未熟な自覚 | ナノ


自分が子供だという自覚なら持っている。
オニオンは暗いテントの中で、もう何度目になるか判らない寝返りを打った。
そうさ一番子供さ。判ってるよ。そんなこと。
判ってるんだからさ、指摘なんかしてくれなくていいよ。僕が判ってることを知ってて指摘してくるなんて、無駄なことしてくれて。
無駄な指摘するよりも先に、やることがあるんじゃないの? 自分だって未熟な癖に!
苛々と全く寝付けないオニオンは、テントの天井を見上げて溜息を吐く。

事の次第は、テントの割り振りを決める時に起こった。
割り振りはいつも適当で、大体2〜3組に別れる。別れる方も適当で、いつも何となく決まっていく。法則性は何もない。…と思う。多分。
今日、オニオンと一緒だったのは、ティナとウォーリアだった。
それは良い。
だが、ティナがウォーリアと一緒ということに、ちょっとだけ嬉しそうな表情を見せたのだ。
…いや、それは仕方ない。自分は子供だ。自分より年下の男の子より年上の男性の方が、もしもの時に頼りになるのは当たり前だ。
しかもティナは女性だ。自分だってウォーリアと一緒なら何となく安心するというのに、ティナには自分を頼れと言うのでは自意識過剰・我儘に過ぎるだろう。
むっとした訳ではない。ちょっと淋しかっただけだ。
そして早く、ティナを、皆を護れるくらい強くなりたい、と、切に思った。
子供であることが悔しかった。
…そんな思いが、知らず、顔に出ていたのだろう。
後々で言って来たならまだ対処の仕様があったものを、直後、バッツが「お前はまだ子供だから」と言ってきたのだ。
いつもの通りの、ちょっと楽しそうな笑顔で。
どうせ僕が怒り出すことを期待してたんでしょ。おあいにく様。僕はそこまで馬鹿じゃありません、だ。
本当は言われた瞬間、頭に血が上ったのだが、意志を総動員して怒りを押さえ付けた。
そうして、「そうだね。特に精神年齢は君と同じくらいかな」なんて返してやったら、周りの皆は大爆笑していた。どうだ、ザマミロ。
…しかしそれでオニオンの気が晴れた訳ではない。
怒り出せば図星か、と益々からかわれただろう。
泣いてもきっと、後々からかわれ続ける。
オニオンには、その場を流すしか取れる手段が無かった。
それが悔しい。
子供の身では、やり返すこともできない。
場は流せても、怒りまでは流せない。
オニオンは、眠ることを諦めた。
起き上がり、2人を起こさないように、そっとテントを出る。
瞬間、こちらを見つめていたセシルと目が合って、心臓が跳ねた。
今日の見張りはセシルだったのか…。
オニオンは息をゆっくりと吐いて、気を落ち着かせる。
セシルが視線を焚火に戻し、何か始めたのを合図に、オニオンもセシルの前にある焚火に近付いた。
テントを張った場所は、ホームと呼んでいる森の一画で、今夜は弱い風が吹いていた。
セシルの隣に座る。
ややあって、すい…と、出されたカップに、オニオンは驚いた。
微かに、甘い香りがする。
…また子供扱いして。
そう言えば、初めての手合わせの際、セシルは僕に何て言った?
君の光はまだ幼い。とか。幼いだって。解ってるっての。そんなこと! 幼い子には甘いものって? 安直過ぎだよ!
そういった気持ちを込めて睨み上げたが、セシルはこちらに視線を向けカップを差し出したまま、自分でも口元のカップを傾けていて。
「蜂蜜は嫌いかい?」
なんて。思わずきょとんとしてしまった自分に訊いてくる。
「嫌いじゃないけど…」
言いながら、カップを受け取った。
半透明な乳白色の液体が入っていた。
「こんなの飲んでるの?」
仲間の、特に成人と言われる者達に甘い飲物というのは、どうにも違和感があり、思わず呟く。
セシルは直ぐに応えてきた。
「うん。見張りの人は毎回」
見張りの人は、どうあっても他の人より体力を使う。何せ一晩中起きていて、更に次の夜まで眠らないから。
だから、夜の間に少しでも疲れを癒しておきたい。
それで、栄養価が高く甘味の強い蜂蜜を、好みの味に湯で割って飲む習慣ができたのだ、と。
「見張りをする時には、オニオンに渡したのみたいに、ミルクは入れないけれどね」
その言葉にまたむっとする。だが、直後に、
「ミルクを入れると、眠くなってしまうから」
だからそれは眠れないで起きてきた人用、と、慈しむ笑みを向けられれば。
自然にカップを口元へ運んでいた。
一口、口に含む。
「あ、美味しい…」
呟いたオニオンに、良かった、と笑って。
セシルは小枝を火にくべた。
ぱちんと火の弾ける音がした。
「…眠れない人って、居るものなの?」
先程セシルが口にした「起きてきた人用」との言葉が気になって、訊いてみる。
「うん。結構いるよ」
返ってきた答えは、意外だった。
「君が回数は一番少ないな。今夜が初めてだから」
今夜は他にも…と、彼は続ける。
「さっきまでティーダが起きていたな。テントからは出て来なかったけれど」
「判るの?!」
見て居ないのに起きているかどうか判るものなのか。
驚いたオニオンに、セシルは頷いた。
「そうじゃなきゃ見張りなんてできない」
見えない位置にいる敵を察知出来なくては、と。
「だから君が起きていることも判っていたよ」
…だからテントから出た瞬間に目が合ったのか…。
そう考えて、はた、と思い当たる。
…自分は、見張りをさせて貰ったことが無い。
何度か名乗り出たこともあったが、「お前は眠った方がいい」とかフリオニールに言われていた。
その時には、また子供扱いされた! とか思ったけれど。
セシルはふ…と焚火から顔を上げた。
オニオンは、その横顔を綺麗だと思った。
「…僕以外にも、見張りを任されない人って、居るの?」
…応えは、無かった。
代わりに、
「済まない、起こしてしまった」
そんな言葉が聞こえて、それに応えるように
「相変らず、わっかりやすい気の張り方してるなぁ」
なんて、さっき正に自分が苛ついていた相手の声が後ろから聞こえ、慌てて振り返る。
バッツ、ウォーリアがこちらに向かい、歩いて来る。
フリオニールがテントから出て来ようとしていて、クラウドがそれを待っていた。
ウォーリアがオニオンに言う。
「ここにいたのか」
セシルの気の流し方が変わったのを感じ起きてみたら、君が居ないので少々焦った。と。
「あ、す、すみません…」
「眠れなかったんですって」
セシルが先程から視線を動かさないまま、ウォーリアに告げた。
オニオンは側まで来たウォーリアを見上げる。
…対話はしていたが、彼は対話相手を見ていなかった。
視線は、セシルが見ているのと同じ方向。
…いや。彼だけで無く…自分以外、全員…。
…敵…。と。オニオンは漸く悟った。
「バッツ。数は判るか」
クラウドがバッツに訊いた。
何でバッツ? と。正直思った。だがバッツは即答した、
「ふっつーのイミテーションが3体だな」
風があって助かったぜ、と。
何故風があって助かるのか、何故敵の出現、数まで判るのか。
オニオンには判らない。
「なら、戦闘するまでもないかもな」
フリオニールが呟き、弓に矢をつがえて、皆の視線の先、森の暗がりの奥に放った。
…敵に当たったようには思えなかった。
だが、4人は見つめていた先から視線を外した。
それを見てしか、オニオンは敵が去ったことを知れなかった。
「駄目だなぁ」
と。正に自分が呟こうとしていた言葉を、溜息混じりにセシルが言う。
「皆を起こさないように出来ない」
「起こして貰わなければ困る」
ぶっきらぼうに、だがセシルを覗き込むようにして応えたのはクラウド。そのまま背を向け、テントへ帰って行く。
その後をフリオニールが追った。
「そうだぞ、セシル」
と、笑いながら。
「うん、有難う。お休み」
釣られてなのだろうか。セシルも笑って見送る。
「オニオン」
ウォーリアが呼んだ。
「あ、はい…」
「夜は冷える。風邪など引かないようにな」
僅か、微笑んで。彼もテントへとその場を去る。
戻れと言われるかと思っていたので、些か面食らった。
「お。旨そう」
最後に残ったバッツが、オニオンの手の中のカップを覗きこんで言った。
「バッツも飲むかい?」
「おう! ミルク入れてくれよな」
「分かってる」
自分の隣に、バッツが勢い良く腰を下ろした。オニオンの目の前でカップが手渡しされる。オニオンは自分のカップに口を付けた。
ふんわりと甘く、温かい。
ふと…もしかして、と思う。
「ねぇ。バッツが寝てたテントって、あれ?」
差したのは、クラウドやフリオニール、ウォーリアが入って行かなかったテントで。
「そうだけど?」
何事も無かったようにバッツは応えた。
オニオンは、自分を挟んでバッツと反対側に座るセシルを見上げる。
「テントって、今日は3つ?」
「そうだよ」
やはりセシルも、何事も無かったように告げてくる。

オニオンは唐突に理解した。
守られていたこと。守られていること。それに気付かなかったこと。
夜だけではない。旅の途中でさえ。

例えば、ティーダ。
ティーダには悪いと思うけど、彼は10人中で最弱だと思う。でも、戦闘を経験したのがつい最近だというから、それは仕方ない。
…だからきっとフォローの為に、戦闘に慣れていて、今みたいに気配に聡い3人が共に行ったんだ。
何で3人なのかは、多分直情気味なフリオニールのフォローも兼ねてたんだと思う。
ジタンにはバッツが。スコールは途中まで1人だったって言ってたけど、ウォーリアが様子を見に行ったって聞いた。その後はジタンとバッツと一緒だったって。
僕達の場合は。
最初は2人だけだった。
でも、途中からクラウドが加勢に来てくれた。
勿論、意図しない出来事だってあったと思う。
彼等が守ろうと、助けようとした者に助けられたことだって沢山あっただろう。
それでも、概ね僕は…僕達子供は、彼等の庇護下に居た。
今も。法則性は何もないと思っていたテントの割り振りにさえ、彼等は自分達の目の届かない場所を作らない。

バッツが、セシルが、自分を子供だと、幼いと言った理由を、オニオンは今理解する。
子供という自覚はあった。
けれど正直、未熟という自覚はなかった。
未熟な自覚が無いことこそ、未熟の証であるというのに。
それでも、オニオンの子供な心は、それを認めたがらず、隣に居るバッツをちらりと睨んでしまう。
…だったら未熟って言いなよ。子供じゃなくてさ。
そんな、至らない心。
オニオンの視線に、バッツは笑った。
いつも通りの、ちょっと楽しそうな顔で。
「子供って言われたのがそんなに嫌かよ〜。悪かったって。怒るなよ〜」
言いながら頭をがしがしと撫でてくる。
聡い。と、思った。バッツは自分がバッツを睨んだ理由を判っている。
でも、それが子供扱いだっての!
再びオニオンが睨むと、バッツはやはり笑った。
「ジタンやスコールも嫌がるんだよなぁ」
俺寂し〜、何てふざけながら。
「相手を選びなよ、バッツ」
セシルが苦笑して、バッツから空のカップを受け取った。
「ごちそうさんっ」
言って、バッツ立ち上がり、セシルの頭をもがしがしと撫でてテントへ戻っていく。
セシルは苦笑して…しかし嫌がりはしなかった。

再び…辺りが静かになる。
オニオンはいつの間にか飲み干していたカップを、礼を言ってセシルに渡した。セシルは受け取ると、体勢を変えてオニオンの側の足膝を立てた。
その立てられた足に、オニオンは無意識に寄り掛かる。
セシルは無言で、手をオニオンの肩へ回した。
敵わない、と思った。
「…さっき、君が僕に訊いた質問だけど…もう答えなくても判るね?」
他にも、見張りを任されない人はいるのか。オニオンは確かそう訊いた。
本当に聡い。敵わない。
理詰めでは敵わない。
だから…悔しかったけれど、頷いた。
肩をぎゅっとされた。
誉められたのだと、何となく解った。


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