"色の授業"とは何か。今朝から斉藤タカ丸はそればっかりを私に問い掛ける。もはやセクハラの域に達しているように思えるが(むしろ、私は傷口を抉られている気分)彼自信何も知らないようなので仕方がないのだろうか。
忍者で言う"色"っていうのは、ざっくりさっくりと言うと、子作りのために行う行為に似たものだと、思う。最悪、身を委ねるみたいなそういうあれ。上級生に上がって一番に悩まされる授業だと、私は思う。
酷く精神力を削がれ、下手すれば身体すらボロボロである。とくに、くのたまにとっては苦痛だと言えるだろうと思う。
見ず知らずの男に、欲しい情報を聞き出すために、体を使うのだ。それは、文字通りの意味なのが、酷く苦しい。
だからこそ、それに耐えるための必要な授業なのかな。
女は男よりも快楽に溺れやすいのだと聞いたことがある。実際どうなのかは調べようがないが、それが事実ならばそれを拷問という形で利用される場合があるのだそうだ。とても怖いこと。
だから、くの一教室に通うくのたまは授業で経験積まなければならない。
自分のために。
もちろん私もその一人であり、授業の一環として何度か経験をしている。それが誰かなんてことをくのたまは嬉しそうに、あるいは悲しそうに話しているのを何度か聞いたし、何度か混ざったこともある。しかし、私の相手が誰だったかを話したことはない。
なぜって、それが話題になれば面倒だからだ。だからこそ、私は彼女らの話を聞くだけであった。
もともと私は自分から自分の話をするような人間ではなかったために深く追究してくる者がいなかったのが幸いしている。
「でも…」
でも、なんで急に色の授業なんかに興味を持ったのだろう。
っていうか、すでに忘れ去られているように思えるあの日の、アレは一体、どうなってしまったのだろう。私は何も気にせず同じ時間を過ごせばいいのだろうか。私も同じように、何もなかったかのように過ごせばいいのだろうか。
ぐるぐるぐるぐる、どろどろになった私の中の何かが重い。重力に従い肩から崩れ落ちたら、楽になれるだろうか。
「珍しい顔をするんですねぇ」
「っ!?」
頬杖を突いた三郎が、私の目の前に居た。慌てて顔を上げたからか首に変な力が入ってしまったらしく、地味に痛い。
「聞きましたよ、火薬委員会委員長になられたそうで」
「…一応、ね」
「兵助が豆腐以外の話をしたのが久しぶりで、五年の皆で驚いてたんです」
「豆腐?…久々知くん豆腐好きなの」
「え、まさか先輩は久々知兵助の豆腐小僧伝説をご存知ない!?!」
大袈裟な身振り手振りをつけながら驚く三郎。待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな顔が、なんとも言えない。
「さて、何からお話しましょうかねぇ」
三郎がふと、後ろを振り替えってこちらを見ると、顔が久々知くんの顔に変わっていた。だけれどその顔で悪戯っ子のような、三郎らしいと言える笑みを浮かべているためになんだか非常に違和感がある。私のイメージでは、久々知くんはそんな顔をして笑わないだろうと思っているからだ。
「いや、遠慮するよ」
「…せっかく変装までしたのに?」
「そうだねぇ」
ぱらぱらとゆっくり、経費で買う予定の物をズラリと書き記した会計委員会に提出する用の書類を何となしにページを繰った。火薬委員会だから、それに関する物と焔硝倉内専用の掃除用具。この間使っていた物が酷く古い物ばかりだったために、土井先生と相談したのだ。あの状態じゃあ、せっかく伊助くんが頑張ってくれているのになんだか申し訳ない。
「……ん?」
ぱたり。束がすべて繰り終わる寸前の一瞬に、火薬委員会らしからぬ文字を見つけた気がしたのだ。
「"甘酒"って私…書いたっけ」
「……火薬委員会は経費で甘酒を購入なさるんですねぇ」
ニヤニヤし出した(久々知くんの顔をしたままの)三郎。
だがしかし、そんな訳があるわけないのだ。何故かってそりゃあ、この書類はだいたいは私が書き記したものだからだ。
「私の字じゃない」
自分の字の癖くらい、よく分かっている。数枚は久々知くんが書いたものだから、これは久々知くんが…?
「でも、兵助の字でもない…と思いますよ」
「…曖昧なのが不安だけど、」
甘酒なんて、前に見たとき書いてあったような記憶はない。
「あ」
「…なに?……三郎?」
「……斉藤タカ丸じゃ…ないすかね」
甘酒
ありえない、わけもない
20130202
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