剣 | ナノ
 
自身の得物を手入れすることは、時に食事よりも優先される。
…と、混沌の陣営中、最強の戦士である猛者――ガーランドは思う。
食事など、一日や二日、抜いたところで死にはしない。
が、しかし、得物の手入れは一度怠れば死に直結する。
得物は常に最善の状態に保たねばならない。
敵と相対した際、得物に不具合があっては話にもならないのだ。
これを知らぬ戦士は居らぬだろうし、知っていて尚怠る戦士など皆無であろう。
居たとするならば、選り抜きの愚か者だ。
…剣士は、剣が命という。
…全く、正しい。
そんな、とりとめもないことを考えながら、猛者は混沌の神殿の奥、中央に位置する玉座の右奥の壁に背を預け、得物である大剣の刃を、磨き粉と硬くなめした動物の皮で磨いていた。
刃はもう既に研いだ後か。
刃こぼれの見受けられないその大剣は、刃を横断するように幾筋も溝が刻まれていた。
溝は、剣の形を変えるギミックを作動させる為のもの。
様々なギミックが仕込まれている、彼にしか扱えぬ剣が、この大剣だ。
猛者の大剣。
猛者の、命。
猛者は、その大剣のギミックが仕掛けられた溝を避けて粉を掛け、その溝に粉を落とさぬようにしながら、刀身の側面をなめし革で擦る。
…擦る度、革に黒く汚れがついた。
その黒い汚れは、金属が酸素や生物の油分に反応して酸化した表面と共に刀身の金属が削れて、なめし革に付着したものだ。
刃は、研げば鋭さを取り戻す。
金属は、磨けば元の光を取り戻す。
しかしそれは表面を削った結果であり、研げば研ぐ程、磨けば磨く程、その金属は目に見えぬ程少しづつ、少しづつ削られて減っていく。
その、削られた金属がなめし革に付着する。
黒い汚れとして視認できるようになる。
…猛者は、それを己の命が削れて着く汚れだと思っている。
ギミックの仕込まれた大剣を研ぎ磨いて戦いに備える程、己の命は削られて小さくなっていくのだと思っている。
闘う度、戦う度、年月を生きれば生きる度。
人を手に掛ける度、輪廻を繰り返す度、敵と剣を合わせて死を真近で感じる度。
己の命である剣は劣化し、手入れを必要とし、手入れの度に擦り減り、小さく小さくなっていく。
…目に見えぬ程少しづつ、少しづつ破滅へと向かっていく。
「…因果なものだな」
猛者は面覆の中で苦く笑った。
生きる為、己の命を守る為に得物の手入れをしている筈なのだが、その手入れの度に、生きる為に守るべき命を削る、とは…。
…勿論、得物が傷んだなら換える、という選択肢もあるのだろう。
だが、猛者には得物を換える気は、無い。
得物が傷めば己が傷む。得物が壊れた時が己の死に時なのだろう。
…1つ。息を大きく吐いて。
猛者は顔を上げ、背後の壁に後頭部を預けて天井を仰いだ。
今は、何回目だったか。
また、今回も勝つだろう。
そしてまた、初めからやり直し。
次の戦いは、如何なるものだろうか。
皇帝は次で終わらせるつもりらしいが、猛者はそこまで秩序の陣営を甘く見てはいない。
…もしくは、次なる闘争の先行きに、そこまで心を砕いてはいない…。
自分にとって大切なのはカオスの永続…とどのつまりは永劫の闘争――己が全力で闘い抜いた先の、敵による最後の一撃が己に届き、鋭利かつ甘美な切っ先が己の命をこの身体より抜き去る瞬間――であり、どのような思惑にも策略にもさして興味が無い。
…次の混沌の陣営は、どのような顔触れだろうか。
次の秩序は、果たしてどこまで闘えるのか。
そして女神は、混沌の策略にいつまで存在することができるのか。
そして輪廻は、いつまで続くのだろうか。
そしてこの世界は。
そしてカオスは。
そして…自分の、繰り返し闘争に溺れるこの命は…。
猛者は、手元の剣に、ゆっくりと視線を戻した。
そうしてギミック内部の調整と補修をする為に大剣の刃の継ぎ目を外した。
ギミックを仕込まれた大剣は猛者の手の中でいともあっさりと分裂し猛者の脚上にばらばらと落ちていった。
…鎖一本でしか繋がっていない、ばらばらになった、己の命。
脚の上に散らばっている、大剣だった、その、大きさの不揃いな鉄塊。
それらを見下ろした猛者は、何を思うか。
自嘲とも哄笑とも取れない、ただただ、苦い、苦い笑みを零して…。


短編TOP


.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -