スタイリッシュ尾行


「ピヨちゃんの新作グッズの先行販売があるんですよー!」
那月のその一言で、俺はせっかくの休日を那月の付き添いに回すことになってしまった。まあ買いたい服もあったし別にいいんだけど、どうせなら一人でゆっくり買い物を楽しみたかったというのが本音だ。でも那月は俺が傍にいてやらないとどんな行動を起こすか分かったものじゃない。「一人でも大丈夫です」なんて言葉は、那月の場合全く信用できない。長年の経験が那月を都会に放置する危険性を訴えていた。

そんなわけで、俺と那月はピヨちゃんグッズ専門店へ行くために電車に乗った。週末だからか平日より人が多い。俺たちが乗り込んだ車両はあいにく座席が空いていなかった。炎天下の中を歩いてきたせいでかなり疲れていたけど仕方ない。俺たちは目的地の駅まで立っていることにした。
空調のきいた車内は快適だ。流れる汗をぬぐい、周りをぐるりと見回す。カップルやら親子連れが多いな、と思いながら同じ車両の端に視線をやる。
「……ん?」
思わず二度見した。まさかと思ったが見間違えようがない。俺たちのいる場所からだいぶ離れた席に、音也とトキヤが並んで座っていた。よりによってなんで同じ時間、同じ車両に乗り合わせてしまうのか。

俺の反応が気になったのか、那月が俺の視線の先を見る。途端にぱあっと顔を明るくして、あの二人を呼ぼうと口を開いた。
「わー!音也くー……むぐっ」
もちろん全力で阻止だ。手を伸ばして那月の口を慌てて塞ぐ。
「こら那月!少しは空気読めって!あいつらやけに険悪そうな雰囲気じゃねーか!」
「ええーそうですかー?」
不満気に那月が首を傾げる。幸いなことに向こうの二人にはこちらのことが気付かれていないらしい。慎重に再び視線を向こうにやる。

あいつらが寮で同室なのは知ってるが、音也はともかく、トキヤの方は他人との馴れ合いをあまり好まないタイプだ。一緒にメシ食おうと誘っても、「ボイストレーニングがあるので」といつもの調子で断る。そんなあいつが遠出の誘いを受けるとは考えられなかった。もしかして案外仲良いのか?それとも、音也のしつこい誘いにうんざりして、仕方なく付き合ってやってるだけ?様々な憶測が頭の中で飛び交う。
「そもそもあいつら、なんで一緒にこんなとこ来てるんだ……?」
「きっとあの二人もピヨちゃんグッズを、」
「お前と一緒にすんな」
那月のボケを遮って、注意深く観察する。

音也とトキヤは隣合って座っているものの、会話らしい会話は一切していないようだった。音也は携帯をいじってるし、トキヤは小さい文庫本を読んでいる。電車の中で細かい字読んで気分悪くならないのかあいつ。いやそれより、この会話の無さは異常だろう。音也なら普通は電車の中だろうと所構わず話しかけて場を盛り上げようとする。あいつの場合その行動はほとんど本能に近い。だが今はどうだ。会話どころか目を合わせすらしない。
まさかこの電車に乗る前にケンカでもしたのか?あの対照的な二人なら充分に考えられる。

そんな感じの憶測をかいつまんで那月に話すと、那月は拍子抜けたように俺を見た。
「何考えてるんですか翔ちゃん、翔ちゃんが心配しなくても、あの二人はずっと仲良しですよ?」
「……なんでそんなに自信満々なんだよ」
「だってほら、あれ見てください」
あれ、と言って那月が指し示したのは、音也とトキヤの間にある空間だった。相変わらず意味わかんねーこと言うよなあと思いながら、那月の指の先が示した空間を注視する。遠くてあまりよく見えなかったが、あれは……

「……イヤホン?」

二人の間に伸びた黒い線のようなもの。間違いない。あれはイヤホンだ。
なんでそんなものが「仲良し」の証なんだよ、と言おうとしたが、すぐにその理由が分かった。
「そういうことかよ……」
イヤホンは一人分だけ。途中から二股に別れて、互いの片耳に繋がっている。つまりあいつらは、二人でイヤホンを片耳ずつ共用して、一緒に音楽を聴いているというわけだ。潔癖そうなトキヤがそれを平然と受け入れている事実に驚いた。

「普通ああいうのって高校生カップルがやるものなんじゃねーの?」
「音也くんとトキヤくんだって高校生ですよ」
「いや、そうだけどさ……」
俺が言いたかったのは「男女の」高校生カップルってことだ。男同士でやることが悪いわけじゃないが、よりによって音也とトキヤがそれをやっているということにおかしさが込みあげる。二人には悪いけど俺は笑いを堪えるので必死だった。
なんだかんだいって仲良いんだな、あいつら。俺が知らなかっただけでさ。

ふと俺は面白い事を考えついた。
ポケットの中から携帯を取り出して素早くメールを打つ。もちろん宛先は一ノ瀬トキヤだ。

TO:一ノ瀬トキヤ
件名:よう
本文:今ヒマか?
これからみんなで遊び行くことになったんだけど、お前も一緒にどう?
人数少ないから来てくれると助かる

それだけの内容を入力して、送信。
「何送ったんですか?」
「見てれば分かる」
ニヤニヤ笑いを抑えることなく観察続行だ。向こうにいるトキヤは、携帯を取り出してメールを確認した。携帯を持ったまま困ったように首を傾げる姿が笑える。さて、あいつはどう返信するんだろうか。あまり嘘がつけるような性格ではないだろうから、どんな理由で断ってくるかが見物だ。
隣で携帯をいじっていた音也が横からトキヤの画面を覗いてきた。何か会話をしているみたいだが聞き取れない。すると突然、音也がトキヤの携帯を奪って勝手にメールを打ち始めた。慌ててトキヤが取り返そうとするが遅かった。音也からのメールの着信で、俺の携帯が震えた。返信はこうだ。

FROM:一ノ瀬トキヤ
件名:ごめん!
本文:トキヤに代わって一十木音也がお送りします(^o^)ノ
トキヤは俺とデート中だから行けないんだ!ごめんね!
みんなで楽しんできてねー!俺もトキヤとこれから動物園行って楽しむよ!
じゃあね!

「動物園デートとか……マジあいつら……」
「ほんとに仲良しさんですね!いいなー動物園」
俺は笑いを堪えることができなかった。電車の扉近くの手すりに掴まり腹を抱えて震える。まさかあのトキヤが動物園デートって。似合わなさすぎて涙が出てくる。それでも音也の誘いだから一緒に行ってやるんだろう。俺たちからの誘いは容赦なく断るくせに、相手が音也だとこうも対応が違うらしい。あいつにも可愛い所があるんじゃないか。
向こうを見ると、顔を真っ赤にしたトキヤが本の角で音也の頭を小突いていた。あーあー、お幸せなことで!バカップルは他所でやってろと言いたいところだが、普段は滅多に見れないトキヤのリアクションから目が離せない。これはかなり貴重だ。

「なあ那月……ピヨちゃんグッズ後回しにしてもいいなら、今から動物園行かないか?」
「えっいいの翔ちゃん!?パンダさん見たいです!」
「よし、行き先決定な」
にやりと笑う。こんな面白い現場を逃してなるものか。こうなったら徹底的に尾行してやる。トキヤの弱みを握ることが出来ればこっちのものだ。証拠写真なり何なり撮っておけば、後でそれはもう楽しいことになるだろう。笑いが止まらない。
二人が上野で降りるのを見て、俺達も後から続いて同じ駅に降りた。

――――本番は、これからだ。





2011/08/13


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