ナマズのスープ | ナノ
 
元ネタ:ウミガメのスープ




…先の見えない戦闘で日々を過ごす、ということは、辛いことなのだろうか。
その中で生き延びようとすることは、苦しいことなのだろうか。
生き延びようとする身体に対し、それを上回って生存の欲求を拒否する感情とは、一体どのようなものなのか。
…それは、経験した者にしか解らないのであろうし、また経験した者はすべからく、生存を望んだ身体の要求を感情で拒んだが故に、その場合の感情というものがどのようなものなのかは、生存している身では、結局訊けず終いなのだろう…。

「…ここは何の為の空間なんだ…。柱がある割に天井もない…。この柱の意味は何なんだ。それになんで床までこんなに…」
「…スコールー…。そういう考えても意味ないこと考えてると脳味噌沸騰するぞ…」
闇の世界。
イミテーションとの戦闘終了後。
スコール、ジタン、バッツの3人は、上がってしまった呼吸を整えようと、規則正しく林立する石柱へ好きに身を、背を預けて小休止を取っていた。
体勢を変える際の僅かな靴音でさえ大きく反響して響く異様な空間で、スコールがふと呟いた内容は、本人の意志に反して仲間2人に届いてしまったらしい。
その呟きに、バッツが情けない呟きで答えた。
…湿った、淀んだ空気に、1度上がってしまった呼吸は中々落ち着かなくて。
天井を支えている訳でもなく、ただ整然と並ぶ石柱の存在が、塵1つ無い整備された床と、光源もないのにうっすらと辺りが見渡せる明るさが存在することと相まって不気味だった。
ふと、石柱から目を反らして薄暗い空間の奥に視線を投げれば、丁度、景色が闇に沈む彼方…一定の法則で左右平行に連なって立てられている石柱の列が途切れる辺りで、床も共に途切れていて。
その先には、何処へ続いているのか解らない階段が、闇の中、上に向かって蛇行しながら伸びていた。
…支えと手すりの無い階段は、途中から闇に消えていた。
バッツの情けない応答に、スコールは少々驚いた様子で顔を上げた。
が、直ぐにいつもの無表情に戻ると腕を組み、バッツへ言う。
「…あんたの頭が沸いているのは、いつものことだろう」
「あ! 酷い!」
ばっさり切って捨てたスコールと、酷いと言った割には全く気にしていない、寧ろスコールから反応があったことが嬉しそうでさえあるバッツに、ジタンが噴き出した。
額の汗を拭い、ジタンは言う。
「バッツはさー。頭使うより直感で動くから、何か考えるの苦手なんだよな」
「あ、解る?」
てへ、とでも言いそうなバッツの様子に、今度はスコールが小さく噴き出した。
全く、と言いたげに苦笑をして、小さく溜息を吐く。
そうして、それなら、と、スコールは言った。
「息が整うまで、頭を使う簡単なゲームでもするか?」
「お、いいね」
「えー、考えるの苦手って言ったばっかなのに」
あからさまに肩を落とすバッツに、スコールは肩を竦める。
「あんたに頭使わせる為だからな。思考を俺やジタンにばかり任せていないで、偶には自分で考えろ」
「ちぇー」
唇を尖らせるバッツに、スコールは呆れた表情でジタンを見る。
ジタンは、軽く肩を竦めてこれに応えていた。

「ルールは簡単だ」
スコールが言った。
「俺がこれから整合性のない事を言う。それは例えば、物語の結論だけだったり、起承転結なら起と結だけだったりする。しかし話の大部分を省いただけで、俺が言ったことが何故なのか、ということには歴とした理由がある。あんたたちは俺に質問をして、俺がそれに『はい』か『いいえ』だけで返答する。それで真実を導きだす。そういうゲームだ」
「てぇと、質問は『はい』か『いいえ』で答えられるものにしなきゃいけないわけか」
「そうだ」
スコールの説明の途中で手を顎に当て眉間に皺を寄せて俯いていたジタンが、ふと顔を上げてスコールに訊いた。
