風の吹く場所 | ナノ


飛龍の山、と言うのだ、と。
バッツは空間の歪みを経て辿り着いた、懐かしい風の吹く山で、皆にそう笑いかけて背を向けた。
ひりゅう…?
騎獣にする龍のことだよ。
乗れる龍?!
この山に居るのかな?
等々…。
仲間達の声を背中で聞き、バッツは自分の世界の断片へ向けられた仲間達の興味を嬉しく思った。
軽く。辺りを見渡してみる。
足元の広く平らな山道は、丈の短い下草で覆われ、片側…今、前方としている方が切り立った崖になっていて。
もう片方…今背にしている方は先程出てきた空間の歪みで、不自然に霞が掛かりぼやけて揺れていた。
曖昧な記憶を正しいと仮定するなら、この空間の歪みのある場所は、本来なら直角に切り立った断崖絶壁だった筈だ。
すう…と息を…風を吸い込んで感覚を澄ましてみる。
…幸い、敵の気配はどこにも無い様子。
よし! と、バッツはいつも通りの快活な笑顔で皆に振り返った。
「敵も居ないみたいだからさ、ちょっと此処を探索してみようぜ?」
その声に、敵の気配が解る戦士達は、おのおのでバッツと同じ様に敵の気配を探り…。
ややあって、敵は無しと判断したか、皆一様に頷いた。
敵が居ないんだったら!
と、声を上げたのはティーダで。
個人行動アリっスか?
なんて。目をきらきらさせているティーダに、バッツは吹き出す。
そうして、ウォーリアに向かい、言った。
「偶には許してやっか?」
ウォーリアはバッツの問い掛けに、珍しく思案無しで同意し、軽く頷いた。
我々が1つところに固まっていなければ、大丈夫だろう。と。
その言葉を聞いて、歓声を上げる年若い戦士達に、バッツは「羽根、ちゃんと伸ばして来いよ」と、屈託なく笑った。
続けて「ああ、それから!」と、声を上げる。
「1つ注意事項。花の咲いている草は踏んだり触ったりしちゃ駄目だぞ? 猛毒持ってっから」
その注意には、皆、きちんと真面目な顔をして頷いてくる。
そんな仲間達をバッツは「知った世界だし。俺はここで待ってるよ」と、いつもの快活な笑顔で、手を振って送り出したのだった。

