君へ夢幻の感情を、 | ナノ


◎虚の歌よ、君に届け

あれから僕はすぐに交換日記を書いた。年がら年中雪が降るような寒い場所にも関わらず寒さも指が悴むことすらも忘れるほど必死に。たったこれだけの文字に、全ての思いを詰め込んで。

何をそんなに必死に書いているのか、と興味本意で近づいてきたピカチュウやリザードンなどの手持ちポケモンたちは僕の様子で感じ取ったのか騒ぐことなくおとなしく近くで交換日記のぞきこんでいた。





「…よし」

書き終ったのは数十分後のことだった。たったこれだけの文字に何分かかっているのか、自分でも呆れるほどだ。ふ、と息をもらしぐぐぐと腕を伸ばした。それと同時に待ってましたと言わんばかりにピカチュウが膝にちょこんとのってきた。うん、かわいい。

持っていたペンをおろし、ピカチュウを撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めることに少し笑みをもらしながらこの先の事を考える。

きっとこの交換日記がこの鼬ごっこのような名前の探しあいに終止符をうつのだろう。そう考えれば少し寂しい気がした。

何故、なのだろうか。この変わらない日常に小さな変化もたらした彼女に何かを抱いたのだろうか。友情か、探求心か、それとも愛か。もう長らく触れていなかった僕には全て区別のしにくいものだったが、この感情が大切にするべきものだということはわかった。

「…ピカチュウ、リザードン。彼女のもとにこれ、よろしくできる?」

これという言葉とともに交換日記を差し出せば任せろと言わんばかりにピカチュウは胸をぽんと叩いた。うん、やっぱりかわいいよ。合わせるようにリザードンも雄叫びをあげた。我ながら、いいパートナーたちを持ったようだ。


交換日記を小さな袋にいれ、ピカチュウに持たせる。なんだか初めてのお使いのようにみえたので調子に乗ってみて赤いスカーフを首もとでリボン結びしてやった。それをリザードンの背中に乗せてあげれば完璧だ。

「…じゃあ、よろしく」

その言葉を皮切りにリザードンは大きくはばたいていった。そういえば、彼らは住所を知っていてもたどり着けるのだろうか。





親も旅行に出かけていて完全に一人の時間に浸っていた時、ピンポーン、と間抜けなインターホンの音が響いた。

今日は自分で昼御飯を作ったから出前も頼んでないし何か荷物が届くという話も聞いていない。新聞集金は昨日来たのでその線もない。…となると新聞の勧誘だろうか。

面倒くさいと思いながらも腰を上げる。そのままインターホンをとり新聞なら間に合ってまーす、と言おうと思ったとき、画面に映ったのは隣のおばさんだった。まさかの大穴、回覧板か。やられた。

一応どうしたんですかと問いかければお届けものみたいよーうふふと少々お上品な笑い声とともに返された。届け物?なんだろうか。画面を切る瞬間、隣のおばさんがふっと離れて行ってたのは私の気のせいなのか。



「え」

がちゃ、とドアを開けた音とともにぴっかぁ!と鳴いたのは赤いスカーフを巻いたピカチュウだった。なんか空ではリザードンがぶんぶん飛び回ってるし。どういうことなの

とりあえず、ピカチュウの目線とまではいかないがせめて近づけるようにしゃがむ。どうやら袋を持っているらしい。なかには交換日記と思われるノートが入っている。

「もしかして届けに来てくれたの?」

そう頭を撫でながら聞いてみるとぴかあ!と元気よく返事が返ってきた。めちゃくちゃ可愛いやんけ。まあリーフィアのほうが可愛いぞ本当だぞ

それはともかくありがとうと感謝を伝えてからピカチュウから袋を受けとる。中をみれば一番新しいページに少しの言葉がかかれていた。




白銀の頂で待ってる。



これだけの文で送ってくるだなんておそらくあちらも私の名前が分かったのだろう。いつもならかかれているピカチュウの文字がないことも、そうと考えられる要因の1つだ。

白銀の頂で待ってる、か。おそらく白銀とはシロガネ山のことだろう。つまり、その山頂ということか。昨日、パソコンで調べていたことが役にたったな。


返事を書くためその次のページを開いた。その真っ白なページに玄関に放置してあったペンで一文書く。きっと返事はこれで事足りるだろう。

「ピカチュウ」

呼ばれどうしたの?とでもいうように見上げてくるピカチュウに交換日記を持たせた。

「これ、よろしくね」

任せろということなのか誇らしげに胸を張り、ぽんと叩く姿は非常に可愛らしい。くそう私もピカチュウを一匹捕まえてくるべきか。ああごめんリーフィア。リーフィアのほうが可愛いからだからそんなにボールの中で暴れないで!!




私から交換日記を受け取ったピカチュウは赤いスカーフを靡かせながら上空にいたリザードンに器用に乗ってみて帰っていった。

明日は登山になりそうだ。…あれ、登山ってなに持ってけばいいのかな。むしろなに来てけばいいんだろうか。半袖でいいかなうんいいや。






「そういえばアンドウさんはどうしてここに?」

「あの子達が迷子になってたのよ」

「(来れなかったんだ…)」



―――さあいざ君へ。



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