今は | ナノ


戦闘している時の身のさばき方が、踊っているように見える、と。
何だか仲間に良く言われる。
黒姿でも。白姿でも。
セシルとしては、踊っている意識等全く無い。寧ろ戦闘中に、身体のどこをどう動かすかなんて、意識すらしていない。
黒姿の今も、身体の動き等全く意識はしていない。
慣れた呼吸で、何千万と繰り返して来た足運びをするだけだ。
「足が甘い」
「あ痛!?」
型がきちんと出来ていて無駄が無いからそう見えるのだと、ウォーリアやクラウド、スコールに言われた。
だから一見舞の様に見えて無駄が多く思われるが、実際には無駄どころか隙も無く、攻めあぐねる、と。
「足、気にし過ぎ。左腕が遊んでいるよ」
「ぅわっ!?」
仲間にそう言われた時に、セシルは誉め過ぎだ、と、全力で否定した。
自分の技量は自分が一番良く解っている。と。
まだまだ未熟。己に対してのそんな思いは皆同じようにある筈。
だから稽古なんて頼んで来るのではないのか。
セシルは自分に対して剣を振る赤い騎士の、防御が疎かな部位を細剣の背で軽く打ちながら思った。
「背中。隙だらけ」
「だっ?!」
自分だって誰かに稽古を付けて欲しい。と、セシルは切に思う。
しかし実力の近いクラウドは得物の種類が違い過ぎるし、実力が遥か上を行くウォーリアは戦闘スタイルが違い過ぎる。
その上両者とも天才気質で、人にものを教えるには向いていない。
自然、自身で自身を磨くか、実戦に近い形で2人に手合せを依頼するかの2択になる。
…自身の身の運び方を意識して鍛練すれば、今よりも少しは強く成れるだろうか。
しかし、実戦でそれが出来る程甘い相手はここには居ない。
ウォーリアやクラウド相手の場合には、身の運び方等考えていられない。
しかしだからといって、「身の運び方を意識しながら戦えるから」等という理由で他の仲間に相手を願うのは、礼を欠くにも程があるだろう。
…強くなりたいのは、何もウォーリアを越えたいだとか、兄に証明するだとか、そういう気持ちからではない。
戦闘での強さは、そのまま精神の強さだと思うからだ。
力を身に付けたなら、同じだけの強さを持つ心が身に付くのではないかと、切に願うからだ。
手に入れた力を制御し、身の内に留めて使いどころを判断し、誤りは誤りと立ち向かえる強靭な心が。
以前の自分は、それを持っていなかった。
為、何人も斬った。
記憶では覚えていなくとも、手が、身体が、心がそれを覚えている。
今も、強く心を持てているかと問われれば自信が無い。
だが、心など、どう鍛えれば良いのか解らない。
故に、物理的に強くなろうとする他、取れる手段が無い。
セシルは自分に背を打たれ、地面につんのめったオニオンを見下ろしながら、面甲を、兜を外し、こっそり溜息を吐いた。
「セシル、気が乗らないならそう言った方がいいぞ」
木に寄り掛ってこちらを見ていたフリオニールが、セシルの溜息を見止めて、苦笑混じりに言った。
「はは、そういう訳じゃないんだ」
見止められてしまったことが気まずくて、セシルも苦笑して返す。
瞬間、がばっと身を起こしたオニオンが、セシルを睨み据えて叫んだ。
「嫌なら何で引き受けたのさ?!」
「ちょ…オニオン、叫ばないでくれ、嫌なんて言ってないよ」
ここはホームと呼ぶ森の外れ。
木々もテントを張る場所と定めた森の奥深くよりはまばらだ。
…当然、見通しが良い。
戦闘区域よりもイミテーションは少ないが、居ない訳ではない。
見つかることを恐れ、セシルは兜を放り出して慌てた声を上げた。
オニオンも賢い子だ。
はっと自らの口を押さえ、「…ごめん」と呟いた。
セシルは離れて見ているフリオニールと視線を合わせる。
敵の気配は…無い。
ほっと息を吐いて、セシルは束ねていた髪を解きつつ、オニオンに向き直った。
オニオンは、今度は大きな声を上げはしなかった。
…だが、完全に不貞た様子で、地面に胡坐をかいていた。
「…鍛練中に僕が声掛けたのが不満だったんだ?」
セシルは思い切りの苦笑を浮かべて「違うったら」と言いながら、オニオンを立たせようと近づいて手を差し出した。
オニオンは素直にその手を取って、立ち上がる。
立ち上がって、言ってきた。
「でも、何か不満に思うことがあるんじゃないの?」
だからさっき、フリオニールが「気が乗らないなら」なんて言ったのではないのか、と。
実際に溜息を吐いたところを見られた訳でもないのだが、問い詰められて言葉に詰まる。
ふい、と、空を見た。
…記憶は朧気だが、故郷の世界よりも、少し薄く感じる空の青。
「…セシル?」
離れた場所から、訝しげなフリオニールの声がした。
セシルは頭を軽く振りながら空を仰ぐことを止める。
フリオニールを、次いで、オニオンを見た。
ふ…と、自嘲気味に笑いを零す。
「少し…僕も煮詰まってしまって」
今よりも強くなりたいよ、本当に。と。
少々疲れた口調で呟いた。
続きを、と、少年を見下ろす。
彼もこちらを見上げていた。
