心臓に一番近い世界1 | ナノ


時は昼を回った頃だった。
まだまだ日は高い頃合い。
空の色が変わり始めるまでには、まだ長く掛かるだろう。
場所はスコールの世界の断片。ホームと呼ぶ深い森の1画。
通常、水場としている泉が、テントを張った場所から少し離れたところにあって。
ジタンは今、仲間達と手合せの後の汗を流しに来ていた。
汗を流す、という意味で水浴びをするのであれば、通常は個々に浴びるものだったが、まぁ偶には、こんな日があっても良いだろう。
ジタンは泉の岸に腰を降ろし、具足を外してパンツの裾を捲り上げ、膝下を水に浸けてから後ろにひっくり返った。
暑っちぃ〜〜…。
首元まで締めた上衣の首のところを摘み、引いて閉じてを繰り返して中に風を送る。
気候は穏やかで、優しい風が流れていた。
足の方、泉の中程では、早速仲間達の内、騒がしい組…自分を除くと、バッツにティーダなのだが、彼らが水の掛け合いだの、倒し合いだのを始めて。
ジタンは起き上がってその様子を眺め始めたが、2人とも濡れても良い格好であるにも関わらず、本気で自分より相手の方をずぶ濡れにしようとしていて、笑いながらも目がマジになっている。
実に大人気が無く、ジタンは思わず笑ってしまった。
ふと、左手を見渡すと、笑っているのは自分だけではないらしく。
やはり濡れても良い装いとなった他の仲間達が、こちらは巻き添えにならぬように岸から降りぬまま、2人の水の掛け合いを見て笑っては野次を飛ばしていた。
その野次を笑って嬉しがれるのがバッツ。真に受けて向かっていくのがティーダ。
勿論、口元は笑っていたので本気で真に受けた訳ではないだろうが、先程より更に目がマジである。
ティーダはバッツに…わざとなのだろうが…引き倒され、水に沈む。
やんやの掛け声に答えていたバッツだが、ティーダが勢い良く立ち上がったのは、引き倒されたその場所ではなく、ジタンと同じように水に足を浸けていたオニオンの前で。
水の掛け合いで若干濁った水がティーダを隠したか。
もとより、水中に関する事柄でティーダを出し抜ける奴は、仲間内には居ないだろう。
…気配を察することが出来る奴は居るが、オニオンに誰も警告しなかったことを考えると、奴等もそれなりに面白がっているらしい。
「捕まえたっスよ!」
「うわ、うわわわ! な、何だよ、放せよっ!!」
いきなり現れたティーダに驚いて硬直したオニオンを、ティーダはがっちり捕まえていた…と思ったら、次にはオニオンは、泉の中程上空に放り投げられていた。
盛大な悲鳴の一瞬後、派手な水しぶきが上がり、近くにいたバッツがまともに水を被って、慌てて避難していく。
「うっし! 仕返し成功!」
オニオンは武器かっつの。でもナイス!
ジタンは腹を抱えて笑いながらそれを見ていた。
落ちた際の波紋が全く収まらないうちに、水の中からこれまた盛大にしぶきを上げて勢い良くオニオンが立ち上がった。
憮然として、岸にいて笑っている仲間達を見、立ち上がったのと同じ勢いで岸に取って返すと、岸近くに居たセシルの手をむんずとつかんで引き摺り込もうとし出した。
表情がムキになっている…というよりはもうやけくそである。
流石にオニオン1人でセシルは引き摺り込めないのだろう。
セシルの身体は完全に岸に乗っていて、「手を引っ張られてあげている」といった感じである。
「はは、オニオン止めてくれ、僕泳げないから」
そんなこと言うとヒートアップするぞ〜。
と、ジタンが思った通り、是非とも溺れさせるつもりなのか、ますますムキになって、オニオンは手を引っ張り出す。
周りから「頑張れー!」なんて野次が飛び出した頃、オニオンが叫んだ。
「もうっ、誰か手伝ってよ!」
「よしきた」
その声を了承したのは、意外にもスコールだった。
つい、とオニオンに手首を掴まれているセシルの背後に近寄る。
セシルは気付いてはいたが、オニオンを無下に振り払うと、水の中に突き落としてしまうことになる為…まぁ要するに万事休す。
「ちょっ、なんっ…! ま、待ってくれスコうわあ?!」
敢えなく水に突き落とされるセシル。これまた派手に水しぶきが上がった。
それでも落ちる際にオニオンを巻き込まないように身体を捻る辺り流石大人。
笑いながら見ていれば、勢い良く立ち上がったセシルを、してやったりな表情で見下ろしているスコール…を、いつの間にか後ろに忍び寄ったフリオニールが突き落とした。
押された勢いが良かったのだろう、悲鳴も出せなかったらしいスコールがセシルを巻き込んで水に沈む。
…そして2人同時に水を撒き散らしながら立ち上がった。
2人を深い場所へ引っ張って行こうとするオニオンを、2人は取り敢えず押さえて宥める。
「ちょっと待っててくれ、オニオン」
「ああ、あいつを水に放り込んだら溺れてやる」
そう言う2人は笑ってはいたが、そのフリオニールを見る目。獲物を見付けた狩人である。
2人に狙いを定められたフリオニールが、引きつり笑いをしながら後退りを始めた。
その肩を、クラウドがぽん、と叩いて掴んだ。
ナイスクラウド!
ジタンはにやりとしながら、膝に頬杖をついてそれを眺める。
「いや、あのな、クラウド…」
「観念しろ? な?」
にやり、とした笑みを口元に浮かべるクラウドの目も、フリオニールを泉に放り込まんと岸に上がってきた2人と同じそれ。
