ストロベリメロディ


現在トップアイドルとして活躍する彼らには、休日などあってないようなものだ。時々取れる貴重なオフの日には、学生時代の友人を誘って食事に出かけたりする。中でも特に親交のある仲間とはよく飲み会を開くのだが、皆多忙な毎日を送っていることもあり、全員が集まることは非常に稀だ。

そんな中、6人のスケジュールが奇跡的に合う夜があった。
真っ先に飲み会を企画したのは音也だった。「せっかくだから誰かの家で宅飲みしようぜ!」と提案したのは翔で、「だったら僕の家で手作り料理パーティーしましょう!」と乗ったのは那月。その恐ろしい申し出を全力で、かつ穏便に却下したのは真斗とトキヤだ。
最終的にトキヤが「私の家でよければ開けましょう」と妥協案を出して今回の会場が決まった。トキヤの住むマンションは交通の便もよく、仕事で各地を飛び回る皆が集まるには最適の場所だった。

そして飲み会当日の夜、神宮寺レンは大きな白い箱の入った紙袋をぶら下げて、トキヤのマンションへ向かっていた。
本来なら予定通りの時間に集合するはずだったのだが、予想以上に仕事が長引いてしまった。もう2時間以上オーバーしている。自分のことは気にせず先に始めてくれと連絡を入れておいたから、今頃はすっかり宴もたけなわになっているだろう。

トキヤの部屋のインターホンを押すと、すぐさま勢いよくドアが開いた。
「遅いじゃねーかレン!すげー待ったぞ!」
ドアから顔を覗かせたのは、家主のトキヤではなく、顔を赤くした翔だった。どうやらかなり飲んでいるらしい。
部屋に入ると、馴染みの顔がレンを出迎えた。
「おっレンじゃん!久しぶりー!」
「なかなか来ないから、どこぞでくたばっているのかと思ったが……」
「レンくん来るの遅いから、もうパーティー始めちゃってましたよー」
ある者は陽気に、ある者は不愛想に、レンに対して反応を向ける。学生時代からまったく変わらない皆の様子に自然と笑みが零れる。

そういえばあいつがいないな、と思って部屋を見回すと、ちょうどキッチンから戻ってきたトキヤと目が合った。
「まったく……遅刻とはいい度胸ですね」
溜め息をつきながら、トキヤは料理の乗った皿をレンの前に差し出した。どうやらレンのために料理を残しておいてくれたらしい。この嫌味も挨拶のようなものだ。
「イッチーは相変わらず素直じゃないなあ」と言いながら皿を受け取ると、軽く頭を叩かれた。

「仕事が長引いたのは仕方ないことなんだから許してくれよ。……お詫びと言っては何だけど、ほら、お土産買ってきたんだ」
手に持っていた紙袋を、ビール缶やら空の皿やらで散らかったテーブルの上に置く。すると食欲センサーがいち早く反応したようで、音也がすぐさまその中に入っている白い箱を開け、子供のような歓声を上げた。
「わあ!すげー!ケーキだケーキ!」
「うっそマジで!?レン、お前さすがだな!」
「レンくん、ありがとうございますー!ちょうど甘い物が食べたかった所なんですよー」
「……神宮寺にしては気が利くではないか」
色とりどりのケーキを前にしてはしゃぐ3人。真斗はといえば、レンの登場に露骨に嫌そうな顔をしつつもケーキから目を離さない。
ケーキに興味津々な面々はいいとして、問題は彼らを遠巻きに見守っている、あいつ。

「皆さん、紅茶でいいですか?聖川さんはお茶にしておきますよ」
サンキュートキヤ!と返す音也たちの声を受けながらキッチンへ向かうトキヤの後ろ姿を目の端で追う。手作り料理を振る舞うだけでなくお茶の用意までするとは。家主に働かせすぎな気もするが、他の皆はケーキに夢中で、トキヤのさりげない気遣いにも気付いていない。

