「ねえ、なまえちゃん、"色の授業"って、なあに」
「…あー、えっと………ごめん、よく聞こえなかった…はは、は」
「?」
あれれ、おかしいな。おかしいぞ。頭を傾けながらなまえちゃんを見つめていると、そそくさと遠ざかってしまう。あれ、でも、ううん?聞こえなかったっていうのは、本当だろうか。だって、今日は朝から同じ問い掛けをしているが、毎回よくわからない理由でかわされていた。他の話なら普通、かどうかは別として、とにかく返答はくれるのに。"色の授業って何?"って疑問を口にすると決まって目線を泳がせて、そそくさとどこかに行ってしまう。あまりに反応が違いすぎる。
「タカ丸さん、なまえ先輩と喧嘩したんですか」
「伊助くん、そんなはずないんだけどなぁ…」
「…授業の話なら、久々知先輩に聞いてみては…?」
「そっか!五年生の久々知くんなら!」
視界の端で、久々知くんの肩が揺れた。
まあ、委員長となったなまえちゃんは忙しいのだから、答えてくれないのは仕方ないのかなぁ…。
「今日は土井先生も不在ですし、久々知先輩はい組でとっても成績が……あれ?」
箒を持ったまま、くるりと久々知くんの方へ体を向けると、そこに居たはずの姿はない。伊助くんと共に首を傾げる。焔硝倉の外にゴミでも捨てに行ったのかな。
「……池田三郎次先輩に…聞いてみます?」
小声になった伊助くんの声。
「…うーん、でも上級生じゃないと分からないんじゃないかなぁ」
「そうなんですか?でも、色ってことは、色彩、ですかね…?」
「でも、なんか違う気がするんだよねぇ」
「…なんか?」
「うん…うーん、うまく言えないけど、なまえちゃんあんな反応するってことは……」
「ってことは…?」
「えっへへ、わかんないやぁ〜」
後頭部を掻くようにして誤魔化すと伊助くんは転けてしまった。急いで伊助くんが起き上がるのを手伝うと、伊助くんに呆れたようなため息を吐かれてしまい、なんだかやるせない気持ちになる。
「あれ?」
「…どうしたんですか?」
「あそこ、穴が空いてる」
「…わあ、砲弾でも飛んで来たんですかね」
焔硝倉の壁の足元が、真ん丸に、それも伊助くんが言う通りにまるで砲弾によって撃ち抜かれたように穴が空いてた。でも、砲弾にしては大きいような…。しゃがみこんで見ていると、後ろで誰かが溜め息を吐いた気配がする。三郎次くんだ。
「体育委員会委員長の七松小平太先輩ですよ」
「七松くんが?」
「シロに聞いたんですけど、委員会活動でバレーしてたらしくて」
ああ、じゃあこの形はバレーボールかと、七松くんのいけどんスパイクを想像してなんだか怖くなった。当たったのが人じゃなくて良かったなぁ、ただ、そう思った。きっと、伊助くんも同じ。
「でも、…たしか、あのくのたまの先輩が、用具委員会委員長の食満先輩に修繕を頼んだらしいですよ」
「なまえ先輩が?なんか、さすが仕事が早い…!」
「えっへへへ、だってなまえちゃんだもんね」
「…って、なんでタカ丸さんが照れるんですか」
いつも、誰かが少しでもなまえちゃんを褒めてくれると、ぽわん、と胸の奥が暖まる。でも毎回伊助くんのように、なんで自分のことではないのに、って言われてしまうのだ。
「だって、なまえちゃんが褒められてるのって、些細なことでもなんだかすっごく嬉しいんだ〜」
嬉しい。自分でも不思議なくらい、とっても嬉しいのだ。
今まで全く知らないところで、僕の全く知らないことをずっとずっと勉強して、修行していたなまえちゃんがすっごく誇らしい。そりゃあ、同じくらいすっごく寂しく思えてしまうことも多々あるけど。
「…ノロケですか」
「さ、三郎次くん…!そんなつもりじゃないよ〜!」
「そうですよ!タカ丸さん達はただの幼馴染みらしいですから、」
ズキズキズキ、まるで諸刃の剣でザクザクと抉られるように胸が痛くなった。幼馴染み。そうだ、ずっとずっと前、僕は彼女が幼馴染みだと皆に自慢した。そういえば、そうだった。幼馴染み。なんて、酷く重たい言葉なんだろう。昔はあんなに、あんなにも嬉しい響きだったのになぁ。
欲深くなってしまったのかな。あの唇を合わせた日に流れたなまえちゃんの涙が、頭から離れないのだ。ずっとずっと、その溢れ出た涙すらも愛しいと、思って、しまっている。
「とにかく、"色"のことは他の上級生に聞いてみるよ〜」
手招きで群がる情
なんたか、知らないうちにいっぱいいっぱいな気が、するなぁ。なんてね。
20121229
title/おどろ
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