べいーんべんべーん。なんとも情けない音が響いて私は眉を寄せる。しかし何度やっても情けない音しか出せず、なんとかならないかと挑戦するがやっぱり納得のいく音が鳴らない。
「ヘタクソ。ほら、貸してみ」
ベッドの淵に腰掛ける、ちょっとだけ意地悪そうな顔をした兵太夫に彼の四弦のベースを返す。ギターと比べて低い音を出すそれは、彼のお気に入りの楽器である。
「ちゃんとこっちを押さえないから、音が不安定なんだよ」
兵太夫の指で弦を弾いて奏でる低い音は、私が鳴らす音とは比べ物にならないくらい様になっていてなんだか悔しい。今も言ったけれど、私がすれば音が鳴り、兵太夫がすれば音を奏でている、といったように表現に違いが出るほど明らかな差がある。しかし私が、そのての楽器を全く触ったことがないのだから当たり前なのだが、なんだか悔しい。
「わかった?」
兵太夫が奏でるドレミファソラシド。滑らかな流れで現れた、体の奥底まで浸透するような低い音が私を震わせた。手慣れたように弾くその指の動きがひどく綺麗で見とれていると、その指が額に向けられ弾かれる。世間で言うデコピンだ。半分本気の強さが否めない。
「痛いよ」
「わかったかって聞いてるの」
私は首を振る。
「ああ、センスがないんだ」
「そこまで言う?」
ジンジンする額にある痛みを分散させようと撫で付けながら、私は兵太夫を見上げた。肩から下げて立ち上がり、本格的にベースを弾く体制になる。思わず私はその場で正座をして姿勢を正す。
もともと背の高い兵太夫がさらに長くなった。
ベースに直接繋いだコードをアンプまで伸ばして、それ自体にスイッチを入れる。
少し弦に触れただけで響く音。先程とは違う音の響きがアンプを通して部屋中に行き渡り、私は思わず肩をきゅっと自分の中心に引き寄せた。
先程とはまた違う表情をしたドレミファソラシド。身体全体にぶつかって、それでも難なく抜けていく感覚がなんとも爽快で、早い動きも滑らか動作する綺麗な長い指、鼓膜から骨の髄までを震わす低い音、なにもかもが胸を高鳴らせた。
さっとチューニングを終わらせ、兵太夫の好きなように弦が弾かれる度に奏でられる音達がさらに鼓動の速度を早める。少しだけ、何を考えてるのかわからない顔をしていた兵太夫の顔が柔らかくなった。
その瞬間が、ひどくかっこいい。でも知っているのは、私だけ。そう思うとなんだか嬉しくなって、緩んでいた顔をがさらに緩む。
「何聞きたい?」
自分の思うように音が奏でられたときの満足そうな兵太夫。
私はこの時の兵太夫の顔、兵太夫のこの表情が一番好きな顔だと思った。だって、多分カラクリ組み立てながらイタズラを考えてる時の顔よりずっと楽しそう。すっごく、かっこいい。今すぐにでも抱き付きたい衝動を抑えながら、私は兵太夫に問うた。
「カラクリとベースどっちが好き?」
「カラクリ」
呆れるほど、鮮やかに/確かに恋だった
20121207