朝日と五等星 | ナノ




幼馴染みをやめたいんじゃないか。
食満留三郎くんが言った言葉がいつの間にか僕の中に根付いていて、何度も僕に問いかけてくる。幼馴染みをやめたい?そんなのあるわけないじゃないか。やっと、やっと、会えたのに。
今まで父の元で髪結いとして修行してきて、最近になって家が忍の家系であったと知った。同時に、なまえちゃんの家もそうだと、なまえちゃんもそのために勉強していると知った。そして自然と僕の前から居なくなる前になまえちゃんが言った言葉が頭に浮かんで、僕にもう一度囁いた。

「わたし、タカ丸といっしょにいられなくなったの」

あの時はたしか、家の近くの川に二人で座っていたんだっけ。なまえちゃんは綺麗な着物を着て、僕の隣で小さくなっていた。

「ぼくといっしょにいられないの?」
「わかんない。でもおとなになったらいいのかな」
「おひっこしするの?」
「うーん、わたしだけ違うところにいくの」

口にぎゅっと力を入れて少し不満そうな顔をしていたけど、でも自分で決めたことなんだろうなって僕は思った。足元に落ちてた小石を一つ拾って、ぽいっと川に投げる。なまえちゃんも僕の真似をして小石を一つ川に投げた。

僕の中のなまえちゃんはずっとその姿のままで、僕だけが成長している気がしてなんだかとても違和感があったし、とても嫌だった。
忍術学園に来てなまえちゃんを探したけれど頭に浮かぶのはまだ幼いなまえちゃんの姿なもんだから見つかる訳もなく。でもあの時、食堂でなまえちゃんの名前を聞いた時は心臓が爆発すると思った。何年も前とは比べ物にならないくらい綺麗になってたから、成長してたのは僕だけじゃなかったって酷く安心したのを覚えている。

「わっ、」
「うわあ、…あーっ!」

曲がり角で誰かにぶつかってしまった。きっと考え事しながら歩いていたからだろう。ごめんね、とぶつかった頭を押さえながら相手の顔を見るとなんと、なまえちゃんだった。またあの時みたいに心臓が爆発すると思った。

「なまえちゃん怪我はない?」

床に散乱したトイレットペーパーを見渡し、両手いっぱいにトイレットペーパーを抱えたなまえちゃんを見る。彼女はびっくりした顔をして首を振った。
あれ、床に落ちてるトイレットペーパーはどうやって持ってたんだろう。

「…私よりあっちが、」
「ふぇ?」
「……ううう」

唸り声が聞こえた方を見ると、外から善法寺伊作くんがこちらまで這い上がって来ていた。最初、善法寺くんだと認識出来ずに驚いて飛び退いてしまったのは秘密だ。

「善法寺くんごめんね〜!」
「…だから前見て歩けって言ったのに」
「だって、まさか角からタカ丸くんが来るとは思わないだろう」

抱えていたトイレットペーパーを廊下の隅に置いたなまえちゃんと善法寺くんの腕を片方ずつ持って引き上げた。土だらけになってしまった善法寺くんが床に座り込む。

「うわ、伊作くんおでこ、たんこぶなってる」
「え?…うえー、多分タカ丸くんにぶつかった所と同じ所をぶつけたからだ。タカ丸くんは大丈夫?」

善法寺くんの前髪を上げて痛そうだと顔を歪めるなまえちゃん。 なんでだろう、なんかすごくすごく、モヤモヤする。

「タカ丸くん?」
「え、あ、ああ!僕は平気〜!これから髪結いに行かないとだから、もう行くね〜!」

湿布をと叫ぶ善法寺くんの声を聞こえないふりをして走った。どうしても、その場に居たくなかったからだ。なんだろう、知らない間の出来事を見ていられなかった。


幼馴染み、やめたいんじゃないの?


また過ったこの間の食満くんの言葉。でも食満くんの声のまま聞こえたんじゃなくてまるで僕が僕に問いかけているみたいで、いきなり、怖くなってしまった。
僕達には、幼馴染みっていう一本の糸でしか繋がっていないのに、幼馴染みをやめてしまったら…どうなってしまうのだろう。



「ずっと、ぼくたちはおさななじみだよ」

ずっとずっと昔、別れ際に言った自分の言葉。向けられた本人、なまえちゃんは複雑そうな顔をしていた。その理由すらも僕は分からないままだ。



スレチガイならまだマシ

モヤモヤが消えない




title by 酸素
20121018
prev next