「俺、イチゴのショートな!」
「えっ、ちょっと待ってください翔ちゃん!イチゴさんは僕のものですー!」
「だめだめ!イチゴは俺の大好物なんだから!レンだってこれは俺のために選んでくれたに違いないよ!」
「何を言う、一番にイチゴのショートが食べたいと宣言したのは俺だ。お前たちはモンブランやチーズケーキに目移りしていただろう」
彩りよくと考えて、5人に別々のものを買ってきたのはどうやら気を利かせすぎたらしい。
お子様な翔と音也、イチゴが好きそうな那月は別としても、あの真斗までイチゴのショート狙いだとは考え付かなかった。トキヤを除く4人がイチゴのショートを間に挟んで互いに牽制し合っている。いい歳をした大人がケーキひとつにここまで熱くなれるのもおかしな話だ。
しかし争う4人は真剣である。ぎゃあぎゃあと喚き出し今にも乱闘が繰り広げられそうだった。
レンが一同を宥めようと口を開くより先に、お茶の用意を済ませたトキヤが、慣れた素振りでこう言った。

「それなら、ジャンケンで決めたらどうです?」

それだ!と4人同時に叫んだのは言うまでもない。
一刻も早くケーキにありつきたいと願っている彼らは、すぐさまジャンケン一発勝負に挑む体勢に入った。凄まじい気合の入れようだ。そこまでして食べたいなら一人に一つずつショートケーキを買ってくるべきだったかもしれない。
「イッチーはやらないのかい?」
4人の喧噪をよそに、テーブルにカップを用意するトキヤに声をかける。すると彼は表情を変えず、
「私は残ったのでいいです」
と答えた。

「そんなこと言わないで混ざればいいじゃないか。せっかくなんだしさ」
「でも紅茶が、」
「オレがやっておくよ」
手に持ったティーカップをひょいと奪い取り、トキヤの背中を押してケーキに群がる4人の輪に半ば無理やり入れた。
「あっトキヤもイチゴ狙い?じゃあジャンケン参加な!」
あれよあれよという間にジャンケンをする流れに呑まれてしまった。トキヤは困った顔で何度もレンを見るが、対するレンは笑いながら「いいからジャンケンしなよ」と目配せするだけだった。

いよいよ戦いの始まりだ。翔が高らかに声をかける。
「いくぞ!じゃーんけーんっ!!」

ぽいっ。

出された5人分の手。意外なことに勝負は一瞬で決まった。
負けるものか!とでもいうかのように強く握られた4つの拳の中、優雅に開かれた1つの掌。無欲の勝利とはよく言ったもので、トキヤの一人勝ちだった。
「げー!マジかよ!?」
「そんなあ……イチゴさあん……」
「俺のイチゴ……」
「ジャンケンで決まったことなら仕方あるまい……」

残念そうにうなだれる音也の隣で、トキヤは驚きで顔を固くしたまま、パーの形に開かれた自分の掌を凝視していた。どうせ適当に負けて早く終わらせてしまおうとでも考えていたのだろう。こうも早く決着が決まるとは思っていなかったらしい。
当然喜ぶでもなく気まずそうにしているトキヤに、ケーキの箱が差し出される。
「さ、どれにするの、トキヤ?」
「ど……どれに……?」
予想外の展開にしどろもどろになる勝者に、祈るような敗者4人の眼差しが降り注ぐ。
すると、波風の立たないようにあれこれ思案するトキヤの横から突然にょきっと手が伸びて、皆の人気者であるイチゴのショートケーキが箱から取り出された。

