久しぶりに見た斉藤タカ丸はなんとも派手な頭をしていた。四年生用の忍装束姿がいかに似合ってないかと彼が忍者というものに向いていないということを原稿用紙につらつらと書いて提出し、事細かに説明したいくらい私は彼が忍になるために忍術を学ぶことに反対したい。
食堂で彼にとっては何年ぶりかの再会を果たしたわけだが、私は彼の感動に浸る余裕もなかったし、衝撃的すぎてなんの言葉も口に出せなかった。
いつから学園に居たのかと友人らに問えば、私が忍務の為に学園を出てすぐにやってきたらしい。これが世に言うすれ違いだ。なぜだか理由までは知らないが、最近雇われた忍者が斉藤タカ丸の命を狙いにきたらしい。私は頭を抱えた。
「みよじ、最近無理しすぎなんじゃないか」
「…おやまぁ、」
誰かと思って顔を上げれば、珍しい人が私を見下ろしていた。思わず喜八郎の真似をして言えば少しだけ眉間にシワが寄った。おっと。
「ああ、すいません土井先生。山本シナ先生知りませんか?報告書を」
「話を反らすな」
出席名簿で痛くない程度に叩かれてびっくりして、報告書をバラまいてしまいそうになった。もう一度顔色を伺えば困ったような顔をしている。
まるで私が困らせてしまっているみたいだ。いや、実際そうなのか?いいや、そんなはずは、ない。
「皆、心配してるんだぞ」
「…だって授業が、暇なんです」
「暇、?」
土井先生は拍子抜けした顔をして、また困ったような顔をした。言い方が悪かったなあ、と思いながら弁解を試みる。
「シナ先生の授業に不満があるわけじゃないんですけど、くノ一教室の皆はそっちの忍たまと違って、本気でくノ一になりたい子、あんまりいないから」
「だからってそう仕事をもらってくるもんじゃない。お前はまだここの」
「わ、たしの、就職のためです。今のうちに腕を見せ付けておけば後々、有利かと思って」
先生の言葉を遮って、山本シナ先生に渡す報告書を持つ手が知らないうちに震えた。見せ付けていれば就職に有利。浅はかな考えだろうか。必ずしもプラスのものになるとは限らないのに。
「そんなことをしなくても、みよじにはスカウトの文がいくつか届いていただろう」
「…ちゃんと私の実力を見て、それから誘ってくれないと嫌です。上辺だけで雇われてその城にとって使い捨てのどうでもいい手駒じゃ、嫌なんです」
考えれば考えるほどにグルグルと頭の中を理想と現実とが入り交じって結局なにをして生きていけばいいのか分からなくなる。自分が卒業後をどうやって生き抜いていくかなんて自分が一番分からないのだ。そう言って今まで見てみぬフリをして来たけれど、もうそれも出来ないところまで来てしまっている。だから、探すために私は仕事を貰っている。少しでも、自分の未来像を垣間見ることができるんじゃないか、って。
でも、見えたからってどうなるというわけもないし、どうしようというわけじゃない。結局その考え方だって、後回しにする理由にしかならないからだ。
「焦らなくてもいい」
また困った顔をして、それでも、なぜか笑っていた。でも、もっと違う何かが含まれてる気がするけど、表情からそれを読み取ることは出来なかった。
「…必ずしも、忍の道しかないわけじゃないだろう」
「そう、ですかね。就職先じゃなくて嫁ぎ先探した方がいいですかね」
「…それは、みよじ次第だな」
周りに流される必要はない。お前の意思で決めればいい。
「まだ時間はある。多くはないが…、どうした?」
「土井先生のお嫁さん、募集してますか」
「…教師をからかうんじゃない」
また出席名簿で軽く叩かれた。先生の反応が不満だったために、先生相手だと普通に流されて面白くないな、とつい口に出してしまった。お前は変なところで雑になるなとか、せっかく人が心配しているのにとかどうのこうのとため息混じりに言われてしまった。
「山本先生には、私が渡しておこう。これから職員会議なんだ」
「ああ、すいません。お願いします」
お言葉に甘えて報告書を土井先生に預ける。昼休み中に私も他にやることがあったため、一礼して先生の横を通りすぎた。私の歩幅で五歩分距離が離れたときに、土井先生は気を使いながら私の背中に声をかけた。
「斉藤タカ丸は、彼なりに頑張っているよ」
「彼なりに頑張っているのかもしれませんが、彼は忍者になんてむいていません」
ピシャリ、言いきり土井先生を振り返って嫌味に笑った。また困った顔をしている。
適当だけど真剣なんだよ
誰かが私にそう言った。
title by 酸素
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