足は深く斬られたせいで痛いし、背中は焼けて熱いし気分は最悪だ。何より大型魔獣に噛まれた右腹は、さっきから血が流れ続けているのに感覚があまりない。私の体はいよいよもうダメなんだなあと思うには充分すぎる怪我だった。

「おい……なまえ、」

 情けなくて顔を向けられない。試験中に森の中で魔獣に襲われた私を、たまたま通りかかったという理由だけでカルエゴは律儀にも助けてくれたのだ。個人戦なのだから成績に影響があるわけでもなし、そのまま放って先に行けば良かったのに。

「チッ、動かすぞ。頭だけ起こせ」

 あっという間に魔獣を倒してしまったカルエゴはどうやら死にかけの私のことを助けるつもりらしい。

 彼と違い劣等生な私は多分死んだところで誰にも何の影響も与えない。けれど私を助けようとすれば時間をとられてカルエゴの試験結果に悪影響を与えるのは必至だ。どうせ死ぬのだ。密かに想いを寄せていた彼の迷惑にはなりたくない。

「……もういいよ、どうせ死ぬんだから、ほっといて」
「喋るな、傷に障る」

 ビリビリと上着を破り包帯がわりにして止血をされる。相変わらず手際がいいなあと思った。そういえば彼は座学や実技だけではない、こういった細やかなことも完璧にこなすタイプだった。

 見た目通り神経質だけど繊細で優等生な彼は、ズボラで行き当たりばったりの私から見るととても眩しく映るのだ。これまで適当に生きてきた私だけど、最後に彼の心の中に少しでも残りたい。 ふとそんな図々しいことを考えてしまった。

「……私ね、カルエゴのことが好きだったよ」
「………は?」

 期待通りに彼の呆けた顔が見られて嬉しかった。その珍しい表情は、次いで眉間にシワを寄せて苦々しい顔に変わる。思わず笑みをこぼすとバカが、と罵られた。最期にしては上々だ。体の力を抜いて瞼を落とした。
 





 
 
 ふと目が覚めて体を起こそうとすると激痛が走り再び体を倒した。ふかふかと柔らかい感触に辺りを見回すと私はベッドに寝ていて点滴を打たれていた。見覚えがあるここは多分学校の医務室だ。
 何があったんだっけ、と思い出そうとするも頭が痛くてそれどころではない。

「目が覚めたか」

 声のする方を見ると医務室の隅の壁にカルエゴが腕を組んでもたれ掛かっていた。その姿を見た瞬間、試験中に魔獣に襲われて大怪我をしたこと、カルエゴに助けてもらったこと、それから出来れば思い出したくない記憶も私はバッチリと思い出してしまった。最悪すぎる。

「先生の回復魔術である程度は体も戻っている筈だが気分はどうだ」
「……あの、」
「どうした」
「助けてくれてありがとう。なんかさ、私意識が朦朧としてたから多分よくわからないこと言ったかもしれないけど、ほら、死にそうだったから変なこと口走ったりしたのかも。だからカルエゴは気にしなくていいっていうか私も気にしないしもう忘れてくださいお願いします」

 一息に言ってから顔を背けた。カルエゴの顔を見られない。
死ぬとわかっていたから想いを伝えたというのにおめおめと生き残ってしまった今となってはこんなの恥でしかない。ごまかせるはずも無いことはわかっているけどとにかくこのダメージを最小限に抑えたかった。コツコツとこちらに近付く足音が聞こえる。恐くて息を飲むと、ベッドに片手をついたカルエゴに顎を掴まれ無理矢理に反対側へと向かされた。眉間にシワを寄せたカルエゴとぱちりと目が合う。

「言い逃げするつもりか」
「お願い忘れてください」
「キサマが言ったことだろう。発言には責任を持て」
「でも、忘れてくれた方が私にとってもありがたいしカルエゴも別に気にしなくていいんだよ?」
「何故そうなる」
「カルエゴの迷惑になりたくないの! 私だってどうせ死ぬからって一人で盛り上がってあんなこと言っちゃって恥でしかないよ!」
「……キサマは私が同じ気持ちだとは考えんのか」

 思いがけない言葉に驚いて目を丸くしていると、カルエゴは忌々しそうに額に手を当て顔を反らした。それから思い切り溜め息をついてベッド脇のパイプ椅子に腰を落とす。

 カルエゴの言葉をゆっくりと咀嚼する。俯いたまま頭を抱える彼の耳が赤く見えるのは私の気のせいではないのだろうか。


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