「セシル、まだ強くなりたいの?」
「勿論。まだまだ全然足りないよ」
言って、離れた場所で樹に寄り掛りこちらを見ているフリオニールと、オニオンを見比べる。
「ん…」
「何?」
「オニオンはさ」
セシルは一歩下がり、オニオンの全身を見詰めた。
「身体に含む魔力や、扱う剣の大きさの割には、華奢だ」
言えば、自覚していたことなのか、う…と、声を洩らした。
「特に足。それと腰。だから自分で放った炎球の衝撃を受け止め切れなかったり、攻撃を外した後に大きな隙が出来るんだと思う」
「…先ず必要なのは、実戦練習じゃなくて、基礎鍛練ってこと?」
「端的に言えば」
セシルは落ち込んだ様子で言ってくるオニオンに、苦笑で答えた。
「ただ、あんまり鍛え過ぎても、今度は背が伸びなくなるから、その辺りの調節も含めて、これから見ていくからさ」
「それって」
オニオンが首を傾ける。
「これからずっと、僕の鍛練に付き合ってくれるってこと?」
「勿論」
もっとも、魔法に関することは僕じゃ無理だから、他の人を捕まえてくれなきゃだけど。と言えば、「やった!」と小声で叫びながら身体を屈めて両手に拳を作った。
そんな様子が微笑ましくて微笑を浮かべながら、ふ…と何気なくオニオンから目を話す。
…と。
離れた場所で樹に寄り掛かりながら、苦い苦い笑みを浮かべているフリオニールと目が合った。
「それで」
と、彼は言う。
「セシルはどうするんだ?」
フリオニールのその言葉に、
「あっ!!」
と、気が付いた様なオニオンの声がした。
「そうだよ。セシルはどうするの?」
「え、…え?」
「全く…」
酷く苦い笑みを微苦笑に変えて、フリオニールは樹に預けていた身を起こした。
そうして、その表情のままこちらへ歩みよってくる。
「セシルこそ煮詰まってたんじゃないのか? 自分の鍛練はどうするんだ?」
「それは…どうにかするよ」
フリオニールの言葉に、思わず斜め下に視線を逸らして答えた。
その視線の中にオニオンが飛び込んできて見上げてきたので、驚いて肩が跳ねる。
「もうっ! じれったいなぁ。自分で何とか出来ないから煮詰まってたんじゃないの?!」
その言葉に、心底情けない表情になっていたと思う。
「どうせセシルのことだから」
少年は言う。
「色々うだうだと考えて、僕らに手合わせの相手を頼むのはまずい、とか思ってるんだろうけどさ」
セシルは情けない表情のまま、オニオンを軽く指差してフリオニールを見た。
フリオニールは今度はからかう様な笑みを浮かべていて。
「当たりだろ?」
なんて言われてしまったものだから、オニオンを指差していた手が、手首から垂れてしまった。
オニオンは言う。
「それってセシル、水臭い以上に僕らに失礼じゃない?」
その言葉は心底意外で。
「え…何故だい?」
訊けば、
「だってそれって、『僕らじゃセシルの役には立たない』って言ってるのと同じでしょ?」
という、心外も心外な答えが返って来た。
「なっ?! だっ、ち、違う!」
ああもう、余り大声で叫べないのが疎ましい。
出して大丈夫だろうと思われる位の大きさの声で、全力で否定した。
するとオニオンは、苛立った表情を引き、今度は悪戯っ気のある表情を見せてきて。
「じゃあ僕が手伝う?」
…。
やられた。と、思う。
元々こういった掛け合いが得意ではないのだ。
セシルは額に手を当て…諦めた。
「…じゃあ…頼むよ」
「へへっ、任せてよ!」
力の抜けた口調で頼めば、オニオンはひょっと飛び上がって元気な返事を返した。
そして、使わなくなった細剣を借りてくる、と、ホームへ向けて走りだした。
「まさか両刃の剣でセシルをはたく訳にはいかないからね」
なんて、彼らしくて思わず笑ってしまう。
念の為、ホームの方向への気配を探った。
敵の気配は、無い。
ほ…と、息を吐いて、セシルはフリオニールを見た。
風が、彼からセシルの方へと吹き抜けた。
…フリオニールは、先程とは違う、真剣な表情をしていて。
「…フリオニール?」
「セシル」
呼ばれて、セシルは訝しげに首を傾ける。
「何だい?」
「セシルは俺達の中でも相当強いだろう。何故そんなに思い悩む程、今よりも強くなろうとするんだ」
心臓が。
ぎり、と軋んだ。
訊かれたくないことを問われた、と思った。
と同時に、目を逸らすどころか、思い切り勢い良く首ごと顔を逸らしてしまって。
やってしまってから「しまった…」と思い、口元を片手で押さえる。
フリオニールの苦笑が聞こえた。
「隠し事が下手過ぎだ、セシル」
本当に。よく言われる。
セシルは深く溜息を吐いた。
そうして、フリオニールに視線を向けて、口を開いた。
「正直なところ…」
…。
言葉に詰まる。
心を鍛えたい、が、その方法が解らないから、取り敢えず物理的に強くなろうとしている…と、答えるのは簡単だ。
だがもし、何故心を、と問われたのなら、何と答えればいい。
虐殺を告白するか? 流れに逆らおうとしなかった自分を? 戦争を経験し喪失を知る彼に?
…これだ。と、セシルは思った。
今の様に、もし、何故心を、と問われた場合に返答出来ない己の心の軟弱さや、罪を隠そうとする卑怯な、汚い部分が嫌なのだ。
嫌だから…大きく息を吸い…言おうと軽く口を開け…呼吸が溜息になって零れる。
それを数回繰り返し…思わず自嘲気味に苦笑してしまった。
何をやっているんだ、と思う。
沈黙に耐えかねて、セシルは首を振った。
「本当は…」
「いや、いい」
顔を逸らしたまま意を決して紡ごうとした言葉は、途中で遮られた。
驚いてフリオニールを見やる。
フリオニールは気まずそうに視線を逸らしていて。
「いや、あの…妙なことを訊いたみたいだな…済まない。言わなくていい」
その言葉に。
セシルは驚いた表情で、暫くの間、硬直していた。
ややあって…ふっと力を抜く。
僅か…多少無理をして…微笑んだ。
「…ありがとう」
言って、先程放り出してしまった兜を拾い上げ、ホームの方へ意識を向けた。
走ってくるあの子の気配がする。
賢い子だ。この話は早々に切らねば、恐らくこの空気を感付かれるだろう。
何が起こるか解らないこの世界だ。
青年に差し掛かったばかりのフリオニールにすら、他の子供達を庇護する側に引き入れてしまっているのだ。
他の子供達にも、彼にも、今以上の精神的負担を感じさせる訳にはいかない。
だから。
「いつか強くなれたら、必ず言うから」
それだけ言って、フリオニールの方を振り向いた。
フリオニールは、相変わらず視線を逸らしたままだった。
けれど。
「俺は、セシルは相当強くなったと思うけどな」
色々な意味で、と、付け足して、フリオニールが言った。
「だって、会話中にその兜で表情隠そうとしなくなっただろ?」
心臓が…跳ねた。
思わず足が一歩下がる。
フリオニールは頬に朱を上らせて頭を掻き毟った。
「…あ〜…何様だ、俺!」
ごめんな、と。
…。
義士は…フリオニールは結局、彼を見詰めて硬直したセシルから目を逸らしたまま、ホームに向けてその場所を後にした。
セシルは、義士が戻って行く方向から目を逸らせなかった。
少年が義士と擦れ違って、走ってくるのが見える。
が、少年が近づいて、視界から外れても、少年に視線を向けることが出来なかった。
「…セシル?」
「……オニオン」
「何?」
…僕は…まだ…強く…なれるよね…。
そう問えば溜息が返ってきて。
「強いのにその自覚が無い人って、みんなそう言うよね」
クラウドもそれ誰かに訊いてたよ、と言われて。
「そう…か」
苦笑して、やっとオニオンに顔を向けた。
多分、クラウドは自覚が無いのではなく、自分と同じように、自身に自信が無いだけなのだと思う。
…確認したことはない。
恐らく、確認することも無いだろう。
「始める?」
それでいいのだと思うことにする。
…少なくとも、今は。
一つ。息を吐いて。
セシルは再び兜を放り出して細剣を握り直し、開始を促した少年に笑いかけた。
「お手柔らかにお願いします、教官」
「あ、その呼び方気持ちが良いね」
上機嫌な彼に、思わず吹き出してしまう。
…気持ちは相変わらず軽くない。だが、それは表に出すべきではない。
…表に出さざるを得ない程、耐え難い訳でもなし。
取り敢えず、ホームに帰る前までには、ウォーリアかクラウドか、バッツかにひっぱたいて貰って、気分を締めよう。
セシルはそう考えながら、オニオンに向き直った。

「足が甘い♪」
「うわぁ?!」


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