ある日、変な胸騒ぎがして目を覚ました。なんとも言えない感情が沸々と湧いて出てくる。どうしたんだ、何があったんだ。自分自身に問いかけて原因を探すが見つからない。それからもう少し考えてみると何かが足りない、そんな気がした。それが何なのかは分からないけれど、何か、きっと大切な何かが忽然と消えてしまったような、そんな感覚だ。
胸が苦しい。目頭が熱い。まるで今すぐにでも泣き出してしまいそうだった。自分自身の事なのに分からない。これが何なのか、自分自身に何が起きたのか。
どうしてこんなにも悲しいのか。
理由がわからない。でも、とても悲しい。いつの間にか流れ出た涙を拭い、どうしたの、何が足りないのと問いかける。すると次々と閉じた瞼から溢れ出てくる。冷静になれ。昨日は何があった?一日の始まりから思い返してみても、これだと断定できそうな出来事に心当たりはない。
薄く白みをました光が、朝独特の澄んだ空気が、嫌と言うほどに私の感覚を刺激する。
これじゃあもう眠れないと起き上がり、着替えを済ませる。髪を結う気力もなくて、誰もまだ起きていない静かな長屋を歩いた。
「なまえ先輩、?」
突然聞こえた声に驚き振り替える。気付けば忍たまの敷地の方へ歩いていたらしい。
「え、なまえ先輩…?」
「三郎か…」
大変だ、今すぐにでも三郎に泣き付きたい衝動に駆られる。今日の私は、意味が分からない感情に振り回され過ぎだ。
「…悪かったですね、」
私の発言が気に入らなかったのか、子供のように口を尖らせて拗ねたようにする三郎。
「いつも、この時間に起きてるの」
「いえ、目が覚めてしまったんです。先輩こそ、」
結う気力もなければ誰かに出会ってしまう予定はなかったために下ろしたままの髪をどうにかしようと手櫛で整える。そのまま、いつものように結おうと纏め始めれば、横から伸びてきた三郎の手によって遮られる。
「先輩こそ、珍しい」
「結わせてくれないの?」
「私だから良いでしょう?せめて誰かが起きて来るまでは、」
まるですがるようにして言うもんだから、私はたじろいでしまう。三郎が、こんなに弱々しく見えてしまうのは珍しい。
髪を結おうと上げていた両手を下ろして、三郎をじっと見つめた。掴まれたままの腕にだけ熱が籠り始めた頃、三郎はようやく呼吸を始めたかのように耳だけを赤く染めて瞬きを繰り返している。今日の三郎はとても珍しい。
「……先輩、何か、あったんすか?」
「何かねぇ、…何だと思う?」
「…は、?」
「ごめん、自分も…分からないの」
曖昧に笑って、さらに三郎の目の奥の奥を覗き込む。
「三郎こそ、何かあった?」
「……私にも、分かりません」
「おや、それもまた珍しい」
肩を竦めて言うと、また子供のように拗ねた顔をする三郎がいて、私の腕を掴んだままだったのをようやく離した。
「どうしても、どうしようもなく泣きたくなる時ってないですか」
「…ないと言ったら嘘になるかな」
「今、それなんです」
「今日は随分と珍しいね、」
でも、私にもその気持ちが痛いほど分かる。
「先輩」
「…」
「…先輩は、行儀見習いじゃないんですよね」
「そうだねぇ」
「手合わせ、願えませんか」
ま
だ
色
付
か
な
い
世
界
で
「…私も丁度、体を動かしたいと思っていた所なの」
title/酸素
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