ガー ィア  ォース2 | ナノ
 
スコールは1人、魔導研究所の空間の歪みを抜け、平原に出ていた。
肩にガンブレードを担ぎ、見晴らしの良い平原を見渡して。
風は凪。
天候は晴れ。
雲は無し。
木々も無し。
下草の緑が太陽を照り返して、少し、眩しい。
決して遠くない彼方には、敵である水晶製の人形が、太陽の光を受けて煌めいている。
…数が多い。
が、対応出来ない数ではない。
対抗出来ない数の人形を視認したら引け、と言われているが、これは対応できるのだし、引けと言われた事例には当てはまらないだろう。
寧ろ、新しく手に入れた、改良型のガンブレードの性能を試すのには丁度良い。
それ故、スコールの表情は、変わらなかった。
ガンブレードを肩から離し、下段に構えて、まだ自分に気付いていない人形の群れへと躊躇なく進み始める。
…何より、頭の奥に疼いて出ていってくれない、誰のものとも知れないざわめきに対する苛立ちをぶつけて発散させるには、こうした、窮地に立たされる可能性無く人形を砕ける機会があることが丁度良かった。
…大体、この、頭の中のざわつきが始まったのはいつ頃だっただろうか。
スコールは躊躇いなく歩を進めながら、思う。
…考えてみれば、闘争が始まった当初から、ざわつきはあった様な気がしている。
集中出来なくて、煩わしくて、でもそんな様子を表にするのが嫌で、ずっと1人になっていたかった。
けれどその頃は、まだ何とかその苛立ちを表に出さずに居られるだけの余裕はあった。
…そのざわつきが、輪を掛けて顕著になってきたのはここ最近だ。
…本当に。
戦闘の度に神経を掻き乱されて。
…苛ついて。
煩わしくて。
腹立たしくて。
…それはもう、圧し殺して無表情を保てない程に、精神を乱されて。
だからこうした、戦闘が、予想される、局面では、極力、1人に、なりたかった。
さん、と降り注ぐ太陽の光の下。
その光を受けて煌めく水晶人形が、青々と葉を伸ばす下草を踏みしめて歩を進めるスコールに気付いた。
…瞬間。
スコールは肩に担いだガンブレードを両手に持ち変えて身を捻っていた。
突如…背後から現れた水晶人形の剣が、スコールが居た場所を割いていた。



ジタンは今朝、出発する前にスコールと約束をしていた。

「スコール、新しい装備手に入れたんだって?」
「…ああ」
「凄ぇじゃん! なぁ、それちょっと試してみないか?」
「…ああ、構わない」
「じゃあ、明後日手合わせでも!」
「…ああ」
「約束だぞー? 忘れるなよ?」
「…ああ」


…出発直前までは、スコールがそれを覚えていたことを確認している。
「行ったぞ。ジタン、行こうぜ!」
スコールの去った魔導研究所。
人1人が裕に入れる、と想像してしまうと途端におぞましい物に見える巨大な溶液槽の影に隠れていたバッツが、抑えた声で叫んだ。
他でもない、通常最も関わることの多い、1番気安い仲間であるスコールに関すること、と気の早るバッツを、同じ場所に身を潜めていたジタンは押し止める。
「ここ出ると平原だろ? 直ぐ追いかけたらバレるって」
「あ、そう言えばそうだな」
スコールを飲み込んだ空間の歪みが、その部分だけ、妙に硬質な手触りを連想させる8角形の板の、無数の連なりに変わっている。
気付かれぬように後を追うなら、少なくともせめて、その変化が消えるくらいの時間は待たなくては。
赤く透明な板は通常なら気にしないものを、気の早るこんな状況の時に限って、非常に遅々として中々消えていってはくれなくて。
苛々と落ち着きのない2人の視線の先で、赤く透明な板に変わった空間の歪みの1部が、ゆっくり…ゆっくりと。
元に戻って行く。
…その過程で。
ふと、バッツはジタンに言った。
「…なぁ、ジタン」
「んぁ?」
「…あのさ」
「何だよ、苛々してんだから早めに頼むぜ?」
「…スコール、病気かな?」
「え…」
ジタンは空間の歪みに向けていた顔を、素早く上に向けてバッツを振り仰いだ。
尾の毛が逆立ち、不安に心臓が一度、大きく跳ねる。
「何、お前から見て病気に見えんの!?」
「見えない」
「…おいおい、怒るぞ?」
「…そう見えないから、怖い。なぁ、俺達何か見落としてないか?」
「え…」
ざわり。
背筋が、心臓が、冷える。
2人は顔を見合わせた。
そうして、スコールが入って行った時空の歪みに視線を戻した。
2人の視線の時空の歪み、8角形の板に見えるそれは、未だに薄く、形を残していて。
…戦場の1秒。
今まで意識していなかったそれが、今、途方もなく長い。
…跳ねる心臓を押さえながら、歯噛みする様な時間を堪え忍んで、後。
やっと…漸く…8角形の連なりが…消えた。
瞬間。
2人は同時に溶液槽の影から飛び出した。
足をもつれさせながら走って、飛び込んだ時空の歪みは、気が急いている今日の様な日に限って、中々先に通してくれなかった。
藻掻く様にして歪んだ時空を抜ける。
…。
歪んだ時空を抜けたその先は、見晴らしの良い平原だった。
風は凪。
天候は晴れ。
雲は無し。
木々も無し。
下草の緑が太陽を照り返して、少し、眩しい。
そしてその、決して、遠くない、彼方。
そこに。
どこから涌いて出たのか、数多くの水晶人形に追い詰められたスコールが、居た。
風も無いのに、血の臭気が2人の所まで届いていた。
…人形は血を流さない。
…なら、これは…。
「スコール!」
2人は叫んだ。
だが、スコールに届いた様子は無かった。
切羽詰まった表情で、多分、本人もここまで追い詰められるとは想定していなかったのだろう。
…或いは、戦闘を開始した初期には、人形はこれほどの数は居なかったのだろうか。
何処から涌いて出たのか、人形の数は、傍から見てもスコール1人が捌ける数を超えていた。
「スコール!」
2人は、我先にと走り出した。
2人に気付かず人形と切り結ぶスコールには、既に濃い疲労が見えていた。
襲ってくる人形の剣を弾いて、1体を砕き、2体目と切り結んで押し返し…。
…だが、背後から迫る3体目に振り返ろうとした瞬間、スコールの身体が大きく傾いだ。
酷く頭が痛むのか。
遠目でもはっきりと、額に手をやるスコールの表情が歪んでいることが判った。
…3体目と、再びスコールに迫る2体目が剣を振りかぶる。
走る2人が、間に合う距離ではない。
2人は、悲鳴でもってスコールを呼んだ。
その声が、スコールに届いた様子は無かった。
スコールは、2人の声にも、今まさに自分に向かって剣を降り下ろそうとしている人形にも、全く反応しなかった。
…2人がもう少し冷静ならば。
スコールの異常に、その時気付けただろうか。
痛みで額に手を当てていた訳ではない、と、気付けただろうか。
あの剣が降り下ろされれば、致命傷は確実。
悪ければ…死…。
そんな状況に立たされている筈なのだが、スコールのその無反応は、傭兵としての彼の本質から考えるには不自然に過ぎていた。
そして、声が、届かないまま。
反応の、無いまま。
スコールは不意に、戦闘中にも関わらず妙にゆったりした所作で、額に当てていた手を前方に差し出した。
スコールの元に駆け付けようと焦る2人には、その動作が助けを求めるそれの様に見えていた。
迫る人形2体が降りかぶっていた剣が、スコールに向かって、凶暴な早さと重さでもって打ち下ろされる。
…同時。
スコールは消えた。
「…は?」
間の抜けた声を発したのは、果たしてどちらだったか。
バッツとジタンは、思わず足を止めていた。
事態を上手く飲み込めないまま、隣にいる筈のお互いを見る。
…そこに相手の姿は無かった。
互いを視認…出来なかった。
世界が妙に暗く見え、人形共の動きが異常に愚鈍になっていた。
…まるで。
まるで時の流れの枠から…外されたような感覚だった。
「なんっ…だよ、これっ!?」
ジタンは言った。
「っ知るか、よ!」
バッツが応えていた。
声は互いに聞こえていた。
だが姿は見えなかった。
…あれ程明るかった空が暗い。 
まるで大地と空の間に薄墨を流したようで、空の青は墨色の向こうに閉ざされていた。
直視できる筈の無い太陽でさえ、今や空に浮かぶただの白い円だった。
大地に落ちる人形共の影は、底の見えない酷く濃い黒色。
草原の緑は、空と同じく薄墨に遮られて墨色の向こう側になっていた。
目を覆う涙が薄墨色なら、世界はこの様に見えるだろうか。
自分の姿さえ認知出来ない、酷く均衡を取ることが難しい空間の中で、2人は混乱した状態のまま、もう1度スコールの居た場所に目を向けた。
2体の人形は、スコールに剣を打ち下ろした状態のまま、止まっている様に見えた。
実際は、少しづつ少しづつ、体勢を戻す為に動いていたのだが、余りにも速度が遅い為、2人には止まっている様にしか見えなかった。
長く観察していれば、その人形が体勢を戻していく経過が見られたかもしれない。
