朝日と五等星 | ナノ




「なまえちゃんおはよう!わ、今日髪の毛ちょっと手抜きしたでしょ!ダメだよ女の子なんだから〜。ご飯食べたら僕が直してあげるね」
「…え、あ、ありがとう?」

いや、そんなことより、なんでこの狭い隙間に無理矢理入ってきたんだこの男は、と思わずにはいられない。しかし珍しいことに食満と一緒にここまで来たらしい。私のいる反対側の斜め前辺りに腰を降ろす食満と目が合った。

(なんのつもり?)
(…そいつの意思だよ)

様々な矢羽根が飛び交う中、分からないだけだろうが、何も気にしていない様子で朝食を食べ進めるタカ丸。ってか、こんなん感じでいいのだろうか。こんな、何もなかったかのような、雰囲気。なんだか、ひどく胸の辺りがムズムズしてしまう。

「善法寺くん、お詫びにお漬け物あげるねぇ」
「わ、ありがとう」

言わずもがなこのテーブルにはいつもの六年生組の一部がいて、席順はその都度変わる。今日はたまたま隣が伊作くんだったわけで、無理矢理隙間に入ってきたタカ丸のせいでお茶を溢していたし、正面に座る仙蔵からの視線がなんだか痛い。でも言いたいことはなんとなく、分かる。

「最近くの一教室は忙しいんだってね〜。お琴ちゃんに聞いたよ」

うわあ。この間相談に来たあの子と話をしたのか。

「…そう、だね」
「あんまり無理しないでね」

眉を極端に下げたように見えて、その目に堪えられなくて慌てて目を逸らす。しかし、お琴ちゃんの話題はこれだけに止まった。内心、ホッとしてるのは内緒だ。

「そうそう、予算会議が近くて委員会で久々知兵助くんが大変そうなんだ〜。お手伝いしたいけど、僕にはなんの知識もないからさぁ」

だから、火薬委員会になったんだよ。なんてことは喉の奥に押し込めて、"予算会議"という単語を聞いた瞬間のこの場の空気の変わり方に私は驚いた。会計委員会委員長の潮江文次郎がこの場にいないことが救いである。
あ、あと、そういえば小平太と長次も来ていない。

「火薬委員会には六年生いないし、」
「やっぱり周りが六年生だと、委員長代理の久々知が可哀想だね」

伊作がなんだか申し訳なさそうに眉を下げる。伊作が言うように、五年生の委員長代理の久々知くんは会議で六年生に遠慮してしまうのだろう。そりゃあそうだ。しかも、文句を言う相手が潮江だと尚更怖いだろう。後輩のくせにとか思われたら予算もなにもかもが大変だ。

ふと仙蔵の顔を見れば、彼はあの何かを企んだ顔をして、口角を上げていた。うわあ、なんか嫌な予感がする。思わず顔を歪めた。

「…今回は、久々知が大変なくらい、予算が削られたのか?」

仙蔵が顔を作って、タカ丸に問い掛ける。

「うーん、僕にはよくわからないんだけど、火薬を使う授業が減っちゃうかもって、土井先生と話していたよ〜」
「それは、私も困るな」

わざとらしく肩を竦めてみせる仙蔵にますます私は眉間にシワをよせた。何を考えているんだこの男は。

「火薬の授業が減るということは、今まで通りに火薬が使えないということだ」
「あ、じゃあ、お得意の宝烙火矢を…」
「ああ、留三郎。持ち歩けなくなると言うことだ。これは困った」
「えーっ、立花くんはそんなに火薬を使うの?」

あんたいつもは自分で調合してるじゃない。
ついには困った困ったと二人で悩み始め、上手く乗っかってきたタカ丸に仙蔵は一瞬顔をニヤつかせた。そんな様子を私は見た。

「せめて、六年生で文次郎の奴に文句の一つでも言ってやれる奴が、委員長代理の久々知に代わって、火薬委員会の委員長になれば…」
「そんな人どこに…」

仙蔵が私を見た。まさか、と私はタカ丸に分からない程度に首を振る。

(あんたね…!)
(報酬として予算をちょっと分けてもらえばいいだろう)

「なまえ、お前どうだ」
「!?」
「わ、なまえちゃんがっ?」

(は、ちょっと、なに言ってんの…!?)
(園芸委員会。この間また小平太の奴がバレーボールを打ち込んだらしいな。修理費に整備費、維持費花の苗や種代。本当は喉から手が出るほど欲しいんだろ、予算)

く、悔しいが、たしかにそうだった。小平太のせいで大惨事になりかけたくらい、私達の花壇は荒らされてしまった。今はその整備中で、自腹で直していくにしても手伝ってくれると言う皆に申し訳ないし、それに、どうしても限度がある。

「普段から大して火薬を扱わんだろう?」

たしかに授業以外で触らないけど…。

って言っても仙蔵の場合はただ、そうしたほうが面白いからと思っての発言に違いない。が、隣からキラキラとした眼差しを受けているとどうも断りにくいのは何故だろう。しかしまあ、きっとこれも想定内なのでしょうねぇ。私は手のひらで踊らされそうな悔しさを押し込めるためにお椀に残った味噌汁を一気に飲み干した。
嫌な予感がするの、当たってたなぁ。無理にでも気分を紛らそうと、どうでもいいことを頭に浮かべた。

仙蔵がさらに笑みを深める様子が視界の端で見えた。



out of the mouth comes the devil.
(口は災いのもと)




title/酸素
20121202
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