最近、みよじ先輩はよく変装して学園を彷徨いている。結構な完成度で変装できるのはこの学園では先輩か私か、他は多分居ないだろう。だから容易に推測できた。
「…みよじ先輩だ」
「みよじ先輩ってくのたまの先輩の?」
不思議そうな顔をする雷蔵に、あれだよ、と人差し指の先をその人物に向ける。するとさらに首を傾げた。
「みよじ先輩がいるかい?」
「ああ、いる」
「私にはタカ丸さんと小松田さんと、善法寺先輩が、見えるけど…三人しか…」
訳が解らないと首を傾げる雷蔵に思わず口元が緩む。珍しい組み合わせの三人が話をしているのだ。
「タカ丸さんと小松田さんと、善法寺先輩。結構珍しいよな?」
「え、もしかして三人の内の誰かがみよじ先輩だって言いたいの?」
「雷蔵、先輩が誰かわかるか?」
「えぇぇ!?そんな…うーん、でも雰囲気は皆似てるよね、」
* * * * * * * * *
「――――そういえば、くの一教室に通ってるみよじさんも同じ町内だったね」
「えっ、…なまえちゃんがタカ丸くんと小松田さんと?」
「そうそう。たしかみよじさんとタカ丸くんは幼馴染みなんだよね?」
「そうなんです。でも僕、なまえちゃんが忍術学園に通ってるなんて知らなかったんですよ、」
かろうじて会話が聞こえる所まで近付き、改めて三人の顔を雷蔵と二人で観察する。
「え!!?二人共あんなに仲が良かったのに?」
「はい。ここに来る前にだって、なまえちゃんのご両親にも挨拶したんですよ。僕が忍者になって、なまえちゃんを必ず見付けますって約束して来たんだけど、」
「ご両親同士も仲良しだったもんねぇ」
「…へぇ、」
「でも、だからあんなちょっとニヤニヤしてたんだ、って思って。何も知らなかった自分が恥ずかしいなって、」
「…へ、へぇ」
タカ丸さんにどんな理由を付けて、みよじ先輩は学園に通ってたんだ。少し呆れつつも、少し引いた顔をした善法寺先輩の顔が面白かった。
「それで、この間初めて食堂で会った時に乱太郎くん達に聞いて、」
「…あの時に?」
「ん?じゃあ、その時善法寺くんも食堂に居たんだね」
「あ、はい、…一応。でもタカ丸くんの後ろ側に座ってたから、」
たしか、私達も居たよな?小声で雷蔵に話掛けると、雷蔵は静かに頷いた。
(あれ?でも、善法寺先輩はたしかにタカ丸さんの後ろ側に座っていたけど、あの時は)
(そうそう、味噌汁こぼしたとかで)
(うん、それどころじゃなかったはず…!)
そうだ。たしか、私がハチの唐揚げを盗み食いして思いの外怒られてしまった時。タカ丸さんのまだ聞き慣れない声は食堂に嫌でも響いていたのを覚えている。
「あれから、なかなかゆっくり話す機会もなくて」
「みよじさんも六年生だし、忙しいんじゃないかなぁ。よく忍務に出掛けてるよ」
「えぇっ?なまえちゃんが忍務に!?」
「うん、いつ帰ってきてるのかは分からないけど、入門票にちゃんとサインしてあるんだよ」
小松田さんの言葉に驚きの声を上げるタカ丸さん。
(善法寺先輩はみよじ先輩に口止めか何かされてたのかな?)
善法寺先輩の表情の微妙な変化。それを読み取ったのか雷蔵はさらに首を傾げる。なんだかどんどん面白くなってきた。
「だ、だから最近…」
「「最近…?」」
「最近なまえちゃん、髪の毛が傷んできてるみたいなんだ…。昔はあんなに綺麗だったのに。きっと寝不足だ…」
「…パッと見ただけでわかるの?」
「さすがカリスマ髪結い師だね」
「えっへへ。でも、多分なまえちゃんだから」
善法寺先輩や小松田さんの言葉に照れるタカ丸さん。ううん、なんか、モヤモヤする。しかし、みよじ先輩をからかう要素が一つ増えたし、まあいいけど。ううん。
(雷蔵、わかったか?)
さすがにわかっただろう、と隣を見ると完全に目を閉じてしまった雷蔵がいた。誰かわかるかなんて聞いたから、迷い癖を発揮して寝てしまったのか。そんなに迷うことかと思ったが、それが彼の性分なのだ。仕方がない。
しかし、胸の辺りがモヤモヤする。まるでランチの唐揚げをハチに盗られた時ような。それで、それが胸の辺りに引っ掛かってるような。
ううん、不満なのか?でも何がってそれは、わからない。雷蔵がいつものように眠ってしまったから、というわけではない。
じゃあ、なんなんだ。
沈黙の呼吸
不満なんだ。知らないことが。彼が。彼女が。そして自分が。
title by 酸素
← 20121008
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