トントントントン、ガッシャン、トントンガッシャンガシャガシャン。食堂から変な音がすると学園中に噂が広がるのは数分後のことだった。なまえは食堂のおばちゃんの代わりに厨房に立ち、せっせと食事の準備をしていた。時折聞こえる何かが割れるような、破裂するような音は彼女の食事を作る作業過程に含まれる。ダシをとって、味噌を加えて、豆腐の入ったお味噌汁を作る。先程やって来た第三協栄丸さんにもらった魚達をさばき、恐らくここにある鍋の中でも一番に大きい鍋にそれらを放った。水を注ぎ、酒瓶に入った醤油らを目分量でドボドボ加えて薄切りにした生姜を入れる。落し蓋をして火加減を見つつ煮込みはじめるところを見ると魚は煮付けにするらしい。彼女の手順に多少の違和感を覚えるも、彼女の顔はかなり真剣なものだった。
「あれでも、勘だけはいいんだもんな」
「どういう意味?」
割烹着を着たなまえが、食堂の席に座る一人の忍たま――食満留三郎を睨む。手には小ネギと包丁を持っている様子を見ると、味噌汁に入れるのだろう。作業を見ていると、やることは雑に見えるが中身は結構完成されているのだ。過去に何度か彼女が厨房に立っているのを見たことがあるし、やり方や見た目はアレだが味は美味いものを作るためにおばちゃんも一目置いているらしい。
「食満、味見してみて…!」
いやに目を輝かして味見用の小皿を差し出してくる。二つあるということは味噌汁と煮付けの味見だろう。味噌汁はともかく、煮付けの味見は早いんじゃないかと不安になるも、席を立って厨房カウンターに足を向ける。
「これ味噌汁」
厨房の中でコトコト沸騰して煮立ち始めている音を聞きながら、お玉を握ったなまえに差し出された皿を受けとる。余程の自信作なのかこれでもかと目を輝かせている。
「…お、美味い」
少量の味噌汁の中に崩れた豆腐の残骸があったり、見た目はなんかアレだったが味は美味い。
そうでしょうそうでしょう、と得意気に胸を張り、次は煮付けと違う小皿を差し出された。いや、さすがに…。
「煮付けの味見はちょっと早いんじゃないか」
「そうなの?」
「は?いや、まだ魚の生臭さとかが…」
「生姜入れたから平気でしょ」
妙な所で雑だなお前は!出かけた言葉を飲み込んで、またもや目を輝かせて差し出してくる姿を見るとどうしても断れなかった自分を責めた。湯気からの匂いには生臭いものはないが、どうだろうか。
「……ぬるいし…やっぱ生臭いぞ」
「じゃあもうちょい煮ようかな」
「適当だなオイ」
いろんな意味で大丈夫だろうかと不安になる。小皿を返して、煮付け煮付けと鼻歌に乗せるなまえを見つめた。あれ、こいつ、よく見ると結構顔整ってんな。小平太の奴がこの間そんな感じの事を言っていた事を思い出して、つられて同じような事を思ってしまった自分が気持ち悪くなった。大きめの桶を持って水を汲みに外へ出たなまえを目で追ってしまっ…いやいやいや、気持ち悪いぞ俺。無理矢理咳払いをして思考を遮断させた。ことこと鍋の中で魚と生姜が煮詰められている様子を見て、小さく息を吐く。
「食満くん、髪のお手入れ怠ってるでしょ〜」
ぶちぶち、と引きちぎられる音を間近で聞いて、全身に地味な痛みが駆け抜ける。前髪がちぎられたと知ったのは痛みが治まった後だった。
「おっお前、斉藤…!」
「ダメだよ〜、ちゃんと定期的にトリートメントしなくちゃ」
あまりの痛みの衝撃で涙目で犯人を睨み付ける。しかし本人は真剣な顔で自ら引きちぎった俺の髪を見せつけるように差し出してくる。
「わ、悪い…」
「ところで食満くん、なまえちゃんと付き合ってるの?」
「……は?」
今度は馬鹿みたいに真面目な顔で、これでもかと手に力を込めて聞いてきた。あまりにもストレートすぎで噎せるかと思うくらい驚いてしまったのは言うまでもないだろう。
「結論から言うと、微塵にもそんな気はない」
「ふうん。さっきのやり取り見てたらまるで新婚さんみたいだったからさ〜」
「はぁ〜!?気持ち悪いからやめてくれ…」
そういうとなぜかムッとしたような顔を向けられ、むしった髪の毛(もちろん俺の)を投げ付けてきた。痛くはないが、なんか気持ち悪い。
「食満くんっていつもそうやって女の子を食い物にしてるんだね」
「いや、どういう繋がりがあってそんなことを言われてるのか分からないんだが」
「そんな事言ってもなまえちゃんはダメだからね!」
ぷんぷん、と腕組みをして明後日の方向を見る斉藤。
「…つか、なんで斉藤がそんなことを」
そしてなんでまたなまえ?ってか、前髪引きちぎられたのってただの腹いせか?
「だって、僕はなまえちゃんの幼馴染みだから」
「あー、らしいな。で?」
「でって…、えっと、幼馴染みだから、」
本気で悩み始めた斉藤に俺は違和感を覚えた。幼馴染みだから何なのかの説明が上手く纏まらない斉藤は左右に何度も首を傾げている。まさかと思って、俺の中に浮かんだ疑問を投げ掛けてみた。
「…お前もしかして、なまえの幼馴染みやめたいんじゃないか?」
少し意地悪な言い方をしただろうか。しかし斉藤はそんな訳ないと困っように眉を下げて、無理に笑っていたけれど、多分そうだと思った。そうじゃないと引きちぎられたうえに投げ捨てられた俺の前髪が報われないだろう。
それが×とは気付かずにいた
きっと今、斉藤の中で何かが訴えかけているはず
title by 酸素
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