ミセス・ロレーヌの独白


あたしロレーヌ。人間たちはあたしたちのことをまとめてチョロネコって呼んでるわ。確かにあたしたちは姿かたちが似ているけど、少しずつ顔も違うしひとりひとり個性があるの。なのに人間ときたらそれに見向きもしないで十把一絡げの名称を付けるんだから。なんとかしてほしいものね。どうせあたしの言葉なんて人間には通じないんでしょうけど。
でも、あのひとは特別よ。Nという名前の優しいひと。人間なのにあたしの声が聞こえるひと。

あのひとに出会うまで、狭い草むらだけがあたしの世界で、あたしは自分が一番強くて美しいって思っていたの。あんな草むらの中で一番になったって意味なんか無いのに。いわゆる「井の中のオタマロ」ってやつね。とにかく自信過剰で、プライドだけが高かったわ。
時々、草むらの中にトレーナーがやって来て、あたしたちの仲間を捕まえていった。あたしはそんな仲間たちを見下して嘲笑っていた。高貴なあたしが、あんたたちのように人間なんかの言いなりになるなんてまっぴらごめん。あたしはずっとひとりで気高いまま生きていくわ、って。人間なんかに頼らず自分ひとりの力で生きていくことこそが自由だと思っていたのよ。


そんな時、あのひとが目の前に現れた。優しく微笑んであのひとは言ったわ。「戦いたい人がいるんだ。キミの力を貸してくれないか」って。その時の驚きといったらなかったわ。トレーナーといえば、真っ先にポケモンを出して、あたしみたいな野生のポケモンを襲わせるのが普通でしょ?しばらく戦わせて、体力がなくなってきたらモンスターボールを出して捕まえる。ほんとあざといわよね。人間のそういう卑怯さがあたしは嫌いなのよ。

なのに、あのひとはポケモンを盾として出さず、生身のままあたしの前に出てきたの。信じられないことだと思わない?……まぁ、だからって簡単に信じられるわけもなかったから、あたしは当たり前のように威嚇したわ。何よあんた、そうやって油断させておいてあたしを捕まえるつもりなんでしょ。あたしは他の仲間みたいに騙されないわよ。あんたの思い通りになると思ったら大間違いなんだから。そんなふうに大声で散々わめき散らして、早く諦めて逃げ帰れって思ったの。

けれどあのひとはあたしの前から立ち去ろうとしなかった。それどころか、両手を広げて抱き締めようとしてきたのよ。あたしは必死であのひとの腕を引っ掻いたわ。人間から逃げるためにあたしの爪はいつでも鋭く研いでおいたから、思ったより大きな引っ掻き傷があのひとの腕にできた。真っ白な腕にあたしの爪痕がいくつも赤い筋を描いていたわ。血がぽたぽた音を立てて草むらに落ちたのも見た。
普通の人間ならそこで悲鳴を上げて逃げ出すところよ。でもすべてにおいて特別なあのひとは、たくさん血が出ているにも関わらず、あたしに向ける手を止めなかった。悲鳴ひとつ上げずに、あたしを優しく抱きかかえてくれたの。「怖がらせてごめんね。でも、もう大丈夫だよ」あのひとは確かそんなことを言っていた気がするわ。

……そこで、あたしはやっと気付いたの。ああ、そっか、あたしは怖かったのね、って。人間に捕まって、無理矢理戦わされて傷つくことを何より恐れていたの。あたし自身でも気付かなかったことを、人間が理解してくれるなんて初めての経験だった。驚くよりも先にひどく安心したわ。もう怖がらなくていいんだって分かったから。このひとならあたしを無闇に傷つけたりしない。優しく撫でてくれるあのひとの手のぬくもりを感じながら、あたしは嬉しくてちょっぴり泣いたわ。


あのひとに請われた通り、あたしは全力であのひとの為に戦った。でも結局負けちゃったわ。当たり前よね、あたしは今までろくに戦うこともせずに爪を研いでいるばかりだったんだから。あのひとの力になれなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
モンスターボールの中で悔しくて泣いていたら、あのひとがあたしを呼ぶ声が聞こえたの。今度こそあのひとの役に立ってみせる!と張り切ってボールの外に出たら、そこはあたしが住んでいた草むらだった。不思議に思ってあのひとを見上げたら、「ボクの為に戦ってくれてありがとう。さあ、キミは元いた場所に帰るんだ」と告げられた。あたしは悲しくなって尋ねたわ。

もしかして、あたしが弱いから捨てるの?
「そんなことない。キミはとても強い子だ。よく戦ってくれたよ。ボクはキミを誇りに思う」
でも、捨てるんでしょう?
「捨てるんじゃなくて解放するんだ。キミはキミの好きなように、自由に生きればいい」
いやよ。あたしはあなたが好き。あなたとずっと一緒にいたい。

あたしは何度も何度も首を横に振って、嫌だ嫌だとあのひとに縋り付いた。自分以外の誰かを、しかも人間を好きになるなんて初めてだったあたしは、我侭を重ねて随分あのひとを困らせてしまったわ。あのひとにもあのひとの事情があって、あたしを連れて行けないのは仕方がない事だって頭では分かっていたのに。
「……じゃあ、ひとつ約束してくれるかな」
あのひとはしゃがみ込んで、あたしと同じ目線でそう言った。……約束?

「そう、約束。もしボクが困った時は、もう一度キミの力を貸してくれないかい?」

あたしは即座に答えたわ。そんなの当たり前じゃない、一度どころか何度だってあなたに力を貸すわ。困った時はいつでも呼んで。するとあなたは嬉しそうに笑って「ありがとう」と言った。あのひとが笑顔を向けてくれたから、それまで泣いていたあたしまで笑顔になったわ。あのひとのとろけるような笑顔を見ると、なんでも言うことを聞いてあげたくなっちゃうの。


……だからね。あたしはあのひとと約束したから、今でもこうしてあのひとの呼び声を待っているのよ。あのひとがこの草むらに来たら真っ先に出迎える準備もできてる。きっとあのひとなら、あたしだってすぐに気付いてくれるわ。
あたしが言うことを聞くのは、後にも先にもあのひとただ一人だけ。
ねえN。あたし、あなたのこと、待っていてもいいわよね?


(いつでも、どこへでも、あなたの元へ駆けていくわ!)




2010/10/01


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