昨日の内にいつの間にか眠っていて、そしたらふと何かの拍子に起きてしまってまだ眠気の残る瞼に呼び起こされるように欠伸がこぼれた。なんとなく薄く開いた目が光を取り込んで、もうここにも朝が来たのだと知る。しかしいつの間にか目を閉じて真っ黒になった世界にまた溺れた。すると一瞬だけジャンプする夢を見て、夢につられて動いた足の動きによって強制的に夢から醒めさせられる。
ああ、夢か。分かりきったことを頭で言って欠伸をこぼす。背伸びをしつつ、三度目の欠伸を繰り返すと、欠伸の際に閉じた目が開かない。眠いねむい、だけど起きなくちゃいけない。そんなこと分かってるのだけれど起き上がれない自分を甘やかしてしまう。
ピリリルララララ、無機質な音が耳元で鳴った。またもや眠りに落ちようとしていた自分をまるで叱りつけるような音である。手探りで携帯を手にして音を切り、また寝てしまう所だった自分に呆れてきてしまった。また欠伸が出るかと思ったが出たのはため息。
また朝が来てしまった。そんな気持ち。
ピリリルララララ、ピリリルララララ。また叱りつけるような音が私の耳に響く。
さっき目覚まし機能は切ったはずなのに、と思いながらも携帯のディスプレイを半分しか開けないでいる目で覗き込んだ。
数字の羅列と共に表示されたフルネーム。竹谷八左衛門の文字。
「……ヨボセヨ」
《…は、え?……名前、だよな?》
ふ、と思わず鼻で笑ってしまうと電話の向こうで焦っていた八左ヱ門がため息を吐いた。安心したと言わんばかりのそれがまた面白い。
《…お前、本当に焦るからやめろよ!》
たしかに、エセ韓国語ではあるが、電話に出たと思った瞬間にいきなり言われると誰だって驚いてしまうだろう。とりあえず、ごめんごめん、と思ってもいないけれど謝って、八左ヱ門の機嫌を最低限にとる。実際問題、朝一で電話してくる八左ヱ門が悪いけど。
「で、どうしたの?」
《いや、どうしたの、じゃないだろ。朝だぞ》
「……は?」
《だから!あ、さ、だ、ぞ!》
瞬きを数回繰り返して、言葉の意味は理解出来るが何故、今現在が朝であることを八左ヱ門に、それも電話で報告を受けなくちゃいけないのだろう。
《お、お前まさか忘れたのか…?》
「……え…なにを?」
《なっ、今日は予定空けとけって言っただろ…!?》
「いや、まあ、一応空いてるけど…」
《まさか…待ち合わせの約束も、忘れたのか?》
「え」
まちあわせ?
シュンとした八左ヱ門が目に浮かんで、やっちゃったのかと自分の前髪を掻き上げる。
私は約束を寝すぎてすっぽかしたのか。いや、まだすっぽかしては、ない、はず。まだ、大丈夫。多分。
「ごめん、今から用意するから……!!」
《……いや、悪いしいいよ》
しまった、やっぱり忘れてた時点でダメなのか。なんだか本当に申し訳なくなってきた。本格的にシュンとしてしまった八左ヱ門の声色が弱々しい。
「八左ヱ門…」
《いいってば、もう》
「でも、やっぱり申し訳な」
《もう下で待ってるから》
「……は?」
《待ち合わせ場所まで来る必要はないっ!》
へへっ、と得意気に八左ヱ門が笑う。さっきまでの口調が嘘みたいに。しかし、まだ言葉の意味を理解出来ないでいる私は無言になり、八左ヱ門の言葉を頭で繰り返す。
「…え?あ、え?」
《だーから!お前んちまで迎えに来ちまったんだよ…!!》
ガラガラピシャンッ!
慌てて窓を力一杯に開け放ち、私は外を見下ろした。そこには、まるで悪戯っ子のような、そんな笑みを浮かべて八左ヱ門が手を振っているのが見えた。思わず目を擦ると、外と電話から二重になった笑い声が聞こえる。
《ここで待ってるから、早く降りてこい》
ほわ、と白い息が出て、私は首を上下に動かしながら電話と外にいる八左ヱ門に向かって、わかった、とだけ言う。
じゃあ一旦切るぞ、と電話で言われてプツリと電話が切れた。
まさか夢かと思って、もう一度外を覗くと、はやくしろ!と口を動かす八左ヱ門が寒そうに足踏みしている。
「夢じゃ、ない…」
直接的で鋭利な恋
今日はちょっとだけ、背伸びしてみようと思った。
20121231
title/確かに恋だった