『あっ、あっ、ああんっ、ダメ……っあんっ!』

私とオペラ先輩しかいない昼休みの視聴覚室で艶かしい女の矯声が響き渡る。ご丁寧に座布団を用意したうえで床に座ったオペラ先輩。私はそのオペラ先輩の膝の上に座らされて後ろから抱き込まれるような形になっている。もう何度心の中で言ったかわからない「何故こんなことに?」という言葉が脳内を駆け巡った。そっと耳元に先輩の顔が近付く気配がする。思わず顔を反対側に逸らすと両頬を手で挟まれて正面を向かされた。

「ダメですよ、ちゃんと最後まで見てください」
「っ、や、めてくださいよそれ……!」

私が耳が弱いことをわかっているのか最近の先輩はいちいち耳元で囁いてくるのだ。ぞわりと肌が粟立ってしまう。それに加えてカーテンを閉められた真っ暗な部屋で先輩と体を密着させてAVを見るというあまりにも非現実的な状況に私の心臓は全く落ち着いてくれない。

「なまえさんは処女ですか?」
「はあ!?」
「どこに触れても反応がとても初々しいのでそう思ったのですが……違うんですか?」
「………っ違います!それと変なこと言わないでくださいよ……!」

それは妬けますね、と再び耳元で囁いた先輩の唇が軽く私の耳に触れてびくりと体が跳ねた。言動全てがアウト過ぎるオペラ先輩なんかに本当のことは言いたくないので処女でなくても私は構わない。
先輩のセクハラのせいで校内に広まってしまった「オペラ先輩と私が恋人同士である」という噂。当初は先輩に変なことをこれ以上言わないように約束させたのだけれど、先輩が周囲に何も言わなくなったかわりにセクハラが日に日に酷くなっていったので噂に尾ヒレがついて悪化しただけに終わってしまったのだ。
だから今回私が先輩に約束させた事項は「恋人同士であることを周囲に否定してください」だ。その代償として先輩のお願いを再び聞いた結果この状況になっているわけだがもはやオペラ先輩相手なので諦めの境地である。やけに素直に約束を聞き入れてくれたので嫌な予感はしていたけれど仕方ない、ここを耐えれば私はおかしな噂から解放されるのだ。

ひたすらに無心で男女が絡み合う画面を見つめる。内容が進むにつれて目もあてられないような展開になっていき女の声も一際高くなった。こういう経験が無いだけに正直恥ずかしいし、無心でいようと決意したところで全く何も思わない訳じゃない。無意識に太腿がもぞもぞと動いてしまって先輩がふ、と笑う気配がした。

「興奮してます?」
「……してないです」
「嘘はいけませんよ」
「嘘なんてついてないです」

ぐ、と唇を結ぶともう一度小さく笑われてしまった。
何を言ったところでどうせオペラ先輩には見透かされているのだろうけど私のなけなしの羞恥心が負けるわけにはいかないと抵抗を見せるのだ。
不意にぺろ、と耳を小さく舐められてぞわりと体が反応する。

「……っ、なにするんですか……!」
「すみません、おいしそうでしたので」
「おいしそうって……」
「ところでなまえさん、」
「……なんですか」
「いい加減付き合いませんか?」

言われた言葉に驚いてオペラ先輩の方を振り返るとぱちりと目が合った。少し伏せられた感情の読めない目に見下ろされる。
冗談、だよね?そもそも今日だって噂を否定してくれる約束でここに来ているのだ。
私は今まで散々オペラ先輩にからかわれて虐められてきた。そりゃあ最近はこうやって触れられたり、好きだと言われたりキスまでされたりしたこともあったけれど、どんなに私の心が乱されようともそれは先輩のただの後輩いじめの延長に過ぎないのだ。こうやって私の反応を見て楽しんでいるだけ、この人の言葉を真に受けてはいけないことはわかっている。

「……やめてください、そういうの」
「どうしてです?」
「冗談も言っていいことと悪いことがあります」
「おや、おかしいですね。貴女が好きだとお伝えしたと思いますが」
「………だから、冗談は、」
「冗談ではありませんよ。それに本当に恋人になってしまえば噂など関係無いと思いませんか?」

私の言葉を遮り、す、と頬に添えられた手、それから親指がゆっくりと頬を撫でていった。オペラ先輩の目が伏せられ顔が近付いてきて、この間のキスが頭を過り心臓が大きく音を立てた。それから、好きだと言われた時の滅多に見ることができないだろうふわりとした優しい笑顔を思い出す。
先輩はいつも勝手で強引で、何を考えているのかよくわからないしこっちの都合なんてお構い無しだ。それなのに時々こうやって、まるで本当に私を想っているかのような振る舞いを見せるのはやめてほしい。

『あっあっあん、ああぁああっ……!!』

唇が触れ合う寸前で、つけっぱなしだったAVからびくりと肩が跳ねるほどの音量の声が流れた。私が肩を跳ねさせるのと同時にオペラ先輩も一瞬固まる。直後に午後の授業の予鈴が鳴った。

「………っ、授業!始まりますから……!」

慌てて距離を取るために体を引くとオペラ先輩はム、と眉を寄せてまたもや舌打ちをした。

「……本当にいつもいつも、良いところで邪魔が入りますね」

さっさとしてしまえばよかったです、と続けたオペラ先輩に悪びれる様子は全くない。


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