スコールは頷く。
その一連の問答に、バッツは口角を下へ歪めて腕を上に上げ、伸びをした。
「うわぁ、本当に頭使うゲームでやんの…」
そうして、勢いよく腕を降り下ろすと、くき、と首を傾ける。
「どういう質問をスコールにするかってのは、ジタンと相談していいのか?」
「勿論だ」
そうバッツに応答した後、スコールは、勘違いしないで欲しいんだが、と、続けて2人に言った。
「このゲームは、出題者と回答者との勝負じゃない。お前達が答えに辿り着けなかったら、それは俺の失敗ということにもなる。最低限のフォローを入れながら、出題者、回答者双方で1つの真実に辿りつくことが最終目的だ」
「いいね。ゲームなのに勝負じゃないってのは気に入った」
ジタンはにぃ、と口角を上げると、その場にどっかと腰を降ろして胡座を組んだ。
そうして、両の掌を両の膝に勢いよく、ぱんっ、とあてて「さあ来い!」と、スコールを見上げた。
膝を叩いたその音が、広大な闇の空間に響いて消える。
ジタンの大きな目が、好奇心に光っていた。
バッツはそんなジタンを見遣り、そんなに自信ねーよー、等と苦笑しながら、同じくその場に腰を下ろして胡座を組み、少々前へ上半身を傾けると両膝に両肘をつけて手を垂らす。
年の割には童顔な顔を、こちらもスコールへ向けて、にぃ、と笑った。
「で、どんな問題なんだ?」
スコールはバッツのその言葉を受けて腕を組み、背中を石柱に預けて目を閉じる。
そうして、口を開いた。
「『男はナマズのスープを飲むと自害した。それは何故か』…ああ、ナマズというのは俺の世界に居た淡水魚のことだ」
「うぇええっ!?」
スコールが言い終わると同時、早くも胡座を崩した2人が片腕を床に付き、スコールを見上げて悲鳴を上げた。
スコールは2人の悲鳴に目を開け、2人を見る。
「ちょっ…! それどうしろっつーんだよ!?」
「だから色々俺に質問して答えを探して欲しい」
ジタンの抗議に、スコールは肩を竦めてそう言った。
「無理ゲーだって! 意味解らねぇじゃんそれ!」
「意味も理由もある。じゃ、始めてみようか」
「えええ〜…」
バッツの問いにも、スコールはあっさりと返答を返して、ゲームの開始を宣言した。
早くも降参したい、といった表情の2人は、抗議の声を上げつつも、取り敢えず元の胡座に体勢を戻す。
情けない表情のバッツが言った。
「どーするよこれ…」
「どーする…つったって…。取り敢えず質問するしかねーだろ…。『そのスープって毒入ってた?』」
「『いいえ』。…毒が入っていたら自害する前に死んでいるだろうが」
ジタンの問いに答えた後、呆れたようにスコールが言った。
ジタンは首を傾けて言う。
「解んねぇよ? 自害したくなる程ハライタ起こす毒とか」
「無いだろうそんな毒は」
「え、あるよ」
「あるんじゃね?」
「えっ…」
平然と答えたジタンと、同じく平然と言ったバッツに、今度はスコールが絶句する。
ジタンは言った。
「俺の世界の話なんだけどさ。触っただけで後からすっげぇ激痛が2年くらい続くっつー毒がある葉っぱを持った木があんだよ。で、ある時、山の中でもよおした奴がそれで尻拭いちまって、30日後に自害したって話あった」
……。
スコールは唖然とした。
バッツは神妙な表情でジタンを見やる。
「…酷い…事故だったな…」
ジタンも神妙な表情でバッツへと顔を向け、頷いた。
「ああ…。やりきれない、悲しい事故だった…」
……。
スコールは1つ。咳払いをして。
首を振り、言った。 
「…あっても無くても…だ。そのスープに毒が入っていたか、についての答えは『いいえ』だ」
「じゃあ頭痛を起こす毒…」
「『毒』が『いいえ』だと言ってるんだ! 毒から離れろ!」
「ちぇー」
「まったく…」
口を尖らせたバッツに、額に若干青筋を浮かせたスコールは、顎をしゃくって次の質問を2人に促す。
