「と言うことで急遽、くのたまのみよじが火薬委員会委員長として――」
漂う火薬の匂いに酔いそうになりながら、どこか嬉しそうな土井先生の言葉を聞き流す。くのたまと聞いてほとんどの忍たまが、若干(という自己防衛オブラート)、顔を歪めたところを見ると何だか同情してしまう。それと同時にちょっと傷付いた。
しかし、我ながら上手い口車に乗せられたと思うし、まさか山本シナ先生や学園長先生に一瞬で話が行き渡り、二つ返事で了承を得るなんて。あの男はいったいどんな手を使ったのだろう。
「みよじ、悪いな。授業にまで支障が出そうな今回ばかりはちょっと」
「いえ、私も条件を出させてもらったので」
「でも助かるよ。久々知も気が楽になったんじゃないかな」
そういって、いつの間にか作業を始めている委員会の皆の姿を目に映す土井先生。まぁ、条件を出させてもらった分、多少なりと役に立てればいいが。
ある程度の委員会活動の内容と火薬の常備されている量、その他諸々の説明を聞き、私はメモを取りながら頷く。なんだか、本当にめんどくさい事になってきた気がするが、園芸委員会(自称)の維持のためだ。
すると、ずかずかとらしくない歩き方をするタカ丸がこちらに近付いてくる。
「なまえちゃんなまえちゃん、」
「ど、どうしたの…?」
「早く!なまえちゃんも活動しないと三郎次くんになんて言われるか分かんないよぉ」
ああ、二年生の。なんて納得している暇はなく、私はタカ丸に腕を引かれて倉庫内に連れられる。視界の隅で頬を人差し指で掻く土井先生が見えた。
なんだかなぁ、なんだろうなぁ。タカ丸は、私の腕を掴んでなんとも思わないのだろうか。なんてことを、ふと思った。
「…あ、れ」
私自身は滅多に利用しない焔硝倉の中には、想像よりも火薬の量が少なかった。三分の一とちょっとぐらい空きがある。これは何とかして予算を貰わないと本当に授業に支障が出そうだ。
「いつもなら所狭しとあるんですけど、」
「学園長先生が煙り玉を作るのにたくさん持ってっちゃったんだってさ」
「……あぁ、なるほど」
そして、タカ丸の横から顔をだした男の子が久々知ですと名乗った。やっぱりくのたまの皆が言うとおり、睫毛が長い人だ。
なんだか学園長先生の二つ返事の理由がなんとなくわかった所で、今日の活動は庫内の掃除らしい。
湿り気は厳禁なために、棚は雑巾で乾拭きして、床は箒で掃く。
それにしても一年生の伊助くんはとても手際が良かった。下手したら年上の私達よりも上手に思えて関心してると、背後に気配。
「先輩、邪魔です」
むすっとした仏頂面の池田三郎次くんだった。謝りながらさっとその場から退けて、私は自分の作業に戻る。そういえば彼はずっとあの顔だ。
「三郎次くんはちょっとだけ意地悪なんだぁ、っあわあ!」
コソッといきなり耳打ちしてきたタカ丸に驚き、私は思わず雑巾を至近距離にも関わらず投げつけてしまう。これはタカ丸が悪い。
うへえ、と顔を歪めて雑巾をつまむタカ丸。
「こらお前達、狭い焔硝倉の中で騒ぐんじゃない」
土井先生が呆れたような声色で言って、いつもののんびりとした様子でタカ丸が答えた。
なんだかなぁ、なんだろうな。私は距離感が分からない。なのにタカ丸はあんなに普通。それが、なんだか、ううん。悔しいというか、逆に悲しいと言うか。
「タカ丸、お前はみよじにくっつき過ぎだ。それじゃあ仕事にならんだろうが!」
「えーっ!せっかくなまえちゃんが火薬委員会に入ったんだからいいじゃないですかぁ」
「理由が正当ではないから却下」
「そんなぁ!」
子供のように頬を膨らませて抗議するタカ丸に、私はなんだかもうよく分からなくなってきた。
いつもそうやってるのだろうか。そう思うと、胸のなかの黒い何かがまた渦を巻いて、ぐるぐるぐるぐると色濃くなりながらネチネチと私にまとわり着いた。なんだよ、もう。突然思い出すのはお琴ちゃんの言葉で、黒い何かがさらに私にへばり着いてくる。
「なまえ先輩?そんな怖い顔をしてどうしたんですか」
「…え」
伊助くんだった。身長のせいか、低い位置から顔を覗き込まれて慌てて笑顔を作る。
「ごめんね、そんなに怖かった?」
「はい、でも、なんだか」
「うん?」
ハタキを両手で握り締め、首を傾げて考え始めた伊助くん。彼と目線を合わせるためにその場にしゃがみ込んで、続く言葉を待った。
「怒ってるような、悲しいような、そんな顔でした」
思わずきょとんとしてしまい、慌てて笑顔を作る。冗談混じりに、三郎次くん見たいな?と二人で三郎次くんを見れば、彼に睨まれる。彼は冗談が通じない感じなのだろうか。難しい年頃なのかな、と自己解決して、いまだに駄々をこねるタカ丸を見てため息を吐いた。なんだか、私が恥ずかしくなってきたよ。ばか。久々知くんにまで苦笑いさせてしまって、もうばか。
「そういえば、なまえ先輩とタカ丸さんは幼馴染みなんですよね」
伊助くんの言葉を少々時間を掛けて充分に理解しながら、私は曖昧に笑った。いや、笑えたのかは分からない。でも、そんなことよりも、"幼馴染み"という響きにドキリとしてしまったのに、驚いたのだ。
本音と
嘘の狭間
距離感が、わからない。
title/瞑目
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