27 | ナノ
…だが、しかし。
目を閉じたままで、ジタンは僅かに布の擦れる音と、フリオニールの慌てた制止の声を聞いた。
その直ぐ後に、片頬に酷く熱いものが押し当てられて。
目を開くと、それがセシルの掌と判った。
異様に熱くてぐんにゃりとした感触に、ジタンの背筋が冷える。
元に戻そうと手を上げかけたが、当て木のされている腕を触ることが怖くて、ジタンは手を上げかけたまま硬直した。
セシルの顔を恐る恐る見る。
先程の冷たさが嘘の様に、柔和に笑っていた。
相変らず、高熱に呼吸を乱したままで。
「泣いていいんだ、ジタン。辛かったら泣いていいんだよ」
親指が、ジタンの涙を拭う。
指先に、僅かに力が入り、近くへ来いと言われたのが分かって、ジタンは身を乗り出した。
セシルの両手が、ジタンの頬を挟む。
「皆にも同じ話をしたんだって?」
「…うん」
「勇気が要っただろ」
「……うん」
「叱られたって?」
「……っ!」
もう声にならなかった。
「こんな小さな身体にそんなに重いものを溜め込んで…」
必死で目を開けた。
微笑を浮かべたセシルが見えた…と思ったらふいにその目が露を帯びた。
「…辛かったろうに…!」
…息が詰まった。
ゆるく、ゆるく首を振る。
「頑張ったんだね」
「ずっと長い間」
「たった1人で」
「凄いな、ジタンは」
「良く頑張ったね」
「辛かっただろう」
「もう大丈夫」
「もう大丈夫だよ」
嗚咽さえ音にならない。
謝りたいのに、音にならない。
ジタンはセシルの両手から身を引き、自分の両手で頭を抱えた。
「ジタン」
自分の名を呼ぶ声がした。
返事は音にならなかった。
でも、何となく、落ち着くまで待っていてくれる様な気がして。
ジタンは頭を抱えたままその場に蹲った。
音にならない声で、泣いて、泣いて、こんなに泣いたことなんてなかったと思うくらい泣いて、バッツに背中をさすられてまた泣けてきて、息が止まるんじゃないかというくらい泣いて。
やっと落ち着いて顔を上げた時には、頭はがんがんしていたし、目の周りも喉も相当痛かった。
無理をして歪に笑ってみる。
「…お前…あのさセシル、お前…最初俺のこと馬鹿って…お前わざと泣かせようとしてただろ」
「正解。鋭いな」
セシルは、熱が上がったのか、先程よりも呼吸が荒かった。
もしかして、長く話をし過ぎたかもしれないと、ジタンはフリオニールを見る。
「セシル、もう止せ」
止めるフリオニールに、
「まだ平気」
とセシルは答えた。
まだ彼は自分に何か話そうとしているのではないかと、ジタンは再びセシルの方へ身を乗り出した。
「水とか持ってこようか?」
「済まない、まだ冷えた水は飲めないんだ」
「何か…欲しいものあるか?」
「そうだね、じゃあ…」
セシルは一旦言葉を切った。
おろおろとしつつも傍に座って、ジタン達の話を聞いていたバッツ達が、お互いに目配せし合い、何か、準備か何かをし始めたところを見ると、もう本当にこれ以上話してはいけないのだろう。
焦りを覚えたジタンは、幾分聞き取り辛くなったセシルの話を聞き漏らすまいと耳を澄ませた。
「ジタン、今すぐには、無理、かもしれない、けれど」
途切れ始めたセシルの言葉に、
「セシル、もう無理だ」
「止めろ、また昏睡なんて俺達嫌だからな」
バッツとフリオニールの制止が入る。
動揺するジタンの手をセシルは取った。
力は無く、外そうと思えば直ぐに外せた。
だがジタンは動けなかった。
「ジタン、いつか、必ず、絶対に」
バッツがその手を外した。
呆気なく簡単に手は外れた。
「君自身を、許すんだ。いいね?」
そう言ったセシルは、一瞬だけ、形容しようのない、不思議な表情を浮かべた。
そして、手が外されたのと同じように呆気なく簡単に瞼が落ちて、熱の所為か、そのまま深く寝入ってしまった。
バッツは掴んでいたセシルの手をそのままに、触れる箇所を手首に移した。
フリオニールはセシルの首に触れる。
「フリオニール、熱は?」
「ちょっと高いが、許容範囲だ。脈は?」
「若干だけど、許容範囲外だな。早過ぎる」
言って、バッツは呆然としているジタンの肩を抱えて立ち上がらせながら立ち上がった。
「薬と…ティナに氷貰ってくる。ちょっとの間、頼むな」
「ああ」
「ほら、ジタン行くぜ?」
「…あ…ああ」
バッツに連れ出される形でジタンはテントを出た。
外は肌寒く感じて、テントの中は火も焚いていないのに、随分温度が高かったことに今更気が付いた。
それがセシルの高熱によるものなのか、バッツかフリオニールの魔法によるものなのか、ジタンには解らない。
ただ、バッツに苦笑と共に、「水場で顔洗って来いよ」と言われたので、セシルは、状態は悪いけれど死にはしないのだと、何となく解って。
ジタンは無言で頷いてバッツに背を向けた。





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