遅くなった再出発へ、
翌朝、心の整理がついたのでアララギ博士に報告しようと思い部屋を出た。ポシェットにポケモン達とお金、トレーナーカードなどをいれ、部屋を簡単に片付けてから。きっともう、部屋に戻ってこない。なんとなくだけどそんな気がしたからだ。
アララギ博士のもとへ向かう足取りは当然のごとく重かった。いったい博士はどんな反応をするのかなぁ。怒られるか泣かれるか…、まあアララギ博士のことだから泣きはしないだろうけど。でも怒られても泣かれても、この決断は変わらないんだ。私は約束を果たしに行かなければならない。遠い昔の、霞みかけたあの約束を。
やがてアララギ博士がいる研究室へつく。中からはベーコンハムトーストと思われるおいしそうな匂い漂っていた。
ノックをし、部屋の中へ入る。そこでは、アララギ博士が真面目な顔をしながら椅子に座って、私のことを待っていた。私に気付くととりあえずご飯食べちゃいなさい、というのでそれに従い席へ着いた。
トーストに口をつけ、ゆっくりと味わいながら食べる。そうしてすべて異の中に送り込むと私は下がっていた顔を上げ、アララギ博士の方へ向けた。
話すタイミングが来たのだ。聞く準備なのか、アララギ博士は目を閉じている。きっともう、私がこれから何を言うか、何をするのか、全部分かっているんだ。でも、知っているんだからっていって説明しないのは卑怯すぎる。だから私は、この口で、今まで見守ってくれた人に伝えなければいけないのだ。3回ほど、大きく深呼吸した後、私は伝える決意をあらためて固めた。
「…あの、アララギ博士。私から、大事な話があるんです。」
「…ええ。いいわよ」
アララギ博士はいまだに目を閉じたままだ。きっとそのまま聞くつもりなのだろう。私はそれを気にせず、話を続ける事にした。
「あの、ですね…私、昨日ナナミお姉ちゃんにオーキド博士宛の手紙の入った封筒を私にいきましたよね?…その時、ナナミお姉ちゃんからあいつがPWTいるっていう話を聞いたんです。」
「そう…。それで?」
「はい。…その後に誘われたんです、ナナミお姉ちゃんに。カントーに、戻ってこないかって」
「…そうなの。」
アララギ博士は驚かなかった。あのときのおじいちゃんと同じだ。…博士をやると何かを察する能力上がるのかもしれない。いいなあ、博士。なんだか便利そうだ…なんて馬鹿げた思考を捨てて、再びアララギ博士に向き直った。
「それで昨日、ずっと考えたんです。どっちが最善の選択なのかって、どっちがこれから歩む道の正しい道なのかって」
「……」
「そうやって弾き出されたのは、私が無意識にずっと逃げ続けていた道でした。私はこの道を、選ばなければならない。だから私、約束を果たしにカントーへ戻ろうと思うんです。」
目を逸らさずに言い切る。
だってこれが、考えぬいた末の私の決断なんだから。
「…その選択に後悔はない?」
「…ないって言ったら嘘になります。だけど…、だけどここでまたあの時みたいに逃げたらもう戻れない気がするんです。このチャンスを、逃しちゃいけない気がするんです。」
「……」
「だから、だから私はっ」
「…パスカ」
「…え。」
気がつけば私はアララギ博士に抱きしめられていた。その温もりはお母さんが昔、抱っこしてくれた時のものに限りなく似ていて。嬉しかったからなのか、懐かしかったからなのかはわからない。でも、目からは自然に大粒の涙が零れていた。
「アタシはパスカが自分で決めたのなら、怒りもしないし止めもしないわ。…でも、ひとつだけ聞いてちょうだい。」
「…はい。」
「きっとあなたはこれから進む先で大切な"もの"を見つけるわ。…でもたどり着くまでにさまざまな悲しみを背負うはずよ。だけど、恐れないで。」
あなたが振り返れば、これまで歩んできた道の軌跡にあなたを助ける光が残っているから。
だからあなたがここにいた時間が無駄じゃなかったってことを証明するためにも、思い出をその手にありったけ抱えてしっかりと飛び立ちなさい。
私達はいつでも、あなたの支えになるから。
「…わかった?」
自信満々に話したアララギ博士。
その言葉にはなんともいえない説得力があった。
頷く他に、いったいどう返せばいいのか。私には分からなかった。だから簡単な返事しかできないが、その言葉に今までの感謝を限りなく込める。
「…っはい!!」
「あ、でも迷ったらちゃんと戻ってくるのよ!いつでもここで、今はいないけどベルと一緒に待ってるからね!!」
「分かりました!!」
「それで、いつカントーに行くの?」
「今すぐにでも行きたいんですけど…チケットが取れたらで。とりあえずこれからヒウンでポケセンにでも泊まってキャンセルが出たらすぐ出発ですかね?」
「それなら今、行かせてあげるわよ」
「…え?」
今、アララギ博士はなんと言った?今行けるって…、決意が揺るがないうちに行けるのは嬉しいがいったいどうやって行くというのだ。それが気になったので、どういうことですか、と問いかけた私の声は窓の外で起こった強風の音にかき消された。
「…来たみたいね」
「…へ?」
「迎えよ迎え!!カントーに行くんでしょ?」
ささっ早く早く!!と押され研究所から出される。先ほどの強風はどこへやら、お出かけ日和の空の下に現れたのは、
「久しぶり、パスカ姉さん」
「…トウヤ君じゃない」
くそでかい伝説ポケモンに乗ったトウヤ君でした。
「…どうしたの、そのでっかいポケモン。」
「ああこいつ?こいつはゼクロム。一応伝ポケらしいよ」
「へぇ…」
なんかいつの間にか大きくなったなぁ、トウヤ君。…身長は私よりも低いくせに。
「じゃあパスカ、行ってらっしゃい!!いつでも帰ってくるのよ!!」
「…あっはい!!」
いけないいけない。別のところに思考が飛びかけた。とりあえずゼクロムによじ登ろうとする。しかし、上がれるわけがなくずり落ちた。…これ、結構痛いね。
こんなことをしばらくやっていると少し苦笑いしながらトウヤ君がはい、と手を差し出してくれた。それをありがたくかしていただきゼクロムの背中に乗った。
じゃあいくよ、とトウヤ君の一言があった後、私達の身体は勢いよく空へと上がった。
下で大きく手を振るアララギ博士。
休むことを知らずにクルクルと回り続ける観覧車。
仕事尽くめのアイドル達。
旅を続ける新米トレーナー達。
せっせと観測を続ける助手のあの子。
全ては私をこのイッシュで生かしてくれた大切な存在。
だから、私は
「…いってきます!!」
この地にまた戻ってきたいって思えたんだ。
あの時とは違う物語が生まれる。
無数の可能性の中の1つが選ばれてゆく。
そうしてできたこの道は
私達の人生であり
私達の生き様なんだ。
彼女の物語は、再び動き始めた。