羸病の逝く先は、

高い。この場所もあなたの存在も。唯一低いのは私のプライドなのかなぁ。もう人前で恥を晒しまくっちゃったからすれちゃったし。フェンス越しの風が気持ちよくて思わずフェンスに身体をあずける。この風に吹かれていると自分の醜さも、左腕の涙のあとも、君との距離も全て取り除かれる気がする。あり得ないのはわかっているけど。


さぁ、こんな茶番も終わりにしようか。死にたくないなんて思ってはいない、君の隣に戻りたいなんて思ってはいないのだから。風に靡く髪を抑えながらフェンスに手をかけた。金属特有の冷たさがそこから伝わってくる。きっともう少しあとには私もこんな体温になっているんだろうな、そう考えると少しだけ寒気がした。自分で決断したことに今更怖じ気づいても仕方がないことは分かってるのに。

「…ばっかみたい」

自分にそういいかけ、ただの肉片に成り下がる…いや、もとからそんなものか、その自分の姿を想像して目を瞑る。そう、ただそれだけのこと。どうせ私が肉片に成ろうとも誰も見てくれないのだから。トウヤ君は泣いてくれるのかな?…無理だよね。きっと彼に情報は伝わらないだろうし、逆に伝わってしまえばまた迷惑をかけてしまうことになる。それでは意味が無いのだ。また、彼を私という呪縛に縛り付けてしまう。

トウヤ君、君は今どこにいるんだろうね。やっぱりリーグにいるのかなぁ。もしかしてチャンピオンに勝っちゃったりしてるかも。もう遠い存在だなぁ…。でも私はそんなすごい君の中のほんの少しを貰えればそれでいいの。ああ、リリア?…そんな奴なんかいた気がするなぁってそれぐらいでいいの。

なんてこんな人生を終わらせようとしているときにも自然にトウヤ君のことを考えてしまう。結局、私がトウヤ君に抱いたこの感情は何だったのだろう。嫉妬?…違う。じゃあ恋?いや、違う。そんな軽いものだったら死のうとなんてしていない。それならば…

「愛…なんて、ね」

今更何を言っているのだろう。馬鹿らしいにも程がある。こんなことを考える余裕は何処にもないくせに。…もういいや。さっさと墜ちよう。フェンスはよじ登るには大変そうだけど助走をつければいけるかもしれない。早速やってみようとフェンスから離れて中央へ移動する。


決意をかため、脚を一歩踏み出そうとしたその時、ギイッと錆びた金属の扉が開く音がした。そこから出てきたのは間違える筈もない彼、トウヤ君で。…思考が止まった気がした。何も考えられない頭で必死に働かせ絞り出した答はどうして、という一言だった。

「どうしてって、迎えに来たんだよ。一緒に帰ろう、カノコに。」

「何で」

「リリアはこんなところで死んじゃいけないんだ。だから…」

「誰が決めたのそんなこと」

嬉しい筈なのに、涙が出てきそうな筈なのに、口から吐き出すのはキツい言葉ばかり。きっと自己防衛なんだ。無意識に迷惑をかけないようにしているんだ。ごめんね、ごめんね。そういうことが言いたいんじゃないの、私はただごめんねってありがとうって言いたかっただけなのに。

「そういう根拠のないこと言わないで」

「…でっ、でも!!」

「うるさいの。黙っててくれる?私はもう逝くから」

そう、これ以上傷つける前に死ぬから。だからそんな泣きそうな顔をして私を見ないで。


もう、この感情を止められないの。

君を愛しく思い、この世に生きたいと思い、君を必要とする人を羨ましく思い、私を置いていった君を憎くと思い、そんなことを考える自分自身を殺したくなる、この感情を。




君の中に残りたい、その思いを










…あぁ、そうだ。迷惑になるだろうけど1つだけ彼の中に残る方法があった。


中央からトウヤ君の側へ移動する。泣きそうな顔で固まっているトウヤ君は実に滑稽で。そう、もう私を止められないの。だから横について呪いの言葉を叫んであげる。




愛してたよ、トウヤ君




だからさよなら。






後はもう覚えてないや。気が付けばもう走りだしていて、トウヤ君の止める声も叫ぶ声も聞こえなくて、もう目の前には小さな世界が広がっている。誰もいない、路地裏。これできっと大丈夫。


頭から落ちればきっと即死だよね、てかここから落ちた時点で死ぬのは決定か。これが私の望んだ終焉なんだから、涙が出てきてしまった。


嬉しい、悲しい、死にたくない、生きていたい、そんな感情が渦巻く中、私は眼を閉じた。











あの言葉は、君の幸せの終わりを告げる。

全ての君を縛り、枷になる言葉。

言うのを諦めていたあの言葉は永遠に君の中に残り続けるから。

迷惑な死にかたしてごめんね。

人気者のトウヤくん。

私なんてもういらない、トウヤくん。

…それでも、私は―――――



君と一緒に、
何も知らなかった
何もなかった
幸せだったあの頃へ
きっとこうすれば戻れるんだよね
ねぇ、トウヤくん…?






新しい世界はもうそこに、