だがそんな時間は与えられなかった。
…人形2体が剣を打ち下ろした姿勢でいるその場所。
そこに、突如。
地面から氷の柱が突き上がった。
氷柱に突き上げられた2体の水晶人形は、その瞬間に粉々に砕けた。
それは、いつか見たことのある、氷の攻撃魔法に、どこか似ている様な…気が、した。
…だが、それだけでは終わらなかった。
「…ひ、と?」
突き上がった氷柱の中に、胸の前で腕を交差させ、目を閉じた女性の形の何かが居た。
青い氷柱の所為か。
女性の形をした何かの肌も、青味掛かって見えていた。
…氷柱に閉じ込められている。
ただただ呆けて傍観する2人の目には、初めて見るそれらの現象が、そうとしか映らなかった。
…が、到底動ける筈の無い氷の中で、女に似た形の何かは極自然に目を開いた。
そうして次に、それは交差させていた腕を身体の両側に勢い良く、軽々と、開いた。
瞬間。
それを閉じ込めていた筈の氷柱は、甲高い、派手な音を立てて内側から砕け散った。
砕け散った氷の破片が、互いに打ち合わさりながら薄墨色の向こうに沈んだ草原に降り注いで、美しい音を響かせた。
…氷柱から解放されたそれの肌は、青く、人の色をしていなかった。
それは空中に浮いたまま、生まれ出でた世界を一瞥し…。
水晶の人形をその目に映した次の瞬間、両の腕を前に突きだした。
下に向けた掌の先に白い光珠が現れる…。
…その女の形の何かを、バッツもジタンも、見たことはない。
が、連想するものは確かに有った。
氷。
女の形。
浮遊できる、人成らざるもの。
青い肌。
そして…。
「あれは…スコールが呼んだ…のか?」
…呼び出しに応じて力を奮う魔力の塊…。
それら全ての事柄から、連想されるものはあった。
…だが、ただただ目の前の現実に理解の追い付かない2人の脳裏には、咄嗟に連想したものの名前が浮かんでは来なかった。
女の姿をした青白いそれの、下に向けた掌の先に現れた光珠は、それがしなやかに伸ばされた腕を上げる動作に従って掌を追い…腕が上げられていくその過程で、その輝きと大きさを増した。
薄墨に沈む世界で、それは目を射る凶暴な輝きを放っていた。
…女の姿のそれが、弓なりに背をしならせ…。
次の瞬間、それが上げていた両腕を前方に降り下ろすと同時、光珠は破裂し、方向問わず、辺り1帯を凄まじい低温の波動が襲った。
…身体の消えたバッツとジタンが、その寒波に心身を痛めることは無かった。
が、それでも。
1瞬で生体を破壊するその低温の波動の恐ろしさは、良く似たものを知るバッツとジタンには、良く…、理解、出来た…。
時の枠から外された空間。
現在の鈍速での動きが通常の速さであるなら、ここは…2人が連れていかれた…巻き込まれた? この空間は、異常な速度でもって物事が進行する世界なのだろう。
…或いは、1秒がとてつもない長さに引き延ばされてしまった空間か。
どちらにせよ、通常の空間ではない場所からの攻撃。
時の進みの遅い…或いは早い? 世界から繰り出された非情な冷気は、仮に人形共に意思、思考が有ったとしても認知出来なかったであろう。
…水晶人形は当然、反応など出来なかった。
反応の無いまま。
辺りに有った水晶人形は、1体残らず氷の中に固められてしまっていた。
…女の姿のそれが、冷たく…。
底冷えのする敵意を剥き出しに…微笑む。
…と…。
短い間を置き、女の形のそれが氷柱から現れ出でた時と同じ様に、人形を固めていた氷の塊は内側から破裂して四散した。
…氷共々、中の人形も。
…全て。
全部。
1体残らず。
氷と見分けの付かない欠片となって破砕した。
…ただの1体も、原型を留めるものは残らなかった。
破砕した細かい氷の欠片に混じって、水晶人形の欠片が、高く、涼やかな音を立てながら辺りに…2人の足元に…。
降り積もっていく…。
質量のある氷と欠片が、薄墨の向こうにある草原の上に降って、氷と欠片の絨毯を作り…。
その上に、やや小さい、軽い氷や欠片が降って、多様な、綺麗な、音を1面に奏でていた。
きらきらと。
きらきらと、
…それは夢の様な、幻想的な、音だった。
風が無い故か。
更にその上には、細かな氷と欠片の粉塵が、さらさらと、ゆっくりと、真っ直ぐに、雪の様に舞い落ちて降り積もり…。
……。
…やがて辺りは…一切が無音になった。
…沈黙。
…沈黙。
…沈黙。
…………沈黙。
「…耳…ってぇ…」