ジタンは足は胡座のまま、頭の後ろで腕を組み、石柱に寄りかかってバッツに言った。
「ほら、今度はバッツが質問してみろよ」
「えー…。俺こういう誘導尋問みたいなこと苦手…」
「いいからいいから」
「ん〜…。じゃあ…『その男って、歳いくつ?』」
「あのな…」
スコールは早々に片掌を額へと当てた。
「『はい』か『いいえ』で答えられる質問をしろと…」
「あ、悪ぃ」
スコールの言葉に、言う割にはちっとも悪びれた様子のないバッツは、再びにぃ、と笑い、頭を掻く。
そうして、質問を言い直した。
「『その男って、年寄り?』」
「難しい質問だが、どちらかといえば『いいえ』だな」
「壮年ってこと?」
「まぁ、そんなところだ」
スコールが頷くと、2人は顔を見合せた。
ジタンはバッツに言う。
「いい質問じゃん。奥さん居たんかな?」
バッツはくきりと首を傾ける。
「嫁さんが作ったスープってことか?」
「それはまだ解んねぇけどさ。少なくても、質問の方向性はある程度決まったじゃん? 『若かったら』って考えて質問する必要はなくなったってこと」
「あ、そうか」
ジタンは石柱に寄り掛かることを止めて、利手を顎に、片手を膝に当てて視線を床に投げた。
「するってぇと…次の質問どうすっか」
ジタンの呟きに、今度はバッツが頭の後ろで腕を組み、背筋を伸ばす。
そうして、言った。
「ジタンのさっきのやつ訊いてみたらいいじゃん。嫁さん居たのかってやつ」
「やってみっか?」
ジタンは視線だけをバッツに向けて確認した後、スコールへと顔を上げた。
スコールは、僅か。
面白そうに首を傾けて、石柱に背を預けたまま、2人の質問を待っていた。
「スコール、『その男って奥さん居る?』」
「『いいえ』」
「じゃあ、『居た?』」
「『いいえ』」
「『恋人は』?」
「『いいえ』」
「これで伴侶原因説は消えたな」
ぱちん、と。
ジタンが鳴らした指の音が、どこに天井があるのか解らない暗い上空へと吸い込まれて、消えていった。
バッツは言う。
「独り身のおっさんが淡水魚のスープ食って自害?」
ジタンは頷いた。
「現状解ってるのはそんくらいだな。次どうすっか」
「自分の料理技術の余りの下手さに絶望したとか」
「訊いてみ?」
「スコールー、『そのスープおっさんお手製?』」
「『いいえ』」
スコールの返答に、バッツは膝の上に肘をついた。
片掌で顎を支え、眉間に皺を寄せ唇に指の腹を当てて考え込む体勢を取る。
「人が作った淡水魚のスープ食ったおっさんが自害」
「進展したっちゃ進展したな」
同じく、ジタンも考え込むように視線を再び床に投げた。
考え込む2人を、やはりスコールは面白そうに眺めていた。
口を挟まないのは、質問の方向性が間違っていないからか。
磨き抜かれた床の、林立する石柱に挟まれた中央には、黄緑と白の渦が映り、音も無く回転していた。
…暫く。
2人は決定的な質問が無いかどうか考えていた。
ややあって。
ぽつり。
バッツが言う。
「…馬鹿な質問してもいいか?」
ジタンは、軽く首を傾げた。
「いいけど…何すんだ?」
ジタンのその問いには、バッツは肩を軽く竦める。
「そのおっさん、食えないもんあんのかなって」
「成る程な」
ジタンに了承を得たバッツが、スコールを見上げた。
「スコール、『そいつに好き嫌いってある?』」
「『いいえ』」
「そっかぁ…」
スコールはその質問にも、面白そうにそう答えていた。
…が。
「だが…」
ここにきて。
暫くは返答以外沈黙を貫いていたスコールが、残念そうなバッツの声の後に口を開いた。
「『いいえ』とするのは、過去と断定した方が良いだろうな。自害直前では『はい』だ」
「ちょっと核心に近付いてきたんじゃね!? バッツお前意外に鋭い質問するじゃんか!」
「お、マジで!? 嬉しいね!」
一旦、意味の無い質問だったか、と肩を落とした2人だったが、スコールの言葉で俄然乗り気となり、目を輝かせながら顔を見合せる。
バッツが言った。
「ナマズって淡水魚、食えないもんだったんかな?」
「食用じゃないとか? あ、つかさ、料理の名前がナマズのスープってだけだろ? 入ってたのマジでナマズだったのか? 作った奴に騙されて食わされたんじゃね?」
「それだ! 訊いてみ?」
「よっしゃ! スコール、『その時おっさんが食ったスープに入ってたのって、本当にナマズか?』」
「…『その時』…?」
ジタンの質問を受けたスコールは、僅かに間を明けた後、そう呟いて、にや、と唇の端を上げた。
そうして、そのままの表情で、言う。
「…『はい』だな」
「え、ちょ、待て待て何だよその意味深な感じ!」
床に腰を落ち着けたまま近付く素振りを見せるジタンに、スコールはこちらも、小さく笑いながら避ける素振りをしてみせた。
バッツも、スコールの方へと乗り出して言う。
「おっさんが自分で作ったものではない、今回のナマズスープは具がナマズだったものを食って自害! なら前回は!?」
「行けバッツ!」
「おし!『おっさんが前回食ったナマズのスープって本当に具材はナマズだったのか?』」
「『いいえ』」
「っしゃああああ!」
同時に両の手で拳を握り、同時に叫ぶ2人。
戦闘で乱れた呼吸は、もうとうに収まっていた。
「てことは、だ」
ジタンが腕を組んだ。
「前に食ったものと今回食ったものだと、今回食ったものの方が、それがナマズだって信じられる場所で食ったってことだよな、多分」
「なんでだ?」
首を傾けたバッツに、ジタンはゆるく、1度だけ片手を振った。
「『おっさん』は、『前回食ったナマズが自分では食えないものだった』のをナマズだって騙されて食わされたって『今回本物のナマズを食って』気付いたから『自害した』っつー仮説が成立したからだよ」
そうして、ジタンは手を腕組みの体勢に戻す。
尾を緩く振りながら、言葉を続けて。
「おっさん、気付かなきゃ自害する訳無いし、気付くにしても、2回目に食った方を本物だって信じるなら、2回目の方は信頼できるとこで出されたもんなんじゃないか」
バッツは、成程な…と、眉間に皺を寄せた。
そうして、呟く。
「…食い物屋かな」
ジタンは頷いた。
「多分な」
「だとすると、前の時は食い物屋のじゃなかったってことだよな」
「そう考えるのが普通だよな。で、1回目の具材を知らなかったってことは、1回目のを自分で作ってる訳がねーから…」
「『1回目に誰かに作って貰って食ったのは、食っちゃいけないもんだった』もしくは『死んでも食いたくないもんだったって2回目に気付いたから自害した』ってことになるよな」
「だな」
バッツの言葉に、ジタンは大きく頷いて組んだ腕を解いた。
「じゃあ、後は1回目に何を食わされたのか…か」
スコールが口出しをしないところから察するに、2人のこの仮説は間違っていないのだろう。
2人は大詰めとなったこの問題の回答を探り出すべく、再びスコールに質問を開始した。

…が、しかし。
…ここまでの快進撃が嘘の様に、ここからはいくら質問をしても、ようとして有益な回答は得られなかった。
当初は威勢の良かった2人だったが、数刻後の今、降参と言わんばかりに、磨き抜かれた床の上に仰向けに伸びていた。 
…床に写し出された渦は、模様を変えながらも、無音で、ゆっくりと回転していた…。
「…解んねーよー…」
「ヒントー、ヒントー」
情けない声で駄々を捏ねる2人。
そんな2人に、スコールは呆れ半分、苦笑半分で、背中を預けていた石柱から離れた。
「盲目に成り過ぎだろう」
スコールは言った。
「導き出したい答えが解ってないなら、思い付いた名詞ばかりを出しても仕方無いだろう。その『もの』を特定するのが先だ。その為には、少し違う質問を考えてみたらどうだ?」
「違う質問…ねぇ…」
