新たなる始まり
「パスカ姉さん、ついたよ」
黒き理想のドラゴンポケモンの上、そのポケモンの主であるトウヤくんは、私にその一言を告げた。その言葉に反応した私は、雲と同じぐらいの高さから下に広がる広大なカントーの大地を見下ろした。
海はきらきらと太陽の光を反射して輝き、木々は風に優しく吹かれ私達を歓迎するようにさわさわと揺れた。
ここを逃げるように出ていったあの時から一度も戻ってきてはいなかったので、もうかれこれ10年ぶりになるのだろうか。あの時はこのカントーの大地の広さも自然に包まれた景色の美しさも、何一つわからなかったんだ。
中身は三十路を過ぎているばばあな私は、目の前のことしか見えていなかったあの頃の私を今なら叱れる気がする。まあ、あの頃に戻れるくらいならもとの世界に戻るけどね。
そんなこんなでいろいろと感傷に浸っていると私の身体は急降下を始めた。突然のことに驚く私は舌を噛みそうになりながらトウヤくんに向かい口を開いた。
「えっちょっまっトウヤくん!?どゆこと!?」
「パスカ姉さん、しっかり掴まっててね!!」
じゃないと落ちても助けられないよ、というあとに続いた言葉に私は寒気が止まらなかったので、とりあえず目の前にいたトウヤくんの腹に手を回した。
あれ?これって役得?だなんて呟いたトウヤくんにはあとでパスカちゃんスーパースペシャルシャイニングブレイズ改訂版(ただの飛び膝蹴り)をプレゼントすることにする。
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ようやく長かった空の旅も終わり、ささっおりておりてとトウヤくんに促されるままゼクロムの背から飛び下りた。うん。登るより辛くない。辺りを見渡せば見たことのあるような家や研究所、さらにはマサラは真っ白始まりの色だなんて書いてある看板もあったのであぁ、ここはあの懐かしいマサラタウンじゃないかと瞬時に理解できた。
「…で、パスカ姉さんはこれからどうするの?」
「んー、とりあえずおじいちゃんに会って…それからどうしようか」
必要最低限のものとポケモンたちはいるけれど、約束を果たしたあとのことは考えてもいなかった。とてつもなく計画性がない。うわぁ私、人生失敗するタイプじゃない。
とりあえずどうしようか、と慌てて考えている私をみて、トウヤくんは小さく笑った。なんと失敬な!某よりも年下の癖に!…使い方間違ってますよね。調子のってすみません。
「じゃあパスカ姉さん。ここに来たその目的が終わったらジムでも巡ってみたら?」
「…へ?」
「旅、出てみたかったんでしょ」
「…よくご存じで」
くそぅ誰から聞きやがった。まあ減るもんでもないからいいけど。でも、ジム巡りかぁ。あれだよね、この世界で10歳くらいの子供たちがやるやつ。年齢制限とかあったら出来ないんたけど。…あるわけないけどね。
「で、どうする?」
「んー、…じゃあやってみる」
「そうこなくっちゃ!」
じゃあはいこれ、ととっても笑顔が素敵なトウヤくんから渡されたのは一枚のトレーナーカードだった。私イッシュのやつ持ってるんだけど、なんて言えばカントーやジョウトじゃイッシュのカードは使えないんだと当然のように言われてしまった。
「とりあえず…ありがとう、トウヤくん。」
「いえいえ。じゃあ俺はいくね。バトルサブウェイ、予約しちゃってるし」
「バトルサブウェイ?…あぁ、ライモンのやつか」
「そうそう!あ、一応研究所まで近いけどお迎えが来るはずだから待っててね」
「あい分かった!…っていうかなんでお迎えなんて…?」
「アララギ博士から頼まれて、パスカ姉さんはオーキド博士宛の文書をお孫さんに渡したでしょ?」
「あ、うん。ナナミさんに渡したよ」
「実はあれには姉さんがカントーに帰るって書いてあって、それをとある人に言ったら迎えにいくって聞かなかったらしいよ」
誰だよ、そいつ。新手のストーカーか。それを問えば会えばわかると簡単に流されてしまった。なんたか異様に悔しい気がしてならない。まあそんなこと口がさけるくちーずになっても言わんが。
「じゃあ、ちゃんと待ってるんだよパスカ姉さん。」
「子供じゃないから大丈夫だよ。…てかトウヤくんのほうが年下でしょ」
「俺はパスカ姉さんより精神年齢が上だからね」
「うわ、なにそれ」
「そのまんまの意味だよ」
こんな感じの不毛なやりとりが続く。こんなことをしていると何だか昔に戻ったみたいで楽しかった。こうやって馬鹿みたいに皆でわいわい言いやって、最後には笑って終わるんだ。今日もきっと、そう。
「…じゃあ、パスカ姉さん。またね」
「…あれ?笑ってくれないんだ」
「別れに悲しみは付き物でしょ?」
「…そう。じゃあまたね、トウヤくん」
全部終わったらまたイッシュに戻ってきなよ、と言い残しトウヤくんは颯爽と疎らに雲が広がる空へと消えていった。
戻る気満々な私にとって帰ってきていい宣言は結構うれしかった。モンスターボールからジュペッタを出し抱き上げて、自然に上がった口角を隠す。僕をそんなことのために出すなよ、的な視線を受けながらそのお迎えとやらを待つことにした。
始まりに相応しい、ぽかぽかの春の終わりのことだった。