包容の呼び声 | ナノ


エクスデスが足を踏み入れたその世界の断片は、己の居城…。
…では、なかった。
言うなれば、そこは広大な平野。
背の低い下草が連綿と広がり、視界の届く限りに渡って延々と続いている。
…そんな…孤独を揺さぶる場所だった。
覚えのある場所ではない。
だが、己の元居た世界の断片ではある。
…それだけ知っていれば、当面は充分だった。
エクスデスは平原を見渡す。
所々に背が低く幹も枝も細い木が、更にまばらに背が高く痩せた木が、転々と生きていた。
決して強い訳ではないのだが、微風とは言い難い風が吹き渡り、己の身を撫でては通り過ぎて行く。
風は、己の身を通り過ぎる際、聴覚に、ごう、という音を残して行った。
…身を押す風の圧力が心地良い。
空は頭上が最も濃い空色を成し、彼方に向かってゆっくりと淡い色へと変わっていた。
ちぎれ雲は1点のくすみもなく唯白く白く空に浮かび…。
己と、風に流れる雲、風に嬲られる植物の他に、動くものは何も無かった。
エクスデスは、その平原を歩いて行く。
奔放に吹き渡る風に、己のローブの裾を好きに嬲らせながら。
己は、無より生まれた…訳ではない。
暫く…歩みを進めたエクスデスは、背が高く痩せた木を通り過ぎたところで足を止め…そう考えた。
元は1本の木。何の変哲も異常も無く、広大な大森林の中、隣り合った木々と枝や葉で他愛無い日の光の取り合いをしながら静かに終わっていく、人よりは長きに渡るだろうが、木として平凡な生涯である筈だった。
…偶々、己に雷が落ちた。
偶々、周りの木とは明らかに違う、雷跡、という特徴が付いた。
そして偶々…偶々それを機に人の悪意が集まる木となり…己という意志を持った。
これが、己に集まった人の悪意の中の、取り分け抜きん出た悪意ある人の意志なのか、己自身の意志なのかは、もう判らない。
ただ自信を持って言えることは、己には意志があるということと、己の意志で世界を無に還そうと思っている、ということだ。
人の意志が己を生み出し、その己が、人を無に還そう、とは。
とどのつまりは、人が無を望んでいる、ということではあるまいか。
エクスデスは笑う。
そう思って、笑う。
自然回帰。
人は…いや、世界は無から生まれ出でた。
世界が形を成し、世界によって人は創られた。
その世界を、人の悪意の意志により無へ還し、己も消える。
それが己の望み。
言い換えれば、己を生み出した人の望み。
ひいては、人を生み出した世界の望み。
そういうことだろう。
人が認めずとも、そういうことになるだろう。
そう思って、エクスデスは笑うのだ。
そうして、再び1歩を踏み出そうとし…。
前方から吹いてきた風に胸を押されて歩みを止める。
…。
…そう…か。
風がきっかけになった訳ではないのだが、エクスデスはふと思った。
始めに、無があった。
無に4つの心満ちたりし時、クリスタルは生まれ、世界は創られた。
その世界に人は創られ、その世界に、木々も育てられた。
そして、唯の樹木であった己に人の悪意が集まり…己が生まれた。
ならば己も、無から生まれ出でたということになろう。
無が無ければ、己は存在しなかった。
そういう意味で、無から生まれたことになるのだろう。
エクスデスは、1人、満足して頷いた。
自然回帰。
形を成したものが、時を経て元の姿に戻っていく。
己がやりたいことは、それとまったく同じことなのだ。と。
世界を無に還そうとする意思を持つ己が生まれたことこそ、世界に自然回帰の時が来た、ということなのだ。と…。
生物が自ら消滅を願う等、生命の自然に反している、等と言う者も居るだろう。
だから己は異常なのだと。
世界の異端なのだ、と。
…当たり前だ。
エクスデスは笑った。
それは、先程自分の考えに満足した時の笑いとは違う、エクスデスを敵と認識する者への侮蔑の嗤いだった。
唯の木であった己に雷跡が残ったことで、己は他の木とは決定的に違う特徴を持った。
この時点で、己は既に異常。
悪意が集まったことで更に異常。
それが意思を持つ等、自然界の異常、異端でなくて何なのか。
当たり前を言われても、思うことは何も無い。
更に…と、エクスデスは嘲笑を深くする。
己を何も考えていない様に思う連中の浅はかさよ。
奴等はもし、己が悪意を集めただけの、物言わぬ木であったなら、そもそも「何かを考えているのか、考えていないのか」等という発想すら浮かぶまい。
言葉を発するだけで知を想像し、己より下と見て見下す愚かさよ。
樹木にも、人が解らぬだけで意思はあるのだ。
しかも、樹木の思考は人のそれとは違うもの。
それを同列と考えて見下すとは、愚かが過ぎて、哀れ極まりない。
世界を守る、だと。
己から世界を守る、だと。
笑わせる。
エクスデスは己の足元にあって、風に揺れる下草を見た。
つい先刻、通り過ぎた細い木を、彼方まで広がる平原を、彼方の空を、浮かぶ雲を、頭上の抜けるような澄んだ青空を、見た。
そして奔放な風に、軽く腕を広げて笑った。
見よ、世界は。
そう言って、笑った。
お前達が守りたい世界は、わしを全く拒絶などしていない、と…。
世界を無に還すことは、己を生み出した人の意思でもあるだろうに、己を敵視するとは何事か。
世界は消滅を望んでいるのだ。
…待っていてくれ、世界よ。
エクスデスは、広い広い平原へ向けて、そっ…と。
呟いた。
…わしはきっと、お前を無に還してみせる。
呟いて。
そっと。微笑んだ。

彼は歩き出した。
世界の消滅を望む、その固い意思のままで。
しかし下草は、エクスデスの言葉に違わず、世界の消滅を目論む彼の歩みを避ける為に身を捩ることも無く。
吹き遊ぶ風も、決して彼を避けて通ろうとはしなかった。
目の眩むような広大な平原のただ中では、まるで木の芽の様な大樹。
歩みは遅々としていたが、止まらないその進みは、故郷の大森林が長い長い年月を掛けて、ゆっくりと成長していく様に、どこか、似ていた。
今はもう…。
その場所に行くことも無く。
木々達と肩を並べることも無い。
ましてや、他愛無い日の光の取り合い等、することは無いだろう。
しかし以前は。
遠い昔は。
彼は確かに。
そこに居たのだ。
その故郷の森で。
最古の巨木が。
帰っておいでと。
叫ぶけれども。
此処では…届かない…。


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