不満足なハッピーエンド


こんこん、と家の扉を叩く音がする。
「僕が出ますよ」
私が腰を上げるより先に、床でパチリスと戯れていた少年が立ち上がった。この家の住人を気取っているらしい。まったく迷惑な話だ。止めるのも面倒なので応対は任せることにした。それに、昼過ぎのこの時間帯に訪ねてくる者といえば大方の予想がついている。この来客の相手は私より彼の方が向いているだろう。

「コウキおにいちゃーん!」
「うわぁっ!?」

彼が扉を開けると、一人の少女が弾丸のように突撃してきた。少女の頭は少年の腹に勢いよくぶつかり、直撃を受けた少年は体を少し曲げて苦しげな呻き声を上げた。やはり私が出なくて正解だった。
「誰かと、思ったら、ナツちゃん、かぁ……」
「おはよ、コウキおにいちゃん!」
「うん、おはよう……」
私から少年の表情は見えなかったが、おそらくなんとか笑顔を取り繕っているのだろう。大した忍耐力だ。
来訪者は予想通りの人物――――やたら私に懐いている幼い少女、ナツだった。しょっちゅう訪れるからもう慣れた。少年のことを「コウキおにいちゃん」と親しげに呼ぶあたり、私の知らないところで二人はすっかり仲良くなっているらしい。

村の住人に私と彼の関係を知られるのはできるだけ避けたいのが私の本音だった。そうでなくともこの少年はポケモンリーグチャンピオンであり、一部の者からは『シンオウの英雄』と呼ばれるほどの有名人なのだ。そんな有名人が、辺境の村、しかも私の家に滞在しているとなれば怪しまないほうがおかしい。
今のところ村で取り沙汰されるような事態にはなっていないが、この少年は私の警告を無視してことあるごとに外へ出ては子供たちと遊んでいるのだ。子供たちの親や他の村人に会えばその場でやすやすと自己紹介しているという話も聞いている。ばれるのは時間の問題だろう。

「今日はコウキおにいちゃんに手伝ってもらいたくて来たの!」
「本当?僕に手伝えることがあったら何でもするよ!」
「ありがとー!」
「それで、手伝ってもらいたいことって?」
「あのね、アキがポケモンほしいって言ってるの」
「アキちゃんって、君の妹の?」
「そう!あたしがポケモンもってるのみて、アキもほしくなったんだって!」
「それは良いことじゃないか!うんうん、みんなポケモンと仲良くなるべきだよ。……それで、僕はアキちゃんがポケモンを捕まえる手助けをすればいいのかな?」
「あたり!」

私が口を挟まないのをいいことに、どんどん話が進んでいくのに焦りを覚えた。これ以上少年に好き勝手外出されたのでは困る。
「おい、何度も言っているが無闇に外出は、」
「そういうことでアカギさん、僕ちょっと外に出ますね。日が沈むまでには戻ってきますから」
「私の話を……」
「ほらコウキおにいちゃん、はやくいこーっ!」
少年の手を掴み、早く外に出たくてうずうずしている少女の叫びが私の言葉を遮った。こうなったら私に勝ち目は無い。
少年は形だけ申し訳なさそうな振りをし、「それじゃあ」と一礼して少女に手を引かれるまま家を出ていく。無性に殺意がわくのは不可抗力だ。私は閉ざされた扉をソファーに座ったまま凝視した。

「あ、そうだ」

すると間をおかずに再び扉が開き、少年がひょっこりと顔を出して一言、

「今日の夕食はシチューがいいです」

と言い残した。
持病の頭痛が酷くなったのは言うまでもない。
ああ、かつて思い描いていた理想の静かな生活はどこへ行ったのだ。彼が家に押しかけてきた時の嫌な予感は的中した。
あの少年がいる限り、私の心が休まることはないらしい。今までも、そしてこれからも。


(まんざら嫌でもないくせに、素直じゃないなぁアカギさんは)




2010/09/14

アカギさんは自分を差し置いてコウキが子供たちと遊びに行くのが気に食わないだけです。


[ index > top > menu ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -