守って壊して癒して殺す


男がふたり、乾いた地面の上に立っていた。

ひとつは金髪、ひとりは黒髪。
金髪の男は重装備に身を包み、傷ひとつない綺麗な顔で呆れたような表情を作った。
方や黒髪の男は満身創痍だ。左肩は銃で撃ち抜かれ血が滲み、顔にはいくつもの切り傷と青痣が痛々しく浮かんでいる。額からは血を流し、ふらふらといつ倒れてもおかしくない。
しかし、その瞳だけは違う。毅然として、目の前に立ちふさがる侵略者を見据えている。
勝敗は誰の目に見ても明らかだというのに、彼は決して抗戦の姿勢を崩さなかった。

「随分と派手にやられたみてえだな。」
挑発の意味を込めて、金髪は声をかける。その言葉を真正面に受け止める黒髪は、挑発を挑発として受け取っていなかった。
「これはこれは、身に染み入るお気遣いを……ですが、今はそれも無用の長物。あなたが私に向けるのは殺意だけでいい」

戦いの前に要らぬ戯言は不要だとばかりに、右手に持つ抜き身の剣を構える。
銃や弾薬はすでに尽きた。黒髪の男が持つそれは、彼にとって唯一の武器だった。
鍔の無い、突き刺すのではなく切り裂くためだけに特化した武器。しかしそれは前時代の武器という範疇に留まる。銃に対抗するにはあまりにも脆く頼りない。だが彼は、その剣こそが必勝の武器であるかのように携える。

「そんな体にそんな武器で、よく言えたもんだ。……いいか、俺は遊びで戦争やってるわけじゃない。無意味な血を流すことに快感を感じるような趣味もない。
それはお前だって同じだろう。どうせ負けることが分かってるなら、早いうちに降伏するべきだ。くだらない忠誠心をいつまでも引きずって、お前に何の得がある?」

それは男が提示する、せめてもの譲歩だった。先程のような挑発でも、滅びゆく運命への同情でもなく、利害の一致した譲歩である。
今の彼には、もう戦う力など残されていないのは明白だ。地面に足を着いているのも、彼自身の矜持と気力だけで支えているようなものだろう。
人は不死ではない。いつかは必ず死ぬ。死の瞬間が遅いか早いか、生きる道の末路はそのどちらかだけである。
ならばみすみす行き急ぐこともあるまいと、彼はせめてもの可能性を示す。だがそれを唯々諾々と受け入れるほど相手は意志薄弱な人間ではなかった。

「……あなたがそれを言いますか、砂月」

黒髪の男は、切っ先を敵の喉下へと突きつけた。すなわち、従う気はないとの返答。彼にとっては当然の答えだった。降伏を意図した問いすらも、彼の真っ直ぐすぎる目には愚かしく映る。
その生き方を無様だと嗤う者は多いだろう。何故みすみす自らの命を捨てるような真似をするのかと。だが彼の信念は決して揺らがない。彼にとって、勝つも負けるも、生きるも死ぬも瑣末な問題でしかないのだ。初めから負ける戦いと分かっていても、忠誠を貫き、己の信念のために剣を取る。それだけが彼の命の使い道だった。

「その状態で俺と戦ったら、死ぬぞ、お前」
「愚問ですね。もとより生きて帰ろうと思ってすらいません。侵入者が我等の地に立ち入ることを諦めないならば、いくらでも返り討ちに差し上げましょう」

不敵に笑って、黒髪の男は瞳の中に火花を散らせた。戦いの合図だ。
金髪の男もそれを可と見たのか、「これだから捻くれ屋は扱いにくい」と小さく零して銃を手にした。
間合いを保った状態で、互いに手にした凶器を向ける。剣は刃が毀れればそこで終わり、銃もまた弾が尽きればただの鉄の塊に過ぎない。だが、剥き出しの魂は常に戦う相手を求めている。

どこまでも鋭く研ぎ澄まされた怜悧な瞳が静かな炎を灯す。……そう、この瞳だ。
突き刺さるような冷気が全身を包み込んで、鳥肌が全身にまで及ぶ。無意識のうちに、唇は微かに震えながらも弧を描いていた。これほどまでに高揚するのは何年ぶりだろう。
こうやって鮮烈な光を向けてくれる相手を、ずっとずっと求めていた。この世に生まれ落ちた時から続く争乱の日々を経て、やっと見つけた相手。全力をぶつけてもなお壊れずに立ち向かってくるであろうその光。
血で血を洗う戦いの中であっても――いや、だからこそ、引力に抗えない。

世界から二人分の空間だけが切り取られた。その瞳に映るのは標的となる互いの姿のみ。
時間が止まる。空気も凍る。
本当の戦いは、これからだ。

「いざ――」


勝敗なんて関係ない。お前は俺を討つと言う。
その眼が、その声が、その生き方が、どうしようもなく愛おしい。






2012/10/03


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