今朝は妙に騒がしかった。聞けば武道場で誰かが本気の組手を繰り広げているとか。どこのギンギンだと思ったが、目の下に隈を作ったギンギン野郎は隣にいるようだ。
「片方は忍たまの五年生みたいなんだけどね」
「相手はくのたまらしい」
五年生とくのたまが?ふと、五年生の集団が視界に見えて、よく見ると顔を青くしたのが数人いた。不破に竹谷と尾浜に久々知…一人足りないな。
「…ま、まさか、三郎…?」
そんな声が聞こえて一層顔を青くする五年の仲良し組は、走って武道場に向かって行く。
「五年は鉢屋だな」
私が呟けば、じゃあ相手は誰だと小平太が言う。
「鉢屋とやり合えるくのたまなんて居るのか?」
留三郎の奴が怪訝そうに噂を口々に話す奴らを見ると、伊作がそれに答える。
「でも、行儀見習いの子じゃないよね」
「くの一を目指してここに入って来る奴なんて限られている」
文次郎の奴が走り去った五年生らの背中を目だけで追う。
「モソモソ」
「ん?そうだな!確かに鉢屋相手なら、くのたまと言えど上級生だろうな!」
長次の言葉を小平太が繰り返す。たしかに、下級生のくのたまがわざわざ忍たまと、ましてや五年の鉢屋相手に組手なんてしないだろう。
嫌な予感がする、と今度は私達がお互いに顔を見合せる。本気で真面目にくの一を目指しているくのたまの上級生なんて、知る限りでは一人しかいない。
「ちょっ、タカ丸さん!待ってください!」
すぐそばを走り去った金髪の四年生…斉藤タカ丸とそれを追いかける四年の滝夜叉丸。
それを見て、私達は確信のようなものを感じた。
「よぉーし!私達も武道場にいけいけどんどんだ!」
「ちょっと救急箱取ってくる!」
一人で、もうすでに武道場へ走って行ってしまった小平太の後を追う。
しかし、あまり授業以外で人と組み手だとかしたがらないなまえが。珍しいこともあるんだな、と独り言を呟く。しかし、少なくとも伊作以外の全員が早くその組手を見てみたいと思っているだろう。忍者の端くれとして、とても興味がある。
しかし、我々が着く頃には組手らしいことはしておらず、ただ鉢屋がなまえの腕を掴んでいる様子だけがそこにあった。
ただならぬ様子に、先に来ていた五年生と小平太や斉藤、滝夜叉丸らですら口をつぐんで様子を伺っている。
武道場の入り口は中から鍵がかけられているようで開かない。一ヶ所、開け放たれた障子の扉に全員で隠れて、様子をただ見守っていた。
「何を言い争っているんだ…?」
どうやらもめているようで、なまえは捕まれている鉢屋の手を振りほどこうともがいている。その様子に鉢屋が何か言ってるが、聞き取れない。中に走り出しそうな斉藤を、留三郎の奴が止めた。
内心、面白そうな展開だったのにそれを止めた留三郎に舌打ちを打ったが、まあ、今のままでも十分に私の好奇心は刺激されている。
それから伊作がやってきて、私達のただならぬ様子に驚いたのか、恐る恐る近付いてきた。
「…どうしたんだい、この雰囲気」
「中を見ればわかる」
すでに中を覗くのを止めた文次郎が顎で武道場を指す。
そして、伊作が中を覗くのにさらにこちらへ近付いた時だった。
「うわ…っ!」
こういう時に限って、ほぼ100%の確率で誰かが転んで目立った音を立てるのは何故だろう。しかし、驚いたのはそれだけではない。武道場には両の手の平を思い切り打ったかのような、乾いた音が響いたのだ。
「っ、!?」
音を出したお互いが、お互いを驚いた顔をして見つめ合っていた。驚きで、誰も口を開くことが出来ない。否、口は開いているが、言葉を発する者が居ないのだ。
なまえが、鉢屋を、ビンタした……?
普段からあまり怒ることないなまえが、どんな理由で鉢屋をビンタしたのだろう。しかし、驚かされたはその後の鉢屋の行動だ。
鉢屋の目は、私達六年生を見て、五年生を見たあとにしっかり斉藤の姿を自分の目に焼き付けるように見ていたのだ。
そして、まるで斉藤に自分の姿を見せ付けるように、腕を掴んでいない方の手でなまえの後頭部を支えて、あろうことか全員の目の前で接吻して見せたのだ。
「んな!!?」
「三郎…!?」
いち早く反応したのは五年の竹谷と不破だった。
そして、腕を振りほどいたなまえが、口元を手の甲で拭いながら私達が居る扉とは反対方向に走って行ってしまった。
唖然とその様子を見ていた斉藤は、目の前で起きた出来事に頭が着いていっていないようで、ただそこに縫い止められたかのように立ちすくんでいた。
なまえが去った後もなお、出ていった扉を見つめる鉢屋に不破が駆け寄り、慌てて他のメンバーも後を追って行く。
しかし鉢屋は珍しく、不破の言葉も聞かずに駆け寄って来る他の五年の姿を目に映すことなく、ただ真っ直ぐに斉藤を見つめてこちらに歩いてくる。
さすがに、やばいかと思った。
「三郎!!」
「斉藤タカ丸、私はあんたが嫌いだ」
なまえに打たれた、鉢屋の真っ赤になった頬が、やけに印象に残っている。
残
っ
た
の は 、灰 色
title/瞑目
← 20121030
急展開…。
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