「一番は当然、コレだろう?」

レンは、手に取ったそれをトキヤのケーキ皿に乗せて笑った。





じいっと戦利品を見つめるばかりのトキヤをよそに、2番目に勝った真斗は優雅にモンブランを食し、3番目の那月は「イチゴさんには負けちゃいますけど、このフルーツさんたちも美味しいです」とフルーツケーキを満足そうに食べ、4番目の翔は「別に俺は最初からコレ狙いだったし……」と負け惜しみを呟きながらも三口ほどでチョコレートケーキを平らげ、ビリの音也は残ったチーズケーキが意外に美味しかったのかあっという間に片付けた。
本命のイチゴショートではなかったにしろ、ケーキを食べる皆の様子は幸せそのものだった。
ケーキを食べ終わった面々の興味は別な話題へと移り、後にはショートケーキを見つめるトキヤだけが残った。

「イッチー、ケーキ食べないのかい?」
ケーキを食べる皆を楽しそうに観察していたレンだったが、しばらくしても一向にケーキに手をつける様子のないトキヤを見かねて声をかけた。するとトキヤは困ったように首を傾けた。
「なんというか、こう、食べるのが申し訳ないというか…」
「公正なるジャンケンで勝ち取ったんじゃないか。堂々と食べればいい」
「そうなのですが……」
ちらり、とトキヤが上目遣いでレンを見る。

「……レンはどうして分かったんですか、私がイチゴショートを食べたいということを」

――――おや、気付かれていたのか。
恥ずかしそうに顔を赤らめるトキヤを見て、レンは驚いた。
ジャンケンに参加するよう背中を押したのも、イチゴショートをトキヤの皿に乗せたのも、全てさりげなくやったつもりだったのだがトキヤにはお見通しだったらしい。
「見てれば分かるさ」
似た者同士の二人だ、互いの思考回路など容易に分かる。
それでもトキヤがレンの成すがままに従ったのは、ひとえにイチゴショートを食べたかったからだ。自分の願いをうまく言い出せずにいたトキヤは、それを汲み取ってくれたレンの優しさに甘えた。

再び皿の上のケーキに視線を落とし、トキヤはフォークで一切れを切り取った。やっと食べる気になったかとレンが安心したのも束の間、トキヤは思ってもみない行動に出る。
「音也。……ケーキ、一口いりますか」
「えっいいのトキヤ!?ありがとう!」

ぱくり。音也の口の中に一切れ分のイチゴショートが消えていく。代わりに音也は満面の笑顔を浮かべてトキヤに抱き着いた。トキヤは慌てて音也を引き剥がす。そしてまた、真斗や那月、翔へも同じようにケーキを分けてやった。ケーキを差し出すたびにトキヤが食べる分が少なくなっていく。
最後に翔へケーキを食べさせた頃には、半分以下に減ってしまっていた。

その様子を、レンは半ば呆れて、半ば楽しそうに見ていた。
せっかくイチゴショートがトキヤの手に渡るようにあれこれ気を利かせてやったのに、本人は食べたかったはずのケーキを皆に分け与えて満足気な顔をしている。レンは隣に座ったトキヤにからかうような口調で話しかけた。

「無欲に徹しようとするイッチーも可愛いねえ」
するとトキヤはむっとした表情で「違います。独り占めするのが後ろめたいだけです」と早口で言った。気恥ずかしいことを言われると焦るあまり途端に早口になるのはトキヤの癖だ。
「その言い方がイッチーらしいよ」
そう言って笑うと、トキヤはふいっと視線を逸らした。こういう素直じゃないところも可愛いのだ、彼は。
レンは笑みを深めてトキヤの肩に腕を回した。いつもならすぐに振り払われるところだが、今夜はなぜだか抵抗されなかった。
少し顔を上げて、トキヤがレンを見る。

「……レンも一口どうですか」
「いいの?イッチーの食べる分が減っちゃうけど」
「その程度で怒るように見えますか」
「どうだろうね」

トキヤは無言で、ケーキをフォークに刺してレンに差し出す。食べろと言いたいらしい。
だがレンは、差し出されたケーキよりもトキヤの唇に引き寄せられた。フォークを持つトキヤの手首を掴み、優しくキスを落とす。ケーキよりも甘い味がした。





2011/09/15


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