みどりいろのあのひと。


「トウコに話がある」

ライブキャスター越しのトウヤの顔は嫌に深刻で、あたしは思わず身構えた。忙しいから後にしてくれない?と断ろうと口を開きかけたところで、トウヤが更に言葉を重ねてきた。
「ヒウンパフェおごるから」
「それであたしを釣ろうってわけ?」
「釣るなんて考えてないけど……できるだけ早く話したいんだ」
「……仕方ないわね。いいわよ、じゃあ今日の午後ヒウンシティで」

そんな短いやり取りの数時間後、あたしたちはヒウンシティのとある喫茶店で顔を合わせることとなった。互いの目の前には巨大なパフェが聳えている。これこそヒウンシティの新名物、ヒウンパフェ。ヒウンアイスをふんだんに使い、最高級のフルーツやら何やらのトッピングがこれでもかと乗せられている。販売が始まるや否や、あまりの人気にヒウンアイス以上の長蛇の列ができたことでニュースにもなった。そのニュースを見て以来、あたしもヒウンパフェの存在は気になっていたのだ。おごりとあれば食いつかないはずがない。

「で、あたしに話って何?」
スプーンでパフェの山を崩しながらトウヤに問う。一番の目的はパフェとはいえ、相手の言い分も少しは聞いてやろうという気になっていた。今のあたしはパフェ効果でいつになく上機嫌だ。
「……俺たち双子に関して、確認したいことがあるんだ」
あたしとは対照的に、思いつめたような表情のトウヤが話を切り出した。せっかくのパフェにも手を付けていない。トウヤにとっては食欲よりも大切なことなんだろう。
「俺たちは生まれた時から正反対だった。性別、性格、食べ物の好き嫌い……とにかく全てにおいて。でも、この歳になったら例外が生じてもおかしくない」
「例外って?」

もうこの時点であたしにはトウヤが何を言おうとしているのか分かっていた。伊達に長年双子として生きてきたわけじゃない。でもあたしはあえて核心に触れることはせず、尋ね返すことでトウヤの様子を見ることにした。自分が意地の悪い薄ら笑いを浮かべているという自覚がある。この弟はあたし相手だと普段の冷静さが嘘みたいに取り乱すから面白いのだ。
「例外……だからそれは、その」
「あたしたちが『同じ人』を好きになるとか?」
その一言にトウヤがばっと顔を上げた。瞳には焦りが浮かんでいる。
「な……んで、そのことを」
「あ、もしかして図星だった?」
わざとらしく驚いた素振りを見せるあたしと、冷や汗をだらだら流すトウヤ。二人の力関係はどこから見ても明らかだ。トウヤは尚も余裕のない表情ではあったけど、覚悟を決めたかのように椅子から立ち上がり、あたしを見下ろして言い放った。

「……単刀直入に言う。俺はNが好きだ。誰にも――勿論、トウコにだって渡すつもりはない」

それはまるで、宣戦布告のような。

あたしにもこの発言は完全に予想外で、口を開けて呆気にとられてしまった。目だけで周りを見回すと、店内にひしめく他の客や店員が一斉にこちらを見ていることに気付いた。先程の宣戦布告の声量は思ったよりも大きかったようだ。しかも椅子から立ち上がったおかげで店内中に響き渡ってしまった。
店内にいた人間は誰もが首を傾げたことだろう。修羅場の予感がして振り返ってみれば、そこにいたのは年若い男女。雰囲気からして別れ話をしているようには見えない。更に少年の方は少女に対して「渡さない」と宣言した。あたしたちの関係をまったく知らない人間からすれば、あたしたちは第三者である何者かを巡って争っていると判断できる。その「第三者」が男にしろ女にしろ、片方は同性に対して恋愛感情を持っているんじゃないかと誤解されてしまうのは不可抗力だ。お店の皆さんごめんなさい、トウヤが暴走したせいで嫌なもの見せちゃって。

あたしは盛大に溜息をついて、食べかけのパフェにスプーンを突っ込んで掻き回した。しばらくしてトウヤも店内の視線に気付いたらしく慌てて椅子に腰を下ろした。小声で「ごめん」と謝ってきたけど聞こえない振り。こうなったら徹底的にいじめ倒してやらないと気が済まない。

「……Nって、可愛いわよね」

パフェを半分まで食べたところで、おもむろに口を開いた。緊張しているらしいトウヤが背筋をことさら伸ばした。
「最初は何こいつキモイとか思ってたけど、今じゃそれも魅力の一つと思えるようになったし。それに、いつもふわふわしてるから放っておけないのよね。母性をくすぐられるっていうか。時々ぎゅーっと抱き締めたくなったりして」
トウヤが青ざめ出す。あー分かりやすい。普段はあんまり表情を変えないくせに、Nの話題が出ると良くも悪くも表情豊かになる。ほんの少しNを羨ましいと思った。

……でも、トウヤの「恐怖」を最大限に引き出すのはあたしだけなんだから。あたしは唇の端を持ち上げてトウヤを見た。
「あたし、自分が欲しいと思ったものに対しては一切の妥協を許さないタイプなのよね。あたしの道を阻むものなら、何だろうと蹴り倒して進むわ。……トウヤは嫌なくらい分かってるでしょ?強がり言うのはいいけど、本当にあたしと真正面から戦って勝つ自信あるわけ?」

