あれから想像以上の忙しさだった。欲しい予算の書類を作らなければいけなかったし、そのためには火薬の在庫を何度も確認しに行った。それからどれくらいの量あったらいいのかとか、これまでの予算を久々知くんに教えてもらったり、参考なまでに他の委員長に聞いたりもした。それから土井先生に相談しに行って、とにかくもう、やりはじめたらキリがないくらいのもので、どうすれば予算案をすんなり受諾してもらえるかと長い時間頭を抱えている。
「…………」
「へへへ」
しかし、私が頭を抱える手前にやたらと輝かしい笑みを浮かべた眩しい金髪がそこに居た。たまにこうやって口に出して笑うもんだから気味が悪い。
そういえば、ずっと彼は傍に居るような気がする。久々知くんの所を訪れるにしても、他の委員長達に聞きに行った時にしても、土井先生に相談しに行った時でさえもだ。
提出期限が迫っているもんだから溜め息を吐く瞬間さえも惜しいのだけれど、吐き出さずにはいられない。
静かな空間に、図書委員が作業する音と書物を読むための最小限の音だけが聞こえる。
「ねぇ」
「へへ、なあに?」
「……」
なんでこの人はこんなに。
口から出かかった溜め息をごくりと飲み込む。なんとも言いようのない呆れを誤魔化すように頬杖を突いた。しかし目線は一枚の予算案だ。私達、火薬委員会が会計委員会に提出するためのもので、不備や間違いがないかの点検をしている。
「あのね、なまえちゃん」
「…ん?」
えへへ。と、いつものようにへにゃりと顔を崩した斉藤タカ丸が私の顔を覗き込むように顔を体ごと机に伏せた。しかし、ふふふ、としか笑わないタカ丸に私は腫れを切らして口を開く。
「なんか、いいことでもあったの?」
「わぁ、なんで分かったの〜?」
きらきら、金髪が揺れて体が起き上がる。なんだか嬉しそうな顔をしながら「さすがなまえちゃんだねぇ、えっへへ」なんて言うもんだから体がむず痒い。しかし、彼はそういうが、実際彼自身の顔に何かあったのかと聞いてほしいと書かれていた。それも私の言葉を急かすような一言と共に。
「で?」
「へへ、でね、」
「…うん」
「あのね、実はね…えっへへ」
さっさと言ってくれないかな、なんて思いながらページを繰る指は止めなかった。きっとまたとりとめのない事だろう。自分自身の嬉しかったことを、彼は嫌に溜めて口にする。結果、溜めすぎて相手に伝わる喜びは半減するのだ。そうでもなかったなって反応されてしまうくらいに。ちなみに小さい頃によくあった出来事。ほら、こうやって懐かしい話が出来る程に溜めている。だから私は、早く言えと言わんばかりに、彼の口から続いて出てくる言葉を急かす。
「それで?」
「うん、それでね、今朝、僕、告白されちゃったんだ」
「うん、…?ん?」
「えへへ、」
カクカクカク。滑らかに首が動かずに三段階に分けたようにぎこちない動きをしながら私は顔を上げた。
「えへへへ」
心底嬉しそうな顔がなんだか憎たらしい。
なんなんだ。私は、あれからタカ丸とどう接して行くべきなのかと距離を測りながら今を生きているのに。これはなんだか可笑しな話ではあるけれど、まるで裏切られたような気分である。無意識に寄せた眉間のシワを伸ばしながら書類たちをひとつにまとめた。
ちくしょう。なんだってんだ。立ち上がるにも、腰の辺りに真っ黒のドロドロした重みがまとわりついていて上手く立ち上がれそうにない。トントン、と纏められた書類の四方を机に軽く叩いて整える。
「やっぱり、人に好かれるのは嬉しいよねぇ〜」
「良かったねぇ」
タカ丸の口調を真似して言ってみるが、所々に見えるトゲが隠せない。しかし、思わずにはいられない。
さすが、カリスマ髪結いはおモテになられますねぇ。どこかの会計委員長とは大違いねぇ。なんて思いながら、一度腰に帯びた重くて黒いそれを払って立ち上がる。
「あ、なまえちゃん待って」
座ったままの状態で、手を伸ばしたタカ丸。私はその手に難なく捕まってしまい、溜め息をなんとか喉の辺りで留めてタカ丸を見下ろす。
「へへ」
もともとが人懐っこい顔のしたタカ丸が、まるで悪戯の成功したような、そんな顔をしてにっこりと笑った。
「もしかして、嫉妬した?」
毒のにおい
ゆっくりと、でも確かに蝕む毒。
20121212
title/おどろ
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