今日はいつもの朝とは違った。朝なのに辺りはまだ暗くて、湿っぽい空気のせいで髪がゴワついている。
外から聞こえる音を聞くかぎり今日の天気は雨らしい。雨の日は髪に櫛が通らなくてとてもイラつく。さらに無理に通そうとするために地味に痛いし髪が切れて後々痛んでしまうから、雨の日はあまり好きではなかった。授業がある日は座学ばかりになるし、下手したら抜き打ちテストにもなってしまう。休みの日だと外に行く気にもなれないし、自室から出ようという気さえも失われる。しかし、今日はその休日だった。特にこれといった予定もないしもう一度寝ようかと布団を頭まで被って目を瞑り、雨音に耳を傾ける。
ザク、ザク、ザク
雨の粒が地面にぶつかる独特の音に紛れて何か、水を含んだ土を抉るような音が聞こえた。
最初こそ、また馬鹿なことをと無視していたが、私は一度聞こえてしまえばどうしても気にしてしまう性分らしく、気付けば布団から起き上がり適当なものを羽織って部屋の外へ足を踏み出していた。
「雨だって、分かってる?」
しばらく歩いた先の廊下で、人工的に作られたような真四角の穴を一つ見付けて声を掛けた。
ザク、ザク、ザク、
返事はまるで土を抉る音だと言わんばかりにリズム良く聞こえたそれに、私はただ苛立ちを覚えた。
「綾部」
ザク、
土を抉っては捨てる音は止まったが、次に出たのは水を十分過ぎるほどに含んだ泥だ。明らかな悪意が込められたそれは避けられたが、背後に当たった飛沫が私に付着した。そして再開された作業に私はますますの苛立ちを自ら腹の中で温め始めている。
すると不意に雨音によって掻き消されそうなくらいの声を発した綾部喜八郎は、泥で真っ黒になってしまった顔を穴から少しだけ出した。
「海、好きなんでしょ」
そして同じ言葉を、先程よりハッキリと発音しながら私を見て、これまでの作業に自然な流れで戻ってしまった。視界には、喜八郎の姿はない。
私はあまりの突然さに不覚にも驚いてしまって、誤魔化すように胸のちょっと下辺りで腕を組んだ。
ザク、ザク、
「バカ。アホ八郎」
「名前がバカなら私はアホでいい」
「私はバカじゃない」
「じゃあ私も違う」
「……」
しかし心の中ではバカだのアホだのと繰り返す。海だなんて、お前が作れるわけがないだろうに。
そして、作業に区切りが付いたのか、終わったのか、喜八郎が愛用の穴堀道具と共に這い出てきた。
「明日また来なよ」
胸の奥に潜む
ロマンチスト
title/少年チラリズム
20121031