勿論、トウヤがあたしに勝てるなんて思いもしない。ポケモンバトルならまだしも、行動力や肉弾戦、そして舌戦におけるあたしの勝率は100%だ。仮にあたしとトウヤがNを巡って対立したとして、どれだけNに対するトウヤの想いが強かろうと間違いなくあたしが力ずくでNを奪い取ってしまうだろう。あたしが本気になればの話だけど。
「トウコに、勝つ……」
トウヤは絶望を顔に張り付けてあたしを凝視した。死に物狂いであたしに勝つ手段を探そうとしているのがよく分かる。無駄な足掻きだと知っていながら、Nのことは絶対に諦めたくないらしい。……その想いだけは認めてあげなきゃいけないかもね。
トウヤの恐怖の百面相も堪能したことだし、そろそろいいかな。


「……ま、あたしに戦いを挑もうとした無謀な心意気は評価するわ。その勢いで早くNとくっついちゃえばいいのに」
「え?」
あたしが途端に獣の顔から普通に戻ったことにトウヤは驚いたみたいで、間抜けな声を出して瞬きを繰り返した。目を白黒させるってこういうことを言うのか。あたしは何だかおかしくてお腹を抱えて笑った。
「トウヤ、あんた必死すぎ!よっぽどNが好きなのね」
「な、な、何を笑って」
「あんたがNをそういう意味で好きだってこと、わざわざ言われなくたってとっくの昔に知ってるわ」
笑いながらテーブルをばしばし叩く。衝撃でパフェが揺れたけど気にしない。
「確かにあたしはNが好きよ?抱き締めてやりたいし、キスしてやりたいとも思う。でもそれは、あんたがあいつに対して向けてるような感情とは決定的に違うの。強いて言うなら、あたしのこれは『親愛』に近いかな……要するにトウヤが心配に思う必要はひとつも無いってこと。分かった?」

トウヤはそれからしばらく硬直して動かなかった。あたしの言葉を噛み砕いて咀嚼して、完全な理解に到達するにはそれなりの時間が必要だったようだ。あたしはにっこり笑いかけ、トウヤの復活を待つ。見詰め合ってから約数十秒後、やっとのことでトウヤは硬直状態から解き放たれ、顔に似合わない低い呻き声を上げながら頭を抱えて崩れ落ちた。

「それならそうと早く言ってくれ……」
「だってトウヤの焦りようが面白くてー」
「俺で遊ぶな!」
「はいはい」

恨めしげにあたしを睨むトウヤの目には明らかな安心感があった。それもそうだろう、(実際はトウヤが勝手にそう思っていただけど)Nを狙う最大のライバルであるあたしが争奪戦から消えたわけだから。これでトウヤは思う存分Nに向かって突っ走ることができる。当面の問題は解決ね。
「ほら、早く食べないと全部溶けちゃうわよ」
トウヤが落ち着いたところで、あたしは目の前のパフェを指差して言った。注文したパフェが届いてからだいぶ時間が経っている。あたしの分はあらかた食べ終わったからいいけど、もう一方のパフェはアイスの部分が溶けかかっている。トウヤは慌ててスプーンを手に取りパフェを食べ始めた。頬杖をついてその様子を眺めて、あたしはたった今思い出したことを口にした。

「それはそうと、あたしは父親の方貰うからよろしく」
「う゛え゛っ!?」

瞬間、トウヤがアイスを吹き出した。ちょっと汚いってば。そんなに吹き出すほど驚くこと?
「お、驚くも何も……!」
「そっか、トウヤはあいつ大っっっっっ嫌いなんだっけ」
口元をナプキンで拭きながらトウヤは大きく首を縦に振りまくった。言葉にしたくないほど嫌ってるらしい。愛しのNに酷い仕打ちをした張本人なわけだからその気持ちも分からなくはないけどね。あたしだって、あいつがNにしたことを許してるわけじゃない。それとこれとは別次元ってだけ。

「Nにベクトルが向きさえしなければ、別にトウコが誰を好きになったって構わないけど……どうしてよりによってゲーチスなんかを……あ、理由は言わなくていいから」
「そう?あたし、ああいう殴りたくなる衝動を掻き立てる男が好みらしいのよねー」

口ではそんなことを軽く言ってみたりするけど、あいつに関しては好き嫌いとかの問題とは違うってことはあたしが一番よく分かっている。あいつには、とにかく放っておけない何かを感じる。
……そういう意味では、トウヤが危惧していた「あたしたち双子が同じモノを好きになる」というのもあながち間違いではないのかもしれない。あたしもトウヤも、緑の髪の彼に引き寄せられたんだから。

「……じゃあ、これで交渉成立ということで」
「決定ね」


(せいぜいNと幸せになりなさいよ)
(トウコこそ、あの男のこと構いすぎないようにしておかないと)
(分かってるわよ。ゲーチスを泣かせるのは週に一度だけって決めてるから)
(それもどうかと思う……)





2010/10/24


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