花一匁、お前が欲しい


「やあゼクロム、久しぶり。元気にしていたかい?」
Nは嬉しそうに、ゼクロムの体に手をやってすりすりと撫でた。ゼクロムの方も居心地よさそうに素直に撫でられている。なんだか俺といる時より機嫌が良いような気がして、少し嫉妬した。……嫉妬の対象がNなのかゼクロムなのかは俺にも分からない。互いに仲が良いのは良いことなんだろうけど、なんとなく気に食わない、そんな感じだ。

「……どうしたの。変な顔だよ」
ゼクロムの首に抱きつきながらちらりとこちらを向いてNが言った。彼は俺が「変な顔」をしている理由なんてまったく心当たりが無いのだろう。無邪気にゼクロムと戯れるその笑顔は確かに可愛いのだけれど、やっぱり何か物足りない。たぶんこれは、彼の好意が俺に向いていないことが原因だ。Nと一緒にいすぎたのが問題だったのかもしれない。自分では結構許容量が多い方だと思っていたけど、いつのまにか容量オーバーになって、独占欲というものができてしまったみたいだ。愛が大きすぎると弊害も出てきてしまう良い例だ。

「N、ゼクロムは俺のポケモンなんだけど」
「ポケモンを所有するなんて感覚は持たないほうがいいよ」
「そういう問題じゃなくて」
「じゃあどういう問題なの」

埒が明かない。これだから天然は困る。上機嫌なNとは対照的に俺が不機嫌丸出しなのは何故なのか、少しは察してほしい。俺が言い返さないでいると、Nはここぞとばかりにゼクロムの背中に飛び乗って遊び始めた。まるで幼い子供だ。俺より年上のくせに。
このままNの好きなようにさせておくのは嫌だったから、隣にいたレシラムを撫でた。Nがゼクロムから離れないなら、俺はレシラムと一緒にいるまでだ。
「レシラム、Nとの長旅は疲れたろう?Nはしばらくゼクロムといちゃいちゃしてるらしいから、今のうちにゆっくり休むといいよ」
これ見よがしに大きな声で語りかける。レシラムに対してというより、本当の標的は調子に乗っているNだ。レシラムはそんな俺の思惑を察したのか、嫌がる素振りも見せずされるがままにしている。俺がNを好きなように、レシラムもゼクロムが好きなんだろう。なんといっても元はひとつのポケモンなんだから。片割れが、自分のパートナーでもない人間と必要以上に仲良くしているのは好い気が起きない。人間とポケモンだって好き嫌いの感情は結構似てるものだ。

「え、なにそれ」
案の定、Nは盛大に俺が垂らした釣り針に引っかかった。むっとした表情で俺とレシラムムを睨んでいる。計算どおりだ。
「何って、俺はただレシラムと仲良くしてるだけだよ」
「……レシラムはボクのトモダチなんだけど」
「さっき俺が言ったのと同じことじゃないか」
「そういう問題じゃなくて」
「だったらどういう問題?」
「な……」
呆然とするN。こうやって言い返された経験がないから対処の仕方が分からないらしい。俺は心の中で笑った。彼が俺と同じ――いわゆる嫉妬という感情を抱いてくれているのが嬉しくてたまらなかった。

しばらく彼は俺とレシラムを交互に見て何かを考えているようだったが、急に意を決したようにゼクロムの背から飛び降り、つかつかと俺に向かって歩み寄ってきた。思わず俺もレシラムから手を離す。
「あのさ、トウヤ君」
そこはかとない敵意のようなものを向けられた。いつもは呼び捨てなのに「君」付けされている。こういう感情を向けられるのは、思えばこれが初めてだ。バトルを仕掛けられてきた時だって、俺がNから感じたのは興味と好奇心だけだったから。
「そうやっていつまでも意地悪なことを言うなら、ボク、泣くよ」
頬をつねられるくらいは覚悟していたら、まさかこう来るとは。泣き落としなんてこの年齢の人間はまず考えない。つまりこれは彼だけに許された最終手段だ。俺は内心かなり動揺した。それを悟られないように最大限の努力をしつつ、平然とした態度を取り繕って「それなら泣けばいいだろ」と返す。ここで本当に泣かれたら困るけど。すごく困るけど。

「……キミはほんと、分かってないな」
Nが一気にしおらしくなった。まずい。泣かれるかもしれない。流石にここでフォローを入れないと大変なことになる。でも言えない。お前が嫉妬するのを見たかっただけなんだ、なんて。
「あの、N……」
俯いた彼の肩に手を置いて弁明をしようとした俺の唇に、何か柔らかいものが触れる。何度も体験したことのある、この感覚。でも今までは、俺が一方的に求めるだけだったはずで。

「ボクがゼクロムと一緒にいて楽しいのはいいけど、でも、キミがレシラムと仲良くなるのは、いやだ。……ボクだって、キミを独占したいと思う時がある」

唇を離したNが小さな声で呟いた。俯いたまま俺の胸に頭を押し付けてくる。上からだと表情は見えなかったけど、彼の耳が真っ赤になっているのは分かった。急展開に次ぐ急展開に頭の処理能力がついていかない。困る。さっきとは別の意味で……Nが可愛すぎて、困る。彼がこんな可愛い我侭を言うようになるとは誰が想像しただろう。

とうとう理性が崩壊した。俯く彼の頬に手をかけて上を向かせ、そのままキスを落とす。今度はもっと長く。
あまりに夢中だったから、少し離れた場所でレシラムとゼクロムが呆れたように俺たちを見ていることなんて気付かなかった。




2010/10/01


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