トモダチ以上、友達未満


「チェレン、トモダチになろう!」

Nは、瞳をきらきら輝かせながら僕の両手を握ってそう言った。ちょっと何なんだ突然、意味不明だ。それに手を振り回すな疲れるだろう。言いたいことは多々あるものの無理矢理嚥下する。
「……N、いきなりそんなことを言われても意味が分からないよ」
「え?だからそのままの意味だよ」
僕が言いたいのは言葉の意味じゃなく、何故Nが僕に「トモダチ」となることを求めてきたかという理由だ。大方の予想はついてるけど。どうせベルの入れ知恵なんだろう。そうでなきゃ、今までろくに僕と一対一で話す機会の無かったNがここまで積極的になる説明がつかない。

Nは悪い奴じゃないということは知っている。好きか嫌いかと問われれば「嫌い」の枠には絶対入らない。だけど、どうしても自分から関わろうとは思えない。
たぶん僕はNのことが苦手なんだと思う。何を考えているのか理解できないNとの距離を測りかねている。どのラインまでの付き合いをするべきなのか、彼は何を望み何を僕に求めているのか、全てにおいて不明瞭だった。
もしかしたらNの本質はとても単純な要素で出来ているのかもしれないけど、物事を深く掘り下げようとする傾向にある僕には辿り着けない場所にある。

さてどうしたものか、と僕は途方に暮れる。僕の返答を待ちわびているNには申し訳ないけど、きっと僕はNの期待通りの反応を返すことはできないだろう。「トモダチになる」という要望にすぐイエスと答えられるなら簡単だ。でも僕の頭の中では、さっきから妙な違和感がちらついているせいで中々頷けないでいる。

「……あのさ、」

心の整理がつかないままで待たせてしまうのも駄目だと思って、まだもう少し考えさせて欲しいと切り出そうとした。しかし喉元まで出掛かった言葉は、背後から向けられた強烈な視線によって掻き消された。……これは、まさか。

(Nに余計なこと言ったらただじゃおかない)

……まさかの、まさかだ。

(Nを泣かせたら俺がお前を泣かせる)

恐ろしくて振り向くことは出来なかったけど、僕は確かに感じた。背後の物陰から、もちろんNには気付かれないように僕へ殺気を送るトウヤの気配を。Nが関わってくるとトウヤは性格が変わる。普段のお人好しな性格とは真反対に惜しげもなく殺気を放つ姿は、幼馴染の僕でさえ怖くて鳥肌が立つほどだ。そして今、トウヤの殺気は他でもない僕に向けられている。……なんだかとても、やりにくい。でも、トウヤが見ていようと何だろうと、僕はちゃんとNに伝えなきゃならない。前から感じていた違和感の正体に今やっと気付いたんだ。

「……N」
「なんだい?」
「僕は、君と『トモダチ』になることはできないよ」
「……え……?」

Nは呆然と僕を見つめる。背後からの殺気がより強くなった。……頼むからまだ泣かないでくれ。誤解が広がらないうちに僕は素早くフォローを入れる。

「別に君のことが嫌いなんじゃない。むしろ好きの方に近いと思う。
……でも、僕が考えている『友達』の関係と、君の言う『トモダチ』の間には決定的な違いがある。僕は君と『友達』になることはあっても、『トモダチ』にはならない」

Nは瞬きをして「トモダチ……?」と口の中で呟いた。やっぱりそうだ。Nは「トモダチ」と「友達」を一緒くたにして考えている節がある。Nが常日頃から使っている「トモダチ」という呼び方は、その対象がひどく曖昧だ。ポケモンでも人間でもとにかく「トモダチ」。僕が違和感を覚えた正体はこれだった。
人間とポケモンの信頼関係、人間同士の友情。これらは同じようでいてまったく違う。少なくとも僕からしてみれば差異は明白だ。でもNにとってはどちらも同じに見えるんだろう。

「君は今までずっとポケモンと一緒に過ごしてきて、人との接し方に慣れていないんだってことは分かる。
……だからこそ。これからはちゃんと『人間』として――『友達』として、僕らと向き合ってよ」

僕は初めて自分からNの目を真正面から見た。戸惑いに揺れるその瞳は、僕が言ったことを咀嚼するために一生懸命動いている。何度も何度も「トモダチ……ともだち……友達?」と繰り返す。
Nにしてみれば、それらの違いを見つけるのはかなりの難問だろう。これは「心」の問題だ。数式なんて役に立たない。

「……すぐに全部を理解しようとしなくていい。ゆっくりで大丈夫だから」
「……うん」

Nは俯いてなおも深く考え込んでいるようだった。無理もない、生まれた時からずっと同じものとして捉えてきたものに、いきなり区別を付けろだなんて言われたら誰でも混乱する。でもこれは、Nが僕らと一緒に生きていく上でとても大切になってくる。今のうちに少しずつ理解していくことが必要だ。

「ねえ、チェレン」
不意にNが顔を上げて、遠慮がちに僕に声をかけた。
「……ボクがもし、『トモダチ』と『友達』の違いを分かるようになったら――その時は、ボクと『友達』になってくれる?」
深刻な顔で切り出すものだから何かと思いきや、そんなことか。拍子抜けするような問いだったけど、Nにとってはきっと重要な話なんだろう。
苦笑まじりに「いいよ」と返すと、Nは顔をくしゃりとさせて「ありがとう」と笑った。僕より年上のはずなのに、その笑い方はまるで小さな子どもだ。なんだか急にNが愛おしく思えてきて、僕はとうとう声を立てて笑った。

ああ、トウヤがNを好きになるのも分かる気がするよ。




「絶対、悪い方向にしか行かないと思ってた」

Nがスキップをして僕の前から去った後、物陰に隠れていたトウヤが唇を尖らせながら僕に近付いてきた。痛いほどの殺気はとっくに消えている。Nの笑顔は絶大だ。
「トウヤ、君は僕の事をなんだと思ってるんだ。あの状況下でNにそっけない態度を取れるほど僕は馬鹿じゃない」
懸命な判断だろう?と嘯いてみせる。トウヤは相変わらず不満げだ。良い具合にNの認識も変化しようとしているにも関わらず、どうして面白くない顔をするんだろう。

「……だって、俺があれだけ『友達』について力説しても、『トウヤは大切なトモダチだ』と言い張って聞かなかったのに」

ああ、そういうことか。どうやらトウヤは、僕がNに対していとも簡単に「友達」と「トモダチ」の違いを悟らせたのが気に食わないらしい。先を越されたとでも思ってるんだろうけど、僕にはNを巡ってトウヤと争う気はさらさら無い。Nはあくまで「友達」だ。それ以上の関係を望むトウヤとは立場が違う。
「仕方ないよ、Nにとってトウヤは近すぎる存在だから。ある程度距離を置いている僕が言うからこそ、Nもそのことを理解する気になったんだと思う」

――つまり、トウヤは既にNの中で『友達』以上の位置にいるんだ。

僕は敢えてそれをトウヤに教えようとはしなかった。釈然としない風のトウヤを横目に、僕は自分だけが知る事実を抱える。この二人はもっと時間を掛けて互いの存在の重みに気付いていけばいい。




2010/11/06


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