ほどけた結び目


「友達になろう」

そう言って差し出された手を、ボクはただ見つめるだけだった。トモダチ。……トモダチって何だろう?
ポケモンはトモダチだ。でも、キミは?

「俺は人間だよ。だけど人間とだって友達になれる」

……そういうものなのかな。でも、ポケモンのトモダチと人間の「トモダチ」は少し、いやもっと違う気がする。ポケモンとは感覚で通じ合うことができるけど、人間は言葉を用いなければ意志の疎通は不可能だ。なんて不便なんだろう。
ボクは自分が思っていることをうまく表現できない。言葉にできたとしてもそれは思ったことをそのまま言葉に変換して口に出しているだけで、他人が理解するには程遠い内容になってしまう。ボクの考えを言葉にして一つ残らず伝えようとすれば途方もない時間が掛かることは明白だ。人間は「無駄な時間」というものを嫌うだろう?ボクの返答が遅ければすぐに苛立って、そのうち相手にしてくれなくなる。だからボクはできるだけ早口でたくさん喋るようにしてるんだ。うまく言葉にできなくても、多く喋っておけば少しは伝わると思って。それはボクの勘違いだったのかもしれない。

「早口になる必要はないんだ。時間をかけて、ゆっくり、少しずつ言葉にしていけばいい。Nの言葉は俺が全部聞くから」
優しいんだね、キミは。
「優しくなんて」
優しいよ。ボクが今まで出会ってきた人間の中でもとびきり優しい。そんなキミにボクは惹かれた。
「…………」
ねえ、ボクはキミのトモダチになってもいいのかな。世界には今でも苦しんでるポケモンがたくさんいるのに、その子たちを置き去りにしてボクだけが幸せになってもいいのかな。
「それは」

きっと傲慢っていうやつなんだろうけどね。ボクがどれだけ頑張ったところで世界中のすべてのポケモンを救えるわけがない。王になってポケモンを解放しようとしたのだって、結局は自己満足さ。ボクはボクだけのために生きてきたんだよ。今までも、これからも。

「N、お前はどうしてそんなに頑ななんだ。あなた一人が幸せになったところでそれを責める人は誰もいないはずだろう?いいや、みんなきっと幸せになってほしいと思ってる。Nは……人並みの幸せを知らなさ過ぎるんだ」

……うん。こうやってキミに抱き締められていると思うよ。これが幸せなんだって。ずっとこのあたたかい感覚に身を委ねて、嫌なことは全部忘れたいと願ったりする。でも駄目なんだ。今は幸せでも、いつか必ず思い出す。暗い部屋の中で響く、傷ついたポケモンたちの悲痛な叫び声。ボクに助けを求める声。そしてボクはその悲鳴に押しつぶされそうになる。忘却することは許されない。だってボクにしか聞こえないんだから。あの声を忘れるために必死で足掻いてきたけど……忘れることなんてできなかった。
だからもう、いい加減見捨ててくれないか。これ以上希望なんて持ちたくない。悲しくなるだけだ。束の間の幸せに浸ればその分だけ痛みが増す。キミが優しくしてくれるのはすごく嬉しいし幸せになれるけど、それをボクに向けちゃいけない。キミの優しさはボク以外のもっと多くの人たちに向けられるべきだ。

「…………」

ごめんね。こんなことを言ってキミを傷つけるつもりはなかったのに。

「違う、違うんだ、N。そんな顔で笑わないでくれ」

笑うしかないじゃないか。泣いたって何も変わらないならいっそ笑っていたほうがいい。ボクは大丈夫だよ。独りでも生きていける。今までだってそうやって生きてきたから。大丈夫、だよ。
……あぁ、でも、どうせなら、キミとトモダチになりたかったなぁ。

「なれるよ。なろう、友達に」
ごめんね。
「N!」
……ごめんね。

背中に回されたキミの手が、体が、震えていた。ボクは抱き締め返すこともできずに、空っぽの掌で悲しみに触れる。空を見上げると、綺麗な星空がボクたちの頭上に広がっていた。空はこんなにも綺麗なのに、どうして心の中は土砂降りの雨で覆い尽されているんだろう。今にも決壊しそうだ。この雨は、きっといつまでも止まない。


(お前はそうやって、いつも自分だけが傷付く答えを選ぶ)




2010/10/01


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