何一つ変わらないものなんてないだろうと思う。なぜなら、少なくとも私の周りは年が明ける度に変わってしまっているから。


くの一教室に入ってくるほとんどが行儀見習いで、忍術の授業は彼女らにとってただのおまけだ。嫁いでしまえば体術はもしもの時のための護身術程度にしかならないし、座学で習うこともただの豆知識程度のもの。色の授業は、嫁ぎ先できちんと跡継ぎを産むために必要な準備。

嫁ぎ先が決まればすぐに学園を去る者が多かった。学年が上がればそれだけくの一教室の生徒は減っていく。

私には帰る家もなければ、行儀がなっていないとか私のためだと言ってお見合いの話を持ってくる親もいない。

私はただ、生きるためにここに通っていた。

嫁ぎ先が決まり、なんだかんだ言っても学園を離れるのが名残惜しいと涙を流す子もいた。最初こそ、私も寂しかった。初めて出来た友人達が一人ずつ学園から居なくなってしまうのだから。でも私は、いつの間にか寂しいと泣く彼女らを冷めた目でしか見れなくなっていた。学年が上がれば上がるがるだけ、残った友人らの心の裏側にある醜さを知ってしまったからだ。
友人が一人また一人と学園を去り、それを見送った友人達の嫉妬が入り交じった陰口。
それを見る度、私の中にあった小さな入れ物に確かに満たされてあったはずの何かを失ってしまっている感覚に襲われた。


「あ、うわ…っ!」

そんなことを考えていたからバチが当たったのだ、きっと。
次の授業で使う資料を何枚か風に持っていかれてしまい、反射的に追いかけて手を伸ばした。
着地したはずの足元が崩れていき、気付いたら地面に飲み込まれてしまっていた。

背中で着地してしまったせいかすぐには立てそうにない。自然と天を見上げて、丸く切り取られたような空が私を見下ろした。

「…落ちた…」

小さく反響した自分の声に、この狭く冷たい空間にいる心細さが増していく。
私、何をしているんだろう。何をしたいんだろう。なんでここにいるのだろう。

唇が震えて、震えを抑えるために下唇を噛めば土の味がして、頭巾を剥ぎ取って自分の顔を乱暴に拭った。

「おやまあ、」

降ってきた気の抜けた声を辿って見上げてみると丸い空から大きな猫目が見下ろしていた。

「また不運委員会の委員長かと思ったけど、」
「……」
「ターコちゃんに何か御用ですかー?」
「……私の、不注意で落ちてしまっただけです」
「くのたまにも鈍い人がいるんですね。さすがに一人でも上がれますよねー?」
「………もう少ししたら、自力で上がります」

たしか、穴堀り小僧の綾部喜八郎だ。ストレートな彼の言葉は嫌味で、さらに嫌味のようにこの空間に妙に反響した。悔しいけど、どうしようもないから私は頭巾で顔を隠して穴堀り小僧が立ち去るのを待つ。
いやいっそ、私の事に気付かないふりをしてこの地中の空間ごと埋めて、無かったことにしてくれないだろうか。

「……っ!!?」

仰向けになった体に重量感を感じ、平行して打撲した背中がさらに痛くなる。頭巾によって閉ざされていたはずの視界に、さっきまでもっと上にあったはずの猫目がすぐそばにあった。

驚きと痛みしか感じる暇のなかった私は、今の自分の状況が理解出来なかった。
私の視界いっぱいに映っている綾部喜八郎の目があまりに綺麗で、思わず息を飲む。私の腹の辺りに座ってただ私の顔を、不思議そうな顔をして覗いてくる綾部喜八郎に何が何だか分からなくなってきて、それでも目線を反らせないほどの目力が私の中にまで侵食してくるような、妙な、本当に変な感覚だった。

「……そういえば昨日の委員会で、女性には優しくなさいと先輩に言われたんです」
「…ちょっ、ちょっと、なにをして…!!」

彼の髪が私の顔を擽って、彼の体が私を覆った。耳元のすぐ傍で聞こえる少々早めの心音と、猫を抱き上げたときのような心地の良い温度が私の涙腺を刺激する。

「よしよーし、」

首の付け根辺りをリズムよく叩き、まるで動物かなにかをあやすように綾部喜八郎は私を扱う。彼が思う優しさ、なのだろう。

懐かしい感覚だった。トクントクントクンと早まる心音が綾部のそれと重なって、私の中に暖かいものが流れ込む。いつの間にか空っぽになってしまった入れ物が満たされていくような感覚。

「あたたかい…」
「あたたかいですね」

「生きてる」
「ええ、生きてますよ。おかしな人ですね」

「綾部喜八郎、」
「なんですかー」

年が明ける度に変わってしまっていたのは周りの人間ではなく、私だ。勝手に訳もわからない劣等感を抱いて、自分が中身を捨てて空にしたくせに人のせいにした。
全部がぜんぶ、ただの私の独りよがり。


私はまだ、空っぽの中身を見たことがない。

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企画サイトさんに提出しようと書いたんですが、意味が分からないし、分かりづらいしで没。
上手く修正すらも出来ない技量に吃驚!

20120926
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