「はあ〜好き、もう好き。ねえシチロウ、どうしたらいい?」
「どうもこうも………そのまま伝えたらいいんじゃない?」
「それができたら苦労してないよ」

机の上に並べた写真を一枚一枚じっくりと眺めては溜め息をつく。私が密かに想いを寄せ続けるカルエゴの写真(隠し撮り)である。

向かいに座るシチロウは私の話を聞きつつも手元の本をぱらぱら捲ったり何やらノートに走り書きをしたりと勉強する手を緩めない。私もそのつもりで図書館に来たんだけどね、写真を挟んである手帳を開いたのがダメだったね。はあ、かっこいい。もう集中できないよ。

「なまえはもう少し積極的になったらどう?」
「無理、どうしたらいいかわかんないもん」
「まあ、カルエゴくんに関しては普段から消極的だもんね」

わかってはいるけど改めて指摘されるとシチロウから見てもそうなのか、と自分を不甲斐なく感じてしまった。
そもそもカルエゴってそういう、色恋沙汰には興味がなさそうっていうか、無駄なものとか思っていそうっていうか。お互いシチロウと仲がいいので三人一緒に過ごすことはあれど、あくまでシチロウのおまけという位置から抜け出せない私ごときが積極的になったところで何か変わるんだろうか、とまたもや消極的なことを思ってしまう。

「言葉で伝えられないなら例えば………、あっ、思い切って抱きついてみるとか?」

 再び溜め息をついた私を見た後、さも名案かのようにぽんっと手を叩いて言ったシチロウ。いや、言葉でも言えないのにハードル余計高くないですかそれ。

「そんなの無理でしょ……! 確実に拒否される……」
「えー、そうかなあ」
「だって冗談で済まされるほど仲良くないし、いきなりそんなことしたら………変態?通報レベルだよ!」
「それじゃあもうちょっと話しかけるとか近付いてみるとか。いつも僕の後ろに隠れすぎだよなまえは」
「……そんなこと言われたって、」
「大丈夫だよ、カルエゴくんなまえには優しいでしょ」
「………」

にこりと微笑んだシチロウの言葉に、ふと初めてカルエゴを意識した日のことを思い出した。

魔術の実技授業で怪我して動けなくなった私を抱えて医務室まで連れて行ってくれたんだっけなあ。おかげで私だけじゃなくてカルエゴまで授業の評価がつかなくなったんだけど。そんなことわかっていただろうに、治療が終わるまで律儀に医務室の外で待ってくれていたのだ。

当時私は見た目とあの威圧的な雰囲気から、カルエゴに対して怖いという感情しか持てていなかった。だから余計にこの日のことが未だに心に残っているのだと思う。

「……そりゃカルエゴは優しいよ、最初は怖いと思ってたけど。困ってたら助けてくれるし私に気を遣ってくれてるのもわかる。もっと仲良くなれたらいいなって思うけど……、でもだめなの。目が合っただけで心臓ぎゅってなるしこれ以上仲良くなったりしたらドキドキしすぎて死んじゃう」

はあ、と息を吐き出して机に伏せた。
シチロウの言う通りもう少し積極的になれたらいいなとは思う。でもこのままの距離感でも私は充分幸せだとも思っている。ああ、でも誰か他の子にカルエゴを取られでもしたらそれも嫌だなあ。

私はいつだってそう。こうやってぐるぐると色んなことを考えて結局前には進めないのだ。
伏せたままの顔を横に向ける。ふと、誰かが隣に座っていたことに気が付いた。

「なまえはこう言ってるけど、カルエゴくんはどう思う?」
「………え?」
がばりと頭を上げるとシチロウが私の隣の席へ向かって話しかけている。もう一度隣に目を向けるとそこに座っているのはどう見てもカルエゴご本人で、気まずそうにちらりと私を見た後、ゆっくりとメガネを外した。

「え………に、認識阻害グラス……!?」
「ごめんなまえ、でも焦れったくてさあ」

えへへ、と笑っているシチロウをとっさに咎めることも出来ないほどに私は動揺した。
だって、だって、カルエゴがずっと私の隣に座ってたってことだよね?ここに来てから私は一体何を言ったっけ、と真っ白になった頭で思い返してみるもどう考えてもまずいことしか言っていない気がする。いや、確実に全てを暴露してしまっている。

慌てて机に広げていた写真をかき集めて後ろ手に隠したものの、カルエゴの何とも言えない視線が突き刺さっているのが見なくてもわかった。

「あっごめん、僕ちょっと忘れ物しちゃったから取りに行ってくる」
「え、待ってよシチロウ!」
「なまえ、ちゃんと話した方がいいと思うよ。それとカルエゴくんもね」
「なにそれ……、置いていかないで……!」

この状況で二人きりにはしないでほしいと懇願するも無情にも図書館にぽつりと残されてしまった私とカルエゴ。カルエゴだってこんな状況に放り込まれてさぞかし気まずい思いをして困っているに違いないと恐る恐る横目で隣を確認すると、口元を手で覆っているカルエゴとぱちりと目が合った。あれ、気のせいかな、なんか………、

「………あれ……顔、赤くない?」
「……………お前、散々色々口走っておきながらそんな事を言えるのか……」
「だって……! しょうがないじゃん、カルエゴが居たなんて知らなかったし! ………それにわたしは、ほんとのことしか………言ってない、し………」

すっかり熱くなった顔を俯け尻つぼみになりながらもそう言葉を続けて、ああ、本当にバレてしまったのだと実感した。

後ろに隠した写真を持つ手が震えてしまった。これからどうしよう。今だってこんなにも気まずいのだ。今までのように三人で過ごすことはきっと難しいだろう。せっかく少し話せるようになって嬉しかったのにギクシャクしてしまったら嫌だ。カルエゴは優しいから当たり障りのない関係を続けてくれるかもしれないけれど、そもそも私が抱いている気持ちを迷惑だと思うかもしれないのだ。

「………おい、」

不意に呼ばれて恐る恐る顔を上げた。カルエゴは気まずそうに口元を手で隠したまま、自分が呼んだのに目を逸らして私の方を見ていない。

「…………一度しか言わん」
「……え……、なにを?」

意を決したように、ゆっくりと視線を動かして私と目を合わせたカルエゴ。その顔がやっぱりまだ赤くて、その意味を考える余裕が私にはなかったのだけれど。

突然に腕を掴まれて距離が近くなり、持っていた写真がばらばらと床に落ちた。

「……オレは、お前が……、ずっと好きだった」

きゅっと切なそうに眉を寄せて、普段からは想像もつかない程に余裕が無いとわかるカルエゴの表情。

小さく囁かれた言葉に驚いて私は目を見開く、のと同時に心臓がぎゅうっと音を立てた。
どうしよう、死んでしまうかもしれない。

[ 19/25 ]

[*prev] [next#]


- ナノ -