バッツは闇しか見えない上方を見上げて、ぼんやりと呟いた。
…石柱の途切れた先は、何も無い、暗い、空間…。
「あ」
ふと、バッツが声を上げた。
「ん、何か思い付いたのか、バッツ?」
バッツと同じように、上を見上げてぼんやりしていたジタンが、顔だけをバッツに向けて言った。
バッツも、ジタンに顔を向けて言う。
「なぁジタン。俺達なら、それ食ったら死にたいと思うかな?」
「ん?」
のそり、ジタンは肘を床につき、上半身だけを起こした。
そうして、バッツの言葉を繰り返す。
「『俺達…だったら?』」
バッツは頷いた。
「そ。スコール、『スコールならそれ食ったら死にたいと思うか』?」
スコールは僅か、面食らって目を見開いた。
そうして、その後首を傾け、眉根を寄せて考えてた後…口を開く。
「昔なら『はい』。今は『いいえ』…だな…」
「おっとぉ?」
スコールの返答に、バッツも身を起こして。
僅かながら、進展が見えたことに、やる気を戻したように口角を上げていた。
じゃあさ、と、ジタンが言う。
「お前の独断と偏見でいいから答えてくれ。他の連中だったら死にたがるかどうか。『ウォーリア』」
「『いいえ』」
「『フリオニール』」
「『いいえ』」
「『オニオン』」
「『はい』」
2人は完全に起き上がった。
元の様に胡座になってスコールを見上げる。
バッツがジタンの続きを拾って続けた。
「『セシル』は?」
「難しいが…多分『いいえ』」
「『俺』」
「『いいえ』だと思う」
「マジか」
じゃあ俺解んねぇかもな…と、眉根を寄せるバッツ。
スコールはそんなバッツに、俺の思い込みと偏見だ、と、断りを入れた。
そんな一連のやりとりを、聞いていたのかいないのか。ジタンがその後の質問を引き継いで。
「『ティナ』」
「え、あ…『はい』」
「『クラウド』」
「どうだろうな…。多分、『いいえ』」
「『俺』は?」
「どうかな…。『はい』だったりしてな」
「俺が『はい』!? んじゃ『ティーダ』は?」
「『はい』」
「即答かよ!? っだぁー解んねぇー!」
ジタンは頭を掻き毟って、また両手両足を拡げてひっくり返った。
バッツはそんなジタンに、申し訳なさそうに頭を掻いて言う。
「…つかさ」
ジタンは疲れた半眼でバッツを見遣った。
バッツは苦笑していた。
「良く考えたらよ、この質問、俺達とおっさんじゃ立場っつか…色々違うからあんま意味無かったかもな…」
……。
「立場?」
暫くの沈黙の後、ジタンは腹筋だけで勢い良く起き上がった。
驚いたバッツが、戸惑いながらも頷く。
「…立場…」
手の甲を上にし、唇に片手の人差し指の第2間接を当てて考え込むジタン。
バッツはスコールを見上げ…2人同時に首を傾けた。
「スコール」
暫くして。
ジタンは考え込む体勢を変えないまま、スコールを呼ばわった。
スコールは再びバッツと視線を合わせ…。
「何だ」
視線をジタンに戻し、応答を返す。
ジタンは言った。
「俺解ったかも」
「ほう…?」
「マジで! ちょい待って俺も考える!」
ジタンの突然の告白に、バッツは慌ててジタンを止めた。
ジタンは、いや…、と、顔の前で軽く手を振って。
「この質問が『いいえ』だったらどん詰まりなんだけどさ。スコール、『おっさんの職業って、敵と戦うとか、そういう関係の職業か』?」
ぴくり。
スコールの肩が揺れた。
「…『はい』」
「決まりだ」
ぱちり。
ジタンが指を鳴らしてバッツを見た。
今一つ理解できてないバッツは、眉間に皺を寄せてジタンを見ている。
ジタンは言った。
「今までの質問から解ったこと、整理してみ?」
バッツは腕を組んだ。
「ええと…『戦士系のおっさんが、1回目騙されてナマズじゃない何かを食わされて、2回目にそれを食った時、1回目のがナマズじゃないって解って自害した』?」
「そうだな」
ジタンが頷く。
