私も、とうとう認めざるを得なくなってしまった。――運命、というものを。
私自身、この二人の姿を目にした時、まるで電流が体の中を駆け巡るような感覚に襲われた。思えばあれが、彼等が本能と呼ぶ感覚だったのかもしれない。

「……まだ、よく分かっていませんけど、」
きゅっと二人の手を握る。
おそらくもう、逃れられない。だが大人しくされるがままになる気もない。「青い鳥」か何か知らないが、私は私自身の意志でこの二人に関わっていくだけだ。
「よろしくお願いします……と言えばいいんでしょうか」
すると私の両脇で、二人が同時に吹き出した。ああ、やっぱり双子なのだなと改めて思う。優しく握り返された手は暖かかった。

「俺達の青い鳥は意外と飲み込みが早い。……言葉通り、これからも付き合ってもらうぜ」
「そうですね。こちらこそよろしくお願いします、トキヤくん!」

秋風が舞う空の上、青い鳥は微かに笑う。
運命によって紐解かれた新しい世界の予感に身を震わせながら。





2012/10/31


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