3年8ヵ月


よく世間には別れの歌が出回ってみんなの共感を得たりしてるけど、俺はあんまり悲しい歌は歌いたくなかった。悲しい歌で救われる人もいるってことは知ってる。でも俺は、明るい歌でみんなを元気にしたい。
でも違うんだ、明るい歌で余計落ち込んでしまう人だって世界にはいる。そういう人達のことまで考えて曲を作ることはできやしない。結局俺の歌は、明るい歌で元気になれる一部の人たちだけにしか届かない。

そういうものなんだ、仕方ないんだって割り切ることは簡単だけど、そうやって切り捨てていった人たちの心がいつまでも救われずにいるなら、それは誰のせいなんだろう。そういう人たちを見て見ぬ振りした俺のせい?明るい歌が駄目なら悲しい歌で救おうと思わなかった誰かのせい?
責任を押し付けることなら誰にでもできる。でもそういう時に限って答えは一つなんだ。「誰のせいでもない」、それが全てに通じるたった一つの答え。歌は誰かのためにあるのであって、誰かのせいで存在してるわけじゃない。
……分かってる。分かってるはずなんだ。でも、不安を抱える俺たちは、誰かのせいにして安心したがる。

ねえトキヤ、俺たちの関係も、そうやって終わっていくのかな?

「……どうでしょうね」

トキヤは、次から次へといろんなことを語る俺をじっと見ていた。
きっと気付かれてる、この長ったらしくて意味のない演説は、全て時間稼ぎのためだったこと。
気付かれていることに気付いてるけど、俺はまた気にせず語り出す。いつかトキヤの方から俺の時間稼ぎを止めてくれるまで。それくらいの悪足掻きは許されるよね?

おとぎ話は大抵「二人は幸せに暮らしました」で終わるけど、登場人物のその後は誰にも分からない。最後までハッピーかもしれないし、ある日突然喧嘩別れしてそれっきりなんてことも考えられる。結局は想像でしかない。当人同士ですら知りえない未来を、外の世界から見聞きしただけの傍観者が予測すること自体お節介なんだ。
これって間違いだと思う?ねえトキヤ。

「間違いかそうでないかを私に決めさせるのですか?」

あれ、質問に質問で返された。
いつもはちゃんと俺の話聞いてくれてるくせに、適当に返事して聞き流すふりをするのに。背筋を嫌な汗が流れた。タイムリミットが近づいてきているのだということは俺にでも分かった。
嫌だ、嫌だよトキヤ。もう少しこのままでいようよ。もっと二人で一緒にいようよ。まだ見てない映画も、行ってない場所もあるじゃないか。お金が溜まったらバイクを買って、君を乗せてどこか遠くにドライブに行こうって言ったよね?それなら海に行きたいですねって笑ったのはトキヤだったよね?あのやり取りは「約束」と呼ぶにはあまりに些細だったけど、それがたくさん積み重なって俺たちを繋ぐ強い絆になってたはずじゃなかったっけ?

……もしかしたら、俺が「絆」だと思ってるものは、トキヤにとって「枷」なのかもしれない。
お前の枷にはなりたくないけど、じゃあバイバイ、なんて簡単に手放したくもないんだ。
俺はふっと視線を逸した。たぶん今目を合わせたら止まらなくなって、無理矢理にでも自由を奪い取ってしまいそうになるから。せっかくここまで必死に思いを耐えてきたんだ、最後の一言を言い終えるまでは絶対に、

「音也」

トキヤが俺の手をぎゅっと握る。冷たい手だ。体温の高い俺の手と絡まって、少しはあったかくなったと思ったんだけど、その手はまるで熱を分け与えられるのを拒むように冷え冷えとした温度を俺に伝える。
……あ、ダメだ。
不意に涙が零れそうになった。手のひらから伝わる体温、その温度差は驚く程的確に涙腺を刺激する。
それでもぎりぎりの所までで涙を堰き止めることができたのは、トキヤがまっすぐに俺の目を見ていたからだ。涙で曇る視界を振り払う。ああ、早く、その顔をはっきりと見せて。

「音也、私たちはこれ以上何も続かないでしょう」

握った手の力が強くなる。じっとりと汗ばんだ手。緊張しているんだろう。これからの未来を思って怖がっているんだろう。トキヤの手も、肩も、唇も、その瞳も、今から言う言葉の重さに呑み込まれそうになって、ふるふると震えていた。
俺も一緒だよ、トキヤ。お前ほど表には出さないけど、俺だって同じくらい怖い。本当はずっとこのままでいたい。この大切な関係を壊したくないんだ。

「……だから」
それでも言わなくちゃいけない。俺もお前も分かってる。
長く続いた二人の物語を終わらせるのはどちらなのか、お互いに探り合って疑心暗鬼になってたんだ。俺が何も言わない間、トキヤは不安で仕方なかっただろう。頭がおかしくなりそうなくらい思い悩んで、お前は自分から別れを切り出すことを決めた。その悲しい選択にたどり着くまでどれだけの時間と苦悩を経たのか、それは俺の想像より遥かに大きいに違いない。
俺には、きっとつらかったんだろうな、なんてぼんやりと考えるだけしかできなかった。

ごめんね、許してほしいなんて言わない。
お前が数えきれない思いを飲み込んで選んだ言葉すら、いとも簡単に奪い去ってしまう俺を。

「別れよう、トキヤ」

でもこれが最後のお願いだからさ。
美しく幸せな思い出を粉々に撃ち抜くための引き金は、せめて俺に引かせてよ。
“今までつらい思いをさせてしまったから”そんな綺麗事はただの言い訳にしかならないけれど。

言いかけた言葉を俺に奪われたトキヤは、呆然と俺を見る。体の震えは消えていた。今はそれよりも驚きの方が大きいんだろう。そりゃそうだよね、お前は俺が別れの言葉を口にするとは一欠片も考えてなかったんだから。
ずっと前からトキヤが悩んでいることは知っていたし、数日前にやっとその選択をしたことも知ってる。でも俺は何も言わなかった。お前が自分の中で明確な答えを見つけるのを待ち続けてた。卑怯だと思うなら罵ってくれてもいい。ただ、俺にはこうすることしかできなかったんだ。トキヤなら分かってくれるよね。だってお前以上に俺のことを理解してくれる人なんて、きっといないんだから。

さっきはあれほど耐えるのに必死だった涙が、今は不思議と出てこなかった。
あの言葉を言った瞬間に全ては過去になった。二人で積み重ねたかけがえのないひとつひとつも、まるで嘘みたいに消えて無くなった。別れを告げるまではあんなに未練がましく嫌だ嫌だと駄々をこねていたのが嘘みたいに、俺の心は凪いでいた。
もっと泣くと思ってた。もっと悲しいものだと思ってた。でもいざ別れるとなったら意外すぎるほど冷静で、ああそうか、別れの予感はもうずっと前から俺たちの隣で静かに息をしていたんだなと気付いた。
トキヤも同じ気持ちなのか、泣くことはなく、静かな顔で俺を見つめている。トキヤはとても、きれいだった。そんな当たり前のことを今更思い知った。

トキヤはゆっくりと瞬きをして、小さく頷いた。
俺の言葉に対する肯定――つまり、トキヤもまた別れを受け入れたということ。
せつなさと寂しさが一気に俺の心を満たした。今ならきっと最高のバラードソングを書けるだろう。でも俺は、悲しい歌は歌わないと決めたんだ。

そうして俺たちの3年8ヵ月はゆるやかに終わりを迎えた。

(でもごめん、やっぱり好きなままでいさせて。)





2011/09/24


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