職業軍人3人相手にフリオニールが敵う筈もない訳で。
「いち」
「にー、のっ」
「せっ!」
楽しげな3人に手足を捕まえられ、宙吊りにされ…掛け声と共にフリオニールは水の上に放り投げられた。
ここ1番の悲鳴と水しぶきが上がる。
大爆笑しているのは、ジタンだけではない。
寧ろ岸から若干離れた場所に腰を下ろしているウォーリアは苦笑し、彼以外の全員が大笑いしていた。
やべぇ、楽しい。
上機嫌で、ジタンも水を足で蹴って跳ね上げる。
水の中に戻ったセシルとスコールに続いてクラウドも水に入って行って…。
少し身体を沈めて、利き腕を身体の横に、水面と平行に構えた。
逃げようとしたバッツとセシルを、ティーダとスコールが捕まえている。
水中に居たフリオニールが、勢い良く立ち上がった。
その瞬間を見計らって、クラウドが水面に構えた手を、水を巻き込みながら身体の横から反対側の横まで切る。
波かと思うような水しぶきが、水に入っている全員に被さるように掛かっていった。
「ぶはあっ! ちょっクラウド! 酷ぇじゃねーかどーやんのそれ?!」
「どっちだ、あんたは」
上機嫌で文句だか賞賛だか解らない叫び声を上げながら、水を掻き分けて近づいて来るバッツに、クラウドは面白そうに首を傾げる。
そのクラウドに。
「クラウドー」
岸からティナの声が掛かった。
見ればティナがウォーリアに後ろから…本人は捕まえているつもりなのだろうが、華奢なティナでは、抱きついているようにしか見えない格好で…くっついている。
羨ましい…!
まぁ当然と言えば当然かもしれないが、ジタンは胸中で絶叫した。
ティナが笑いながら言う。
「こっちにも水、お願い!」
「よし任せろ」
「な、に…?!」
「おー! やっちまえクラウド!」
ティナちゃんも言うようになったじゃんか!
この上もなく楽しい気持ちで、ジタンはクラウドに応援を送った。
バッツもクラウドの隣で、彼の真似をして構える。
2人して水を切れば、波の様な水しぶきが2重になってティナ達に被さっていった。
水が完全に地面に落ちた後には、今水に入っている者達と大差無くずぶ濡れになったティナとウォーリア。
笑い声と共に何故か拍手が上がった。
ジタンも拍手を送りながら、しかし今度はウォーリアと同じ様に苦笑して、クラウドとバッツに苦情を言う。
「おいおい、俺も巻き添えになったじゃんか〜」
俺服脱いでないっつの、と言いながら、頭を振って髪に着いた水を払う。
被った水の量は大したことはないのだが、中途半端に濡れて気持ちが良くない。
「ジタンは入らないのか?」
苦情を言った横合いから、フリオニールが声を掛けてきた。
「ティーダが尻尾の生え際がどうなってるのか見たいっつって襲い掛かって来るから遠慮しとくよ」
ジタンは笑って答えた。
嘘では無い。それこそ、髪の生え際がどうなっているのか見せてくれと言われた時と嫌さ加減は同じ…要するに、嫌だと思う気持ちの大きさは大したことは無いが、一応嫌である、と。その程度ではあったが。
それでも、それを口実に、ジタンは皆との水遊びを辞退した。
水遊びをしたいとも思わない。
それは、ガキ臭いだとか、そういうことではなく。
皆と遊びたくない、ということでもく。
単純に、身体を見せたくない。ただそれだけの話だ。
見せられる身体なら皆と遊べたのに、という口惜しさは、無い。
口惜しさすら込み上げて来ない程に、見せられない身体を持っている、という意識が深く根を張っていた。
「俺は水浴びは静かにしたい派なんだよ〜」
「気取りか?」
「そんな感じ」
スコールの呆れたような声音に、ジタンは笑いながら頷いた。
多分、今更…とか思っているのだろうが、こればっかりは我を通させて貰う。
濡れた服を、皆が遊んでいる間に着替えてしまおうと、ジタンは水から足を引き抜こうとした。
そこでふと気付いた。
…ティーダが居ない?
見れば、気配の読める者数名が、笑いを堪えているような表情でこちらを見ていて…。
やっべ…!!
気付いたジタンが逃げ出そうとした一瞬前に、ティーダが目の前に水を跳ね上げながら、いきなり水中から姿を現した。
一瞬硬直していたオニオンの気持ちが良く解る。
ジタンは引きつり、次の瞬間には逃げ出そうと身を翻した。
…遅かった。
尾を捕まれて引き戻される。
「今度こそ観念しろ〜!」
「レディの前で尻尾の生え際何て見せられる訳無いだろ!」
「別にティナの側でなけりゃいいじゃないっスか〜!」
「いい訳無いっつの!」
引きずり戻されて、尚逃げようとすれば、岸に上がってきたティーダに背中からがっちり押さえ込まれた。
身を捩った拍子に身体が皆の方を向き、そのまま押さえ込まれて身動きが取れなくなる。
ジタンの顔から血の気が引いた。
背中側のティーダが、それを解る筈が無い。
「皆が遊んでるのに、自分だけ気取るとか、協調性無いっスよ〜!」
そういう問題では無い。
そういう問題では無いのだ。
ジタンは暴れた。それでも盗賊では、駆け出しと言えども剣士の力には及ばない。
革のベストが外された。
青の青い服と白のブラウスの釦が外される。
暴れるなんて生易しい言葉では表せない程、ジタンは全力で抵抗し悲鳴を上げた。
始めは面白がっていた仲間達も、尋常でないジタンの様子に、表情が変わっていった。
「ティーダ、止め――」
…。
ウォーリアの制止は一瞬、遅かった。