…。
皆の背を送り出し…
バッツはその快活な笑みを、ふ…と消した。
別に何を思った訳でもない。
ただ表情を見せる相手が居なくなったから、表情を表す必要が無くなっただけだ。
ゆるりと踵を返し、皆の行った方向に背を向ける。
左手に、霞んで揺れる歪んだ空間の歪み。
右手には崖。
崖の向こう側は、白い雲が転々と連なる一面の空が広がっていて。
その下、遥か下方には、豊かな森が生い茂っていた。
森は山脈の間を海の様に広がって、彼方まで続いており、森の切れ目から先は、緩やかな川が流れる平原が続いていて…。
彼方の平原は、その切れ目辺りで空と同化して霞んでいた。
…その付近に、城と思しきものが見えるのは気の所為だろうか。
彼方には鳥の群れが飛んでいた。
緩く冷たい山の風が吹いていた。
前方へと顔を向ける。
向こうに見える山道の突き当たりには、洞窟の入り口があったのだが、その入り口は断崖絶壁と同じ様に、靄が掛かった様な朧気な姿で。
空間の歪みで、この世界は寸断されているのだ、と、改めて思い知らされ、バッツは半ば呆れた様な心持ちで溜息を吐いた。
その洞窟よりもこちら側。
バッツの足元から数歩の場所。
そこに、幅の狭い崖が口を開けていた。
向こう側に見える山道とこちら側を、杭に打ち付けられた縄が結んでいて。
バッツはふと、目を細めた。
この縄には見覚えがある。
確か、向こう側の杭は、俺が打った。
…しかし…と、バッツは思う。
何故打てた? …と。
この場所の記憶はあっても、その他の思い出が酷く曖昧で、思い出せない。
…縄を渡す為には、こちら側にも人が居なければならない筈だ…。と、バッツは考える。
しかしこの崖の幅は、狭いとはいえ、人が飛び越えられる距離ではない。
そもそも、飛び越えられる距離ならば、わざわざ縄を打つ必要は無い。
…ここで何があった?
…誰が居た?
俺は誰と一緒だった?
「…っ痛…」
どくん、と眉間が痛んで、バッツは顔を歪める。
そうして、思い出すことを諦めた。
…今、此処で過去、何があったのかを思い出せないことで、何か支障が出る訳でもない。
バッツは割合あっさりと縄や杭から興味を失い、体を右手の崖の方へと向けると、その場に腰を下ろした。
片膝を上げ、その上に片腕を投げて。
冷たく緩い風が真正面から吹いてきて。
乱された前髪を払う為、バッツは1度だけ頭を振った。
…バッツは通常、去るものに頓着しない。
旅の道中で出会った仲間でも、去るものは追わない。
置いて行くものに対しても。
…何故か。
それは信用しているからだ。
今別れても、旅を続ける限り、またいつでも出会える。と…。
その信頼が、バッツを風の如く、1つ所へ止まらずに先へと進ませている。
留まらない限り、出会い、別れた者にはまた何れ会える。
…バッツが恐れる別れは唯1つ。
死別。唯それだけだ。
しかしそれさえ、死者には、自分が死ねば会える、という意識が根底にある。
だが死んでしまったら、今度は生きているもの達に会えなくなりはしないか。という不安も抱いていて…。
それがバッツに、自分であれ他人であれ、死を恐怖させている。
死別でないのなら…また何れ会える。
その信頼が、素っ気ないとも取れるバッツの執着の無さを可能にした。
先程の縄にしてもそうだ。
そのうち思い出すだろう、という意識が、バッツにその場での興味を失わせる。
そんなバッツだが、今のこの、継ぎ接ぎ世界で出会った仲間達と自分の未来には、若干の恐怖を抱いている。
聞けば、皆別々の世界から此処へ来たと言う。
ならば皆がそれぞれ元の世界へ帰った暁には、いくら旅を続けようと、もう2度と会えないだろう。
…死んだって会えないかもしれない。
別れを恐れるスコールの気持ちが解ったような気がしないでもない。
…しかし声高に、嫌だ、と、怖い、と叫ぶ程に、その別れが自分の心に傷を残すようには思えなかった。
そうやって抵抗を示すには、バッツは死別を経験し過ぎていた。
その詳細を、もう殆ど覚えていないけれど。
きっと。多分。
沢山、死別れてきた。
…だから。
「…人生、1回はそんな経験もアリだろ」
少々…来るものは拒まず去るものは追わない広大なこの世界を旅し過ぎたかもしれない。
世界に、影響され過ぎたかもしれない…と。
バッツは自分の独り言に苦笑した。
そうして…それも良い、と、思い直す。
…愛し合うものは似てくるのだ…と、以前、誰かが言っていた。
世界がどうかは解らないが、少なくとも、バッツはこの世界を愛している。
…愛したその世界に似るなら、悪くない。
…何れ還ることになる世界に似るなら、悪くない。
自分は今、ここに居るけれど、風が巡り、また同じ場所に吹く様に、世界から生まれた自分が、また世界へと還ることになるのなら、今は唯、それだけで良い。
悪くない。
…悪くない。
…と…。
「バッツ」
唐突に。
横合いから声が掛かって。
