朝日と五等星 | ナノ




きっとあれでも気配や足音も抑えたつもりなのだろう。私の幼馴染みの斉藤タカ丸が、何も言葉を発さずに私の自室の前に居た。くのたまの髪結いの帰りだろうか、気まずいのか知らないが、そんなに躊躇するならば来なきゃよかっただろうに。扉の前に立たれていたら気になるだろうが。

「…はぁ」

朝からあんなところを一番、かどうかは分からないけど、仲良くしてもらってた人達に見られて…。それを考えただけでこの世界から消えてしまいたくなるような思いでいっぱいだった。
あの後なんとか自室まで来たけれど、多分1日中三郎の言葉が頭に鳴り響いていたために、これ以上動けなくて、先程の鐘の音で私の飛んで行った意識が帰ってきたのだ。外の風景はもうオレンジ色をしている。シナ先生に怒られてしまうなぁ、と考えていると、扉越しにようやく声が聞こえた。

「なまえちゃん、」

いつだったかのように、畳に倒れ込んで、手の届く範囲に合った座布団を抱き寄せる。
別に怒っちゃいない。ただ、何だか、タカ丸に合わせる顔を持ち合わせていないようなのだ。だから、返事はしない。

「なまえちゃん、」

座布団を抱く腕に力を込める。そういえば、男の子のようになったなあと最近ふと思った。昔は一緒だった身長だって私より伸びていたし、声だって。髪結いしてるときの手だってそう。今まで避けてはいたけど、一度だって見なかったことはない。当たり前でしょう。ずっと昔、オムツを着けはじめた頃からは確かに一緒に遊んでいたのだから。

一緒だったんだから。

幼馴染み、なんだから。

「忍務、楽しかったですか?あんなに血を浴びてまで、何を探してるんです?」

楽しいわけ、ないじゃない。
思い出した感覚にゾワリと鳥肌が立つ。赤、あか、アカ。なにもかもが生温いそれで、

「本当は差し出すつもりだったりして?」

あの時、もしかしたら、私は、

「俺がソイツ消して、先輩の事、楽にしてあげましょーか?」

あの時伊作くんがいなかったら、私が三郎のこと…。

座布団ごと、自分を抱き締め爪を立てる。
私は、なんてことを。怖くて怖くて、この先、いつの間にか簡単に、人間にクナイを突き刺す日が来るのだろうか。それが当たり前になる日が来るのだろうか。その対象が、いつか自分の知っている人間になる日が来るのだろうか。
でも、それでも私はそれが運命で仕方のないことだと受け入れようとするだろう。私達は、その覚悟もなしに戦場に立ったりしないし、そんな中途半端な気持ちでやっていけるほど甘くはない。

見ないふりをして、せめて、せめて今はまだと、知らないふり。

でも、タカ丸の編入で私は現実に引き戻された。そう、いつかはこの人を追うどこかの忍者隊のように、いつかは私が追い、命を狙わなければいけない日が来るのかもしれない。私じゃなくても、誰かがこの人を。

それならいっそ、私が手を掛けてしまおうか。

なんて、狂気じみた思考も無かったわけではない。でも私にはできないのだ。彼は幼馴染みだから。

私にとってはそれ以上の存在だから。

「なまえちゃん、僕ずっとなまえちゃんに甘えてた」

ふと、引き戻されて座布団を抱えなおす。

「なまえちゃんは優しいから、本当は辛いんだよね」

ぽつぽつと、掠れたように聞こえる声で言い、タカ丸はその場に座り込んだのか、そんな音がした。視線だけをタカ丸の居る方へ向ける。

「僕、ここに来て分かったんだ。いろんな学年の人と一緒に勉強して、それできっとなまえちゃんは」
「そんなに簡単に、言葉にできるものじゃ、ないよ」
「…なまえちゃん…、?」

辛いなんて、簡単に言葉に出るほどじゃない。もっと比べ物にならないくらいの恐怖だ。
扉を開けて、こちらに背を向けて座るタカ丸を見下ろした。驚いて振り向いた顔が、なんだか疲れているように見える。

「タカ丸が思ってるほど軽いものじゃない。辛いなんて、そんなこと思ってたら間違いなく殺される」

この時、妙に冷めた目をしている自分に気付いた。

「忍者って、何でもするんだよ。ううん、しなくちゃいけないの」
「使えるものは、使うってこと…?」
「そうだけど、また別の意味でも」

その場に座って、タカ丸と向かい合う。
タカ丸の言う「使えるものは使う」ってことは、例えば、手裏剣が無くなったからそこに落ちてある小石を使おうだとかいうあれだろう。たしかにそうだけれど、私が言うのは「命のやりとり」だ。

「タカ丸、今日から一週間以内に私をどんな手を使ってでも殺してきなさい」
「!?」
「じゃないと、お前を今ここで殺すって、依頼があったとする」
「…そんな」
「ちょっと極端かもしれないけど、例えその標的が私じゃなくても任務を遂行しなくちゃいけないの、わかるでしょう?それが忍びなの。もし城に勤めたとして、もし敵が友人だったとしても、主の命を狙っているのなら、それはすぐに排除しなくちゃいけない」
「…排除」
「卒業したらもう、学園のオトモダチじゃいられないの」

他でもない自分に言い聞かせている。正直に言うと、実家の呉服屋で看板娘でもやっておけば良かったと後悔したこともあった。そうすればタカ丸と、あのままずっと仲良しの幼馴染みで居れたし、そのまま人並みの幸せに辿り着けたかもしれない。
でも、無理なのだ。私の家もタカ丸の家も元は忍者の家柄で、例え昔の話でも、きっと水面下でまとわりついて来るだろう。斉藤家が抜け忍扱いされていて、そのせいで命を狙われているなら尚更、私はあのままでは居られなかっただろう。忍者になるつもりがなかったとしても、私はきっと祖父のように、と志したかもしれない。否、きっと志した。タカ丸は髪結いの夢があった。だから、私が彼の影になって、彼を闇から救えば良い。そう、簡単に思っていた。

「私ね、今年になって思った。あと少しでタカ丸の所にちゃんと私の姿で戻れるって。タカ丸の髪結い師の夢、また間近で見ていられるんだって。そのためならどんな忍務をもらっても、全部やれるって思ったの」
「なまえちゃん、」
「だからタカ丸は、町で有名なカリスマ髪結い師の幸隆さんの、息子のタカ丸で居てほしかった。……でも、やっぱり簡単には上手くいかないね」

タカ丸は、斉藤家が忍者の家系だったなんて、知らないままで。私は何も知らない彼を影で支えて。でも上手くいかなかった。


「このままじゃ私達、きっと……」


あの頃みたいな"幼馴染み"のままじゃ、もういられなくなる。







白く白く映える悲叫









title/剥製
20121105

うーん。
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