エンドレス・ランナウェイ


「あ」
「ん?」

旅の途中、トウコが休息のために誰もいない水辺に降り立つと、そこには思わぬ先客がいた。
――純白のドラゴンポケモンを従えた彼が、木陰で休んでいたのだ。まさかこんな場所で出会うとは。
二人は同時に顔を見合わせ、目が合い、驚きの声を上げた。

「やあトウコ」
「よく会うね、あたしたち」
驚きもそこそこにNの隣に座る。Nは微かに笑って彼女を出迎えた。
実はこうして旅の途中で遭遇するのは初めてではない。以前にも何度か彼と彼女は顔を合わせていた。無論、まったく意図せずにである。

「似てるからかな」
「似てる?あんたとあたしが?」
「そう」
こくりと頷くNを、トウコは何度も瞬きを繰り返して見つめる。だが不意に納得したのか目を細めた。
二人のいる木陰は涼しくて心地好い。Nもトウコも、無意識のうちに同じような場所を求めていた。二人がよく遭遇するのも、まったくの偶然というわけではないらしい。

どうせならあたしじゃなくて、あいつがNに会えればいいのに。
トウコは心の中で溜め息をついた。彼女は特にNと会うことを望んでいるわけではないのだ。自分が行く場所にNがいる、ただそれだけ。だからこそこんな高確率で会えるのだろうか。望んでいるうちは何も思い通りにならないのだ。会えたら嬉しいけどそこまで執着しているわけじゃない、それくらいの距離感が二人を引き合わせているのかもしれないと思った。
強く想いすぎることで逆に離れ離れになってしまうとしたら、これほどもどかしいものはない。

「……別にあたしはあいつが落ち込んでようが何してようがどうでもいいんだけど」
独り言のように呟いた。Nにも聞こえる音量で。
「見てるこっちが同情しちゃうくらい駄目人間になってるわよ、あいつ」
トウコは敢えて曖昧な言葉を選んだ。名前を出さずとも分かるだろうと。
案の定、Nはトウコの言う「あいつ」が誰なのかを瞬時に理解したようだった。もとより、二人が共通に認識しているもの自体あまり多くないのだ。話題に出る人物は自然と限られてくる。

「ふうん。やっぱりそうなんだ」
Nの反応は薄い。良くも悪くも普通だった。もっと振れ幅のある感情の動きを想像していたトウコは拍子抜けしてしまった。
Nにとって「彼」の存在はそこまで大きくないのだろうか?――いや、違う。当たり前のように、「彼」は日常的な思考の一部に組み込まれているのだ。だから、今更驚くことでもないと。
激しく強く想われるよりは、こちらの方が自然なのかもしれない。だが、今でもNのことを引きずったままの「彼」に比べると、Nは落ち着きすぎているような気がした。その温度差が少しだけ寂しい。

「会いに行ってあげないの?」
「……うん」

Nは静かに頷いた。穏やかな肯定ではあったが、裏には固い決意が感じられた。Nは素直そうに見えて案外頑固な一面がある。一度こうと決めたらなかなか揺らがない。こんな時ほど説得するのは大変なのだ。
しばらくは難しそうね、とトウコは今も独りでNを想い続けている弟に憐れみを向けた。つくづくうまくいかない。

トウコは沈黙し、景色を眺めるNの横顔を見た。春の日差しを受けて水面がきらきらと光り、その輝きはNの瞳に反射して複雑な光彩を形作る。どうして彼はこんなに綺麗なのだろう。
以前のNは危うい美しさを内包していた。幼年期のまま停止した幼い心は身体の成長に取り残され、ひどく不安定だった。それが今では、ちゃんとした一人の人間として地に足を着けて歩いている。心の成長が身体にやっと追い付いたのだ。トウコが見ているのは、身も心も成熟した美しい青年だった。

Nは遠くを見つめたままで言った。
「本当はね、トウコ。彼が自らの意志で会いに来てくれたなら、ボクはこの一人の旅を終わらせてもいいと思っているよ」
「……はあ?」
とんでもないことを彼は言ってのけた。とてもあっさりと、まるで今日の朝食のメニューを言うかのような自然さで。呆気に取られるトウコを横目に、言葉を続ける。
「でもトウヤはいつまでも来ない。だからボクは旅を続ける。……まあ、彼がボクに会うために追いかけてきても、ボクは逃げるだろうけどね。簡単には捕まらないつもりさ」
ね、レシラム。
Nは近くに横たわる白い竜に声をかける。すると竜は薄く目を開けて、同意するように瞬きをした。どうやら共犯らしい。気ままな彼等が手を組んだら、捕まえられるものも捕まえられない。

これには流石のトウコも抗議せざるを得なかった。
「なにそれ。あたしが言うのも変だけど、いくらなんでもあいつが可哀相じゃない?」
「そうだね。だけどボクは追いかけっこが好きなんだ」
Nは笑う。悪戯が見つかった子供のような無邪気さだった。彼がこんな清々しく笑うになるとは、きっと誰も想像していなかっただろう。この境地に至るまでの葛藤や懊悩が長かった分、開き直った後の差は大きい。

「……その顔、卑怯すぎるって……」

観念してトウコは額に手を当てた。勝てる気がしないとはまさにこのことだ。自分にも弟と同じ遺伝子が受け継がれているのだと痛感する。
どうにもこの笑顔には弱い。頬を張り倒したいくらいには小憎たらしく思うのだが、実際強く叱り付けることもできず、むしろ次から次へと愛しさが込み上げてくるばかりだ。

(どうするのトウヤ、あんたの想い人はかなりの強敵よ?)

にこにこと笑うNを恨めしそうに睨みつけながら、トウコは遥か遠くの地にいる弟に僅かばかりのエールを送るのだった。




2012/05/13


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