バッツはひくり、と、肩を跳ねさせた。
…少し…気を抜きすぎたかもしれない。
仲間の接近に気付けなかった。
バッツは、は、と。
反射で、無表情な顔を声のした方に振り向けてしまい…。
そこに、常日頃共にいるスコールとジタンが、自分の表情に驚いて立ち尽くしている姿を見止めた。
僅かに…。ほんの僅かに。
バッツは目を見開いて息を飲む。
…そうして…ゆっくり。
ゆっくりと…その表情を苦笑に移行させていった。
「…どうした? もういいのか?」
やっとその言葉が出たのは、その言葉を掛けるべき時期を、やや逸脱した時だった。
2人はその問い掛けには答えず、互いに顔を見合せる。
バッツは困ったような笑みを浮かべると、2人から視線を外し、再び、遠くの空を眺めた。
鳥の群れは居なくなっていた。
2人が、立っていたその場所に腰を下ろす気配がして。
「…どうした?」
ジタンが訊いてくるのを、ぼんやりと聞いた。
「…や。どうもしてねぇよ?」
お前達こそどうした? と。
もう1度言ってみれば。
「…どこかに行ってしまいそうな様子だったから、声を掛けた」と…。
スコールから返答があった。
バッツは困ったように吹き出した。
そうして、言った。
「旅に出て面白い世界なら行くかもしれないなぁ。けど、この世界じゃあそんなことも言ってられないだろ。安心しろ〜?」
「あんたは…風だ」
再び。
唐突に。
スコールが言ってきた。
バッツは目を丸くしてスコールを見る。
スコールはこちらを、見辛そうに見てきていた。
そして言った。
「放っておくと、何処かに流れて、帰ってこないような感じがするんだ」
…偶に…だが…。と…。
言い訳の様に言うスコールに。
バッツは目を丸くした表情を、ゆっくり…ゆっくりと。
表情の無いものに変えていった。
そうしてまた、彼方を見やる。
ジタンの声がした。
「お前が1人になりたがってるから、行くなってウォーリア達に言われたんだ。けどよ。遠くで見てたら、あんまりにも『どっか行きそう』感がするもんでさ」
バッツは内心舌を巻いた。
…気付かれていた。
だがまぁ、ばれてしまったのなら仕方が無い。
今は、自分がどこかに行きそうだと思わせてしまった仲間を宥めなければ。
「…参ったなこりゃ…」
バッツは投げ出していた方の手で、頭を掻いた。
そして言った。
「風ってさ」
その声に、2人は再び、顔を見合わせてからこちらを向いた。
バッツは肩を竦めた。「何で『風がある』って言えるのかって言うとさ。そこに吹いてるからなんだよな」
世界のどこかで吹いていても、今ここに吹いていなければ、「風がある」とは言わないだろう? と。
「そりゃあ…そうかもしれねぇけど…」
不服そうに言うジタンにバッツは苦笑を向ける。
「だからさ」
そしてその不服を無視した。
「俺を『風』って言うなら、俺はきっと、ずっと皆のところに居るさ」
「…嘘じゃないだろうな?」
スコールの低い疑いの声に。
バッツは、ああ…、と思う。
風は巡る。
いつかこの場所を離れても、巡り巡って、また元の場所に還るのだ。
…けれど死別は、そしてこの戦いに勝利した暁には。また再び逢えるかどうかは保証が無い。
だから無責任に肯定を示すことは…できない。
好いた仲間を不安がらせることは本意でない。
しかし嘘だけは吐きたくない。
…だから。
「…多分な」
そうとだけ言って、バッツは会話を切った。
顔を2人から逸らし、鳥の群れの消えた空を眺めやって。
…話し掛けるな、と…。
言外に拒絶をしてした訳ではないのだが。
2人は暫くバッツの傍に黙って座っていたが、ややあって、どちらともなく立ち上がると、バッツの傍を離れて行った。
2人の気配が傍から消えると、バッツは苦い苦い笑みを口元に浮かべた。
そして1言「…悪い…」と呟くと、両腕を枕に、仰向けに身体を倒した。
…空は、きっと手が届かない程に高い。
そんな空の下で、緩く、冷たい風がバッツを旅へと誘う。
「…っはは」
思わず苦笑して。
バッツは深呼吸をすると、軽く目を閉じた。
…故郷のことは、殆ど覚えていないのだけれど。
山に吹くこの風は、幼い頃から旅の空にて身体で覚えた、故郷の風と同じだった。







バトンに関する罰ゲームでございました。
日頃からお慕い申し上げておりますあさと様へ、罰バッツの贈り物なのですっ。
ちょとホームシック気味なバッツさんでございました。
あさと様あああぁ! こんなのでよろしければお納めくださりませええぇぇっ!

…DFFでバッツを知った方々から、「DFFバッツはこんなじゃないっ」という苦情を頂きそうな…(汗)
自分は4からこちらのキャラ達に対して、原作イメージが強過ぎるんだ…。
…。
…え?
原作もこんなんじゃないって?
…………。
正直済まんかった…orz


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