ティーダには見えなかった。
開いたブラウスの奥、ジタンの胸中央上部、喉の下。
引きつれた火傷の跡。
赤茶色で、たった1文字。

皆の目が見開かれる。
文字はジタンの世界で使われていた卑語。誰にその文字の意味が解った訳では無いのだが。
…成し遂げたことに満足したのか、急に抵抗が無くなった事を訝しく思ったのか。
押さえ込む力を緩めたティーダを全力で跳ね除け。
ジタンはその場から逃げ出した。

「ジタン!」
バッツが反射的に水から上がり、濡れた薄手の装いのまま裸足でジタンを追った。
慌てて後を追おうとしたティーダを、行くな! とクラウドが止めた。
…。
…深…と。
先程の笑い合う声が嘘の様に、辺りが静まり返った。
「…何故逃げる必要がある…?」
訳が解らない、という表情で、スコールが誰にともなく言った。
セシルが応じた。それは問いに対する答えではなかったが。
頭を落とし軽く首を横に振る。
小さく、呟いた。
「…馬鹿だな、ジタン…」
「ああ…」
その呟きに応じたのはフリオニールだった。
ジタンが、バッツが走っていった方向を見つめたまま、痛ましいものを見てしまった表情で。
「…逃げなければ…解らなかったのに…な…」
皆の間を、夕刻を知らせる風が、1陣だけ吹き抜けていった。





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