君へ夢幻の感情を、 | ナノ


◎夢を空に飛ばして

小さな頃から、お母さんは私にたくさんの本を読んでくれた。魔法使いに憧れた女の子の話やおてんばなお姫様が冒険に出掛ける話。他にも引きこもり探偵シリーズと呼ばれる小説やパラレルワールドを渡り歩く女の子の話、超能力のような力を使う犯人を刑事が捕まえていく、なんていう話まで読破させていただいた。そんなこんなで年相応の本を読んでこなかったので、少し大人っぽい思考を持っている、と近所の子には騒がれていた。



父親が転勤族だった私にとって、本とは友達のような存在だった。ここまで成長出来たのも、私に夢を与えてくれたのも、いつでもお母さんが読んでくれた本たちのお陰であると私は考えていた。もちろんここまで成長させてくれたのは両親だが、こう、精神的な部分で育ててくれたのだと思っている。




そんな今まで読んできた本たちは一字一句、間違えなく覚えているという訳ではないが、大まかな内容や心に響いた台詞などは大体覚えている。

その中で一番覚えているもの、すなわちやってみたいと思ったものがあった。それはそう、交換日記というやつだ。だが先程も言ったように父親が転勤族だったため、トレーナーズスクールにも通えず、各町を点々としてきた私にとって交換日記とは憧れの憧れ、遠い夢のような存在だった。

それでも、私はその夢を諦められなかった。本の中の物語ではそれを通じ、友好を深め、繋がりをつくり、泣き笑い等の感情を共有していたからだ。…つまり私はそんな仲の友達が欲しがったのだ。普通に友達を作ろうとしても無理な私にとって、それは最後の希望であり、最大の憧れだった。



だから、私は行動に移すことにした。たくさんの風船にヘリウムガスをいれ、それにフレンドリーショップのレジ袋をとりつけた。そしてその中に小さなノートをいれて、飛ばした。それを見つけた人が私に返事をくれることを願って。多分、10歳の時だった。

でも私は返事を待っている間に旅に出なければ行けなくなった。その頃に、私と同じくらいの歳の男の子達がポケモンリーグで優勝したらしく、それに影響を受けたらしいのだ。今更考えるとなんと迷惑な話だったんだろう。でもその頃の私には親に反抗する、なんという考えもなかったし別に旅をしたくなかった訳でもなかったので、私は旅に出て各地のジムを回った。11歳の時だった。




それから1年ほどたった頃、私はカントー地方の8つのジムバッヂを全て集め終わった。最後のジムはジムリーダーが不在だったので、リーグの関係者のかたと戦ってバッヂを貰ったのだけれど。その時にリーグ挑戦を勧められたのだが、丁重にお断りを申し上げ、家へと一目散に戻った。旅をしている間もずっと、あのとき飛ばしたノートの返事が来ていないかとわくわくしていたからだった。

しかし、親に聞けばそんなものは来ていないと返され、一日おきにポストを覗いても空っぽだった。やっぱり駄目だったんだ…と諦めたらあの頃が、私にとっては新しい私だけの物語の予兆だったのかも知れない。



―――あの風船は、今何処の誰のもとにいるのだろうなぁ



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