それが薄い青色なのか、はたまた薄い灰色なのか、目を凝らせば凝らす程にどちらとも取れる色合いで判断しきれない空模様が私はなんだか好きだった。たまに流れる真っ白の雲が、また判断を鈍らせる。
「…あれ?名前?」
「あ、乱太郎」
「また空見てたの?」
そう言いながらトイレットペーパーを抱えた乱太郎が空を見上げた。その様子を見て、私も同じように首を傾けて空を見上げる。先程と対して変わらないでいる空の形がなんだか嬉しい。乱太郎に声を掛けられるまでに見ていた時とだいたい同じ位置にある雲と、いまだに薄い青色をしているのか薄い灰色をしているのか判断できない空の色が私の視界いっぱいいっぱいに広がった。
「本当すきね」
眉を下げながら笑って、乱太郎は両手に抱えたトイレットペーパーを持ち直す。
「ちょっと目を逸らしてみただけならたいして変わらないのにさ…」
「…うん?」
「明日には違うものになってるんだよね」
「そうだね」
もう一度空を見上げた乱太郎が、ぽつりと言う。当たり前なんだけれど、なんだか不思議な感覚。この空は今、この瞬間だけのものなのだ。もったいない、けれどそれが空である。だからこそ、私は空が好きで暇さえあれば見上げているのだ。
「きり丸に言ったら怒られちゃいそうだなぁ」
「きり丸?…なんで?」
「貧乏暇なし!ってね。空なんか見上げてる時間がありゃ銭稼ぐ!って言われそう」
乱太郎の、ちょっとだけきり丸のモノマネを織り混ぜた言葉が妙に似ていて、私は思わず吹き出した。なんだか可笑しくて、そのまま笑っていると乱太郎は肩を竦めて一緒に笑っい始めてしまう。
「っはは…!たしかにきり丸なら言いそう」
「でしょ〜?きりちゃんったら暇さえあればバイトしてるからね」
まったく、とため息を交えながら言うまん丸眼鏡をした乱太郎。さすが保健委員、ってことなんだろうなぁ。彼はよく人の心配をしている。他人の身を心配するから、自分のことはだいたい後回しにする節が見られるのが、私は心配だ。
「あ」
すると彼は、ジッ、と私の目の奥までを覗き込もうとするかのように真っ直ぐに見つめてくる。目を逸らす暇もなく、一瞬で捕らえられてしまった眼鏡の奥に見える乱太郎の目。なんだろう、曇りのない綺麗な瞳。
「…な、乱太郎…?」
変な感覚だった。乱太郎の目を、まるで初めて見たような、そんな変な感じ。意識して見ていなかったのだろうか。しかし、私はなるべく、人と話をするときは大体目を見るようにしてるのに、乱太郎の目を初めて見たというこの感覚はオカシイ。
「また、徹夜した?」
ギクリ。無理矢理目を逸らすことで、彼の目からはようやく逃れられた。が、しかし、乱太郎は私の目を追い掛けてきた。
「無理してるでしょ」
「…そんなことは、」
「ある、よね?」
「……すいません」
物腰は柔らかに聞こえはするが、なんだかもう逃げ場を無くしていくような感覚が私を襲った。思わず謝ってしまうほど、乱太郎の背後になにか黒いものが見えたのだ。
「もう…、名前が徹夜したらすぐ分かるんだから、」
すぐにいつもの乱太郎になって、困ったように眉を下げて笑う乱太郎が、酷く優しく感じた。いや、もちろん、元々彼は本当に心から優しい男であると思っている。が、何だか、何とも言い表せられないような何かが私の中に渦巻いている気がした。
「今日はちゃんと寝ないとダメだよ…って、また空見てるし」
「わ、あ…ごめん、つい」
「もう、あんまりボーッとしてると怪我をするよ?」
でも、ボーッとも何もしていないのに保健委員会の人達はよく怪我をするね。喉元まで出かかった言葉を無理矢理押し込めて、私は空笑いする。
「空はちょっと見ていなくてもそこにあるけれど、名前は、ちょっと目を離すとどこかへ行ってしまいそうだね」
滲まない視線
title/棘
20130115