「戦士系ってことはさ」
そうして、続けた。
「俺達と思考が似てるって仮定出来るんだよ。でも経験とか、置かれてた状況とかで、俺達10人の中でも割と思考ってばらばらじゃん? だから誰により近いかってのを、バッツが質問した内容から考える訳だよ」
「『俺達だったら死にたいと思うか』?」
「そ」
首を傾けたバッツに、ジタンは頷く。
「んで、より確実に答え出すんなら、ここでスコールが曖昧な答えを出した奴は省く。スコールがはっきり『はい』っつったのは、葱坊主とティナちゃんとティーダ」
「そいつらが死にたいと思う程食いたくないもの…」
バッツは暫く、眉間に皺を寄せて考えていた。
…が。
「あ」
ややあって。
少々すっとんきょうな声を出してスコールを見た。
「…もしかして、と思うんだけどさ」
と、バッツは言う。
「『1回目におっさんが騙されて食わされた時の状況って、もしかして…極限』?」
「…『はい』だ」
「…解った。マジか〜死ぬことないだろ…。あ〜でも気持ち解んねぇこともないけどさー…」
バッツは溜息と共にそんな言葉は吐き出して、その場にひっくり返った。
戦闘の火照りが冷めた身体には、この空間の床は酷く冷たかった。
「意外と早かったな」
帰ろうか、と、石柱から離れたスコールが2人に声を掛けた。
2人はそれを受けて立ち上がる。
「騙した方だってさ」
誰からともなく歩き始めた時、バッツは言った。
「生きてて欲しいから食わしたんじゃん? ちょっと切ないよな」
「まぁなぁ…」
バッツは少々上を見上げながら呟き、ジタンはそれに僅かな苦笑で応じていた。
上に何が見える訳でもないだろうに、上に視線を投げるバッツと。
特に何処を見る訳でもなく歩みを進めるジタンは。
自分がもしそんな経験をしたら…等と考えているのだろう。
…その問いに答えは出たのか。
彼等の表情からは、それを読み取ることは出来なかった。
「スコールは、今は『いいえ』だったっけか?」
「ああ」
ややあって、上を見上げたまま歩いていたバッツがスコールに尋ねると、スコールは僅かに頷いて応えた。
「…理由は言うつもりはないがな」
「まぁ、言葉にはしにくいよな」
へら、と。
理由の説明を拒絶したスコールに、バッツはいつもよりは少しだけ控えた笑顔を浮かべた。
そうしてそのままジタンに振り向く。
「ジタンは?」
「俺? どーだろーなー。こういう感情論を言葉にすんの苦手だからパス!」
ジタンは苦笑して明言を避けた。
それよりさー、と、ジタンは言う。
「俺を何でスコールは『はい』で答えたのか知りてぇよ」
「それこそ感情論だろう。『そう思ったから』としか答えられないぞ?」
「何で『そう思ったか』ってことも?」
「ジタンはそれを何で聞きたいと思ったのかを訊かれたら答えられるか?」
「答えらんねーけどさー」
「まぁまぁいいじゃん2人共」
磨き抜かれた固い床に、3人の足音が甲高く響いては消え、響いては消える。
初期には躊躇った、床に映る無音の渦を踏むことも、今では誰も、全く気にしなくなっていた。 

…感情論。
だからこそ、何を感じどう思ったかは、本人に訊かなければ解らない。
…3人は語らない。
訊かれても、答えることもないだろう。
仲間の待つ場所へと戻った後も、きっと彼等は、仲間に訊いたりなどはしないのだろう。
…感情とは、その人固有のものであって、自分のものではない。
故に、訊かなければ解らないが、聞いた後にしたい行動が無いのであれば、こんな継ぎ接ぎの、壊れた、極限の世界では、それを訊くことにはさして、意味が、無い…。

…彼等が去った後のその空間は、ただただ薄暗く、ただ静かだった。
存在理由のない渦が、塵1つない不自然に磨かれた床に映って、揺れていた。


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