▼ 壱
もう一度あなたに出会えればそれで、それだけでいい。
そう思っていたけど…
再会
白と黒が交差した世界にいた。目の前には自分よりも少し長身の男。
深緋の瞳に逆立った漆黒の長髪。真っ白な外套を風に揺らす。
男がフワリと微笑むと此方に手を差し出した。
ああ、知っている。これは遠い昔自分の最愛だった人の――――…。
「こんなところで寝ていると風邪を引くぞ?」
突然かけられた声に驚き目を覚ます。そしてその声の持ち主の男を見ると一気に覚醒する。
「…!」
逆立った黒の長髪、赤の瞳。先程まで見ていた夢にいた男と容姿が全く一緒だった。(違うのは服装だけ)
「ぅ……こ…?」
「?」
上手く言葉が発せれない。口からは乾いた空気が出るだけ。何故なら自分は失声症だから。それを不思議そうに男は此方を見つめると首をコテっと傾げた。
「もしかして声が出ないのか?」
「…ぁ…っぅ…」
何かを言葉を伝えようと必死に声を出そうとするけど虚しくそれは叶わない。
――何故 目の前にはあの夢にまで見た最愛だった人がいるのに…。
悔しさに少し目に涙が溜める。
見兼ねた男は距離を詰めると少し屈み、白銀の肩に手をポンと乗せる。今度は首を横に振ると困ったように眉を寄せた。
「無理をするな、大丈夫だから」
優しい言葉にホッとする。
でも男の発した言葉に耳を疑いたくなった。
「しかし見かけない顔だな。…もしかして転入生か?」
え…?今…なんて?
「ん?同じ学年か!だが私のクラスではないようだな」
固まっている俺を気に留めず、男は制服の襟についたバッチを見ると続けて何かを呟いている。
いや、そんな事はいい。目の前の男は俺のことをからかっているのか?
まるで初対面のような態様に腹が立ち気づいたらベンチから立ち上がって男の肩を掴んでいた。
(テメェ、何惚けたこと抜かしてんだ!俺だ、白銀だ!散々探し回らせといてふざけたこと言ってんじゃねえよ!劉黒!)
肩を揺さぶりながら出ない声を必死に発しながら口を動かす。
だがその様子に男は余計に困った顔をして すまない、何を言っているのかわからないと言う。
「何か気の障ることを言ってしまったようなら謝ろう…。すまなかった」
ペコリと頭を下げる男は心底申し訳ないという顔をしていた。そして白銀から距離をとるともうすぐ朝礼が始まるから教室へ行こうと言い白銀の腕を引き歩き出した。
校舎に入り靴を履き替え、階段に登る。
ざわざわした廊下を歩き進めると教室の前につく。
それまで無言だった男が不意に口を開いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は劉黒だ。お前は……っと、声が出ないんだったな」
どうしたものか…と劉黒が悩んでいると後ろから声がした。
「え…?白、銀…?」
振り返るとそこには短髪の黒髪に眼鏡をかけた見知った男が立っていた。
(洸…!)
「なんで…此処に、」
ゆらゆら近づく洸に それはこっちの台詞だと言わんばかりに見やると先程まで悩んでいた劉黒が洸と白銀を交互に見つめた。
「洸、知り合いなのか?」
「え?劉黒、白銀だよ!」
「そうか、彼は白銀という名なのか」
「え、劉黒冗談だよね?確かに凄く久しぶりに見たかもしれないケド、俺等は」
「?冗談など言っていないぞ、洸。それに久しぶりとは何の話だ?
私は彼とは今日初めてあったんだから」
劉黒から告げられた言葉は重く冷たく、それに白銀は酷く突き放された。
――ああ、これは劉黒がふざけているわけでも冗談を言っているわけでもない。本当に分かっていないんだ。
「ちょ、ちょっと…白銀サンなんで黙ってるの?」
「声が出ないみたいなんだ」
「え?」
洸が俯いた白銀の顔を覗こうとすると白銀は背を向け突然走り出した。
同時に呼び鈴が鳴る。
劉黒が また気に障ることを言ってしまったかと不安気な顔をする。
「劉黒は悪くないから心配しないで」
にこっと笑いかけると白銀の走った方向へ洸は走り出した。
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とにかく一人になりたくて、走った先は屋上。
勿論呼び鈴が鳴ったあとだ、誰もいない。
呼吸を整えてフェンス付近まで歩み寄ると崩れるようにその場に座り込んだ。
『もう一度出会えればそれでいい…』
そう願って目を覚ました時からそれを叶えるために劉黒という一人の男を探し続けた。また出会えるという根拠はどこにもなかったけれど、それでも最期に交わした約束をずっと信じ続けた。
出会えてからのことなんて何も考えていなかった。ましてや、彼が自分のことを覚えていないということなんて以ての外。だが、そんなことよく考えれば思いついたはずだった。
それなのに………。
気づいたら目涙が一雫。
そして不意に感じた腕のぬくもり。不思議になって見たら息を切らした洸に後ろから抱きしめられていた。
「……ぅ…」
「探したよ?白銀サン。…てかほんとに声出ないんだね」
何しにきやがった、と睨んで抵抗すると更にぎゅっと抱きしめられた。
「俺の前では無理しないで」
今まで辛かったよね?
優しく囁かれて壊れたように涙が溢れ出した。抱きしめられた腕に手を添えて、時間を忘れるようにたくさん泣いた。
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