「ごめんなさい」 | ナノ


スコールがらしくない乱暴な所作で、片手で髪を掻き毟ったのは、夜ももう更けてからだった。
ティーダはそれをぼんやりと眺めていた。
身体は酷く疲れていて、直ぐでも眠りたいのに、胃の辺りが熱くて、眠れない。
…昼間。秩序の聖域でフリオニールと手合せをした。
そして2人共フリオニールに負けた。
2人は1人づつ順番にかかっていったが、フリオニールは1人だった。
連戦になった筈だった。
始めにティーダ。その後にスコール。
…なのに2人共勝てなかった。
今。
ティーダは疲れた身体を横にもせずに敷布に座っている。
テントには4人。
自分とスコール、フリオニールに、セシル。
…薄暗い灯りのカンテラ。
フリオニールは自分達に付き合って起きていてくれたが、セシルは3人に背を向けて敷布に横になっていた。
…ティーダ達がフリオニールに敗れた後。
やってきたクラウドとセシルが手合わせを始めたのを横目に、ティーダはホームと呼ぶ森へと帰った。
彼らが同時に繰り出した初手の剣戟の、あの早さと重さ、音をティーダは覚えている。
暫く後、ホームに帰ってきたセシルとクラウドは口も利けない程疲弊していたから、多分、自分達より疲れていたんだと思う。
向こうを向いているので、眠っているのかどうかは解らなかったが、上になった脇腹が緩やかに上下しているのを、ティーダは視界の端に捉えていた。
…フリオニールは、身体をこちらに向けて座ってはいたが、顔は決して2人の方へ向けなかった。
身体の横に手を落とし、手の甲を敷布に付けて、手の中で胡桃を3つ、回していた。
フリオニールはその手に視線を落としたまま、顔を上げない。
もう寝ろ、とも言わなかった。
ティーダはスコールに視線を戻す。
義士と騎士は、もう既に楽な装いに成っていたが、ティーダとスコールは、武装もまだ解いてはいなくて。
スコールがふと、カンテラの弱い灯りでも判る、強い光を放つ目でティーダを見る。
「ティーダ、お前は悔しくないか」
突然掛けられた言葉に、胃の中が更に熱くなって、ティーダはスコールを見つめた。
「悔しくないのか?」
…。
言われて。
つきりと心臓に痛みを感じ、ティーダはそっとスコールから視線を外す。
そうして、自分の荷を引き寄せ、のろのろと武具を外し始めた。
…スコールが何を言っているのかは理解できた。
義士に勝てなかったこと。
連戦にさせても勝てなかったこと。
その義士は、兵士に勝てないことを知っていること。
その兵士と、今こちらに背を向けている騎士は互角であること。
…その2人よりも強い者が居るということ。
圧倒的な、実戦経験の差。
同じ戦士として。同じ陣営の仲間として。長く共に暮らしてきたけれども。
その実、仲間達の実力、その頂点と底辺には、それこそ埋められない程に決定的な差がある。
頂点は言わずと知れた勇者。
底辺は…自分。
…でも。
ティーダは肩当の金具を外しながら、スコールを見ずに告げた。
「…悔しがったって…仕方ないじゃないスか…」
スコールが。
僅かに苛立ったのが、彼を見ずとも解った。
「嫌な言葉だ…!」
吐き捨てるようなスコールの呟きに。
再び。
つきん、と心臓が縮む。
ティーダはますます俯いて、重い肩当を外し、荷に入れた。
そうして、肩当と同じくらい重い口を開く。
「…ブリッツにも、そういうことあるんだ…」
鈍い動作で、具足の金具に手を掛ける。
「…ブリッツ?」
訝しげなスコールの声に、ティーダは呟く様に答えた。
「俺、戦闘にボール使うだろ? あれを使ってやるスポーツでさ…」
ぱちん。
具足を留める金具が手の中で鳴り、ティーダは金具から手を離した。
…昼間見た手合せの光景に。
もう終わったというのに、息が詰まる様で。
ティーダはす…と目を伏せる。
「同じチームに凄ぇ上手い奴がいて…。そいつに届きたい、勝ちたいって思う」
でも、とティーダは言った。
「俺より上手いってことは、そいつが俺より上手く鍛えられる練習方法を知ってるってこと。相手チームの見方、勝ち方を知ってるってことッス…」
言いながら、思い出していたのは、まだ自分が下手だった頃のチームの面子ではなく、父親の顔だった。
「…試合は、焦ると負ける」
ティーダは、怒気を発するスコールを、いつものスコールらしくないと思いつつ、それでも目を合わせる気にはなれなくて。
相変わらず、目を逸らしたまま、具足を外した。
「相手が強いのも、同じチームの誰かが俺より強いのも、試合が始まったら仕方ない。試合の中で、自分が出来るだけのことや、強い奴を助けて動くしかないんだ…」
ぱちん。
手甲の金具に手を掛けた瞬間、金具が弾ける。
…手入れをしなければ…と、ティーダは頭の隅で考えた。
「悔しいって思ったら」
具足と手甲を荷の隣に揃える。
「その後どうにかするしかないんス。今どうにかしようとしたって、どうしようもない…」
…父親の強さは、初めから解っていた。
悔しくて、越えたくて、必死になって…。
でも、越えられる前に、奴は決して越えられないところに行ってしまった。
頑張ったって、どうにもならないことがある。
なんて、認めたくなんかないけれど。
こればっかりは、泣いても喚いてもどうにもならなかった。
…だから…。
…。
…自分だって戦士だ。スコールの気持ちは良く解る。
他の戦士に劣ることが悔しい。
勝てない自分に腹が立つ。
…でも、気付いたのが今じゃ、今はどうにも出来ないじゃないか。
「…本当は、スコールだって解ってるんじゃないのかよ」
「…何?」
武装を解き、ティーダはやっとスコールを見た。
相変わらず怒気を発していて、怖いと思わせる雰囲気だったけれど。
でも、目の光は大分弱っていたから、自分は間違っていないと自信を持てた。
「今はどうにもなんないって、スコールだって解ってるんじゃないんスか? いつもあんた冷静だったじゃないか。らしくないっスよ…!」
「ティーダ、お前――!」
スコールが叫びかけたその時、義士がやっと顔を上げた。
「…止せ」
静かなその声に、何故か…そして今更。
ティーダは彼と歳が1つしか違わないことを思い出した。
「スコールも武装を解け。…もう眠った方がいい」
「あんたは…」
スコールが苛立ちを隠そうともせずに言った。
「大して俺達と歳が変わらないじゃないか。何でこんなに差が出る――!」
「…叫ぶなよ。セシルが起きるだろ…」
その疲れたような言葉に、ティーダは横になっている騎士に視線を向けた。
「っもう起きてるだろ!」
叫んだスコールに、ティーダはびくりと身体を硬直させる。
確かに、いくら疲れていても、物音1つで起きだしてくる騎士が、これだけ叫んで起きて来ないのはおかしい。
だが。
「…セシル」
ティーダが身を乗り出し、騎士を呼ばわりながら上から覗き込んでも、騎士は目を開けなかった。
「…俺は、別に強さなんて、敵を倒せるだけあればいいと思うけどな…」
義士が呟き、ティーダの胃が熱くなる。
悔しい。
力の無いことが悔しい。
親父に勝ちたい。
ブリッツでは、もう勝負を着けようが無いから、せめて力だけでも。
出来るなら、辛勝ではなく、圧倒したい。
…本当に。
小さいころから、馬鹿にされ続けてきて、横に並ばせてもくれないで、自分を置いて行った偉大な父親。
戦闘面でも、力の強いあいつをぶんなぐって、認めさせてやりたくて。
でも、今。
義士には解って貰えない。
今は弱いのは仕方ないと思う。
けど、これから練習すれば…。
それなのに、義士は、勝てるだけの力以上はいらない、なんて言う。
スコールが叫ぶ。
「あんたは強いからそんなことが言っていられるんだ…!」
「お前も充分強いじゃないか」
「馬鹿にするな!」
「していない。本心だ」
「そんなに歳が離れている訳でも無いのに…!」
「…育ってきた環境が違うからな…」
その義士の言葉に、ティーダは騎士を覗き込んでいた体勢を戻し、義士を見た。
「戦争を経験すれば、強くなれるんスか…?」
…後々考えてみれば、相当不謹慎な発言だったと思う。
悔しくて、義士の気持ちを考えていられなかった。
こういうところが自分の弱さなんだと解ってはいたが、その時はどうにもならなかった。
「…戦争なら俺だって経験してる。でも一時だ。そんな短時間じゃ駄目なんだ」
スコールも、相当頭に血が登っていると見えて、そんな言葉を吐き捨てた。
強くなりたい。
ただ、それだけだったのだと思う。
「ずっと、窮地で戦い続けていないと…」
「怪我をし続ければ、痛みにも慣れられるんスか?」
「フリオニール」
2人の声が重なった。
…義士は…怒らなかった。
再び。視線を身体の横に垂らした手に向ける。
胡桃を回し始めながら言った言葉は、ティーダ達が望んだ返答…では、なかった。
「…もう…寝ろ」
その返答に、スコールは唇を戦慄かせる。
ティーダは強く唇を引き結び、未だ動きを見せない騎士を、再び上から覗き込んで、肩を強引に揺さ振った。
「止さないか、ティーダ…」
おざなりな義士の声は、無視をした。
騎士は、諦めたように長く息を吐き…目を開ける。
…その目は、ティーダを見ない。
「…もう寝なさい」
騎士が言った言葉は、義士と同じだった。
ティーダは震えながら身を引いた。
ティーダが身を引くと同時に、騎士は身体を仰向けにした。
その目はやはり、上を見上げたまま、こちらを見ない。
「…滅多なことを言うものじゃない…」
「セシルまで…」
理解して、くれない…。
そう言おうとした、その一瞬前に、騎士が口を開いた。
「…窮地で戦い続け、傷を負い続ける…。今が正にそうだろう? その辛さは解る筈だ…」
それとも、辛くないかい?
と問われ、反射的に「辛くなんてねぇよ!」と叫ぼうと息を吸い込んだ。
その僅かな間に、義士の静かな声が割って入る。
「…2人共、前の世界でも色々あったんだとは思う…」
ティーダは吸い込んだ息を止めた。
でも…と、義士は続ける
「戦いや怪我、強さにただ盲目的に憧れるってことは、少なくとも俺よりは心穏やかに暮らせていたからじゃないかって、俺は思うよ」
義士の言葉に、馬鹿にされたと思ってしまったのは、多分、自分が馬鹿だからなのだろう。
反抗して口を開きかけた。
…義士は言った。
「…俺は…剣も魔法も使えなくて、至って普通で目立たなくて…。武器や怪我に憧れていられるような…、…そんな平凡で取り柄の無い子供になりたかったよ…」
…………。
何も…言えなくなった。
止めていた息が漏れていく。
騎士が少しだけ身を起こした。
肘で身体を支え、直置きしてあったカンテラを開けて、灯りを吹き消した。
寝なさい、と。
言われているのだと解った。
義士は直ぐに自分の敷布に横になった。騎士も仰向けに体勢を戻した。
暗闇の中、ティーダものろのろと着替え始め…それに倣い、スコールも着替えを始めた。
胃は冷えきり、代わりに目頭が熱くなった。
ティーダが敷布に横になる。遅れて、スコールも横になった。
スコールを見る。
光なく揺れる目と目が合った。
…多分、スコールも同じ気持ちだったのだと思う。
胃が冷たすぎて重く、指先も酷く冷えているのに心臓と目が熱くて眠れない。
ティーダは目を冷やしたくて、冷えきった指先を目蓋に当てて目を閉じた。


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