「…そう…だな…」
呟きの声量で発した2人の声は、1面の氷と欠片に吸い込まれて消えた。
耳鳴りのする、酷い…静寂だった。
…薄墨色の世界。
砕けた氷。
それに混じって辺りに散らばる、水晶人形…だったもの。
そして、その光景の、原因。
…それは。
その、女の形のものは。
全てが終わった薄墨色の世界の中で、未だに宙に身を浮かせたままで。
…しかし、今度は柔らかく。
先程の冷たい笑みとはうって変わって。
優しく。満足気に。
微笑んだ。
そして、2人がこの世界に巻き込まれた時と同じ様に。
…唐突に、消えた。
「…え?」
…やはり間の抜けた声を発したのは、どちらだったのだろうか。
世界は、元の姿を取り戻していた。
見晴らしの良い平原…。
風は凪。
天候は晴れ。
雲は無し。
木々も無し。
下草の緑が太陽を照り返して、少し、眩しい。
…そして。
そして辺りには。
あの、女の形をしたものが放った氷で、砕け散った水晶人形の欠片が、太陽の光を受けて、至る所で煌めいて…いた…。
丁度。女の形をしたものが居た…あった? 場所に。
ガンブレードを構えたままの。
スコールが。
居て。
何処か呆けた表情で、消えた直前に向いていた方向を、ただ、見ていた…。



ふつり。
目を覆っていた戒めが解ける様に、スコールは唐突に我に返った。
あれ程煩わしかった頭のざわつきが消えている。
あれ程全身が戦闘の窮地に緊迫していたというのに、今やそれが無い。
視界には、1面の水晶人形の欠片。
それが、蒼天の下、太陽の白い光を受けてちりちりと様々な色に光っていた。
…呼吸は上がっていた。
当然だ。先程まで戦闘をしていた。
…ならば、これ…は?
スコールは、辺りの破片を見渡した。
これは…俺、が、やった…のか?
敵の猛攻に戦闘中、意識を失い、無意識の内に戦い、今、目が覚めたのだろうか。
…身体中が、痛い。
自分の身体を見下ろしてみれば、服は斬撃によって幾筋も切れており、白いシャツは土と血に汚れていた。
…自然、舌打ちをする。
もし、本当に猛攻の最中に意識を失っていたのであれば、余り誉められたことではない。
戦闘中なら、常に冷静に自我を保って然るべきだろう。
しかし状況を見るに、そんな状態になっていたのは間違いなさそうだ。
そんなことをつらつらと考え…。
何となく、気落ちしたスコールは、溜息を1つ。
吐いて。
身体中の痛みと、血の臭気に眉をしかめてガンブレードを収めた。 
…これ程の怪我をしては、きっと仲間達は怒るだろう。
全く…。こんなつもりではなかったのだが。さて、どうしたものか…。
…と。
「…何だよ今の」
ふと、耳鳴りがする程に静まり返ったその場に、知った声が聞こえて。
スコールは慌てて声のする方を振り返った。
呆けた…どこか、恐ろしい目に合った様な表情をした仲間2人が、こちらを向いて立っていた。
…バッツとジタンだった。
加勢に来てくれたのだろうか?
しかしここへは1人で来た筈。
だとしたら、俺が追い込まれているとティナ辺りが騒いだのだろうか。
ホームからここまで来るのに、良く間に合ったものだと思う。
余程近いのだろうか。
ともあれ、2人が居たことに、全く気付かなかった。
…これも俺の不明だな。
傷を負ったとはいえ、仲間の接近にすら気付かないとは…。
そんな…少々の自虐的思考で、しかし2人に対し、僅かに安堵の表情を見せたスコールだったが、次の瞬間、その目は驚愕に見開かれた。
「っ何だよ今のは!」
叫んだのはバッツだった。
そしてその声色は悲鳴だった。
駆け寄って来る2人に、スコールは半歩、後退る。
2人が地を蹴る度に、人形の細かな欠片が蹴りあげられ、空中で回転しながらちらちらと光っては、再び大地へ戻っていった。
スコールの元へ掛け寄った2は、しかし一定の距離まで近付くと急停止した。
…何処か、異様なものを見る目が、スコールを射る。
そんな目で見て欲しくなくて、視線を反らそうとした瞬間、掠れた声が耳に届いた。
「…お前が呼んだのか!?」
そう、言ってきたのはジタンだった。
呼んだ?
何を?
誰を?
ジタンとバッツを?
いや、俺は呼んでない。
こいつらも、呼んで直ぐ来てくれる位置に居た訳じゃないだろう。
そもそも何をそんなに…。
見に覚えのないことを悲鳴の様な怒声で叫ばれ、スコールは怒りを覚えるよりも、面喰らってジタンを見詰めた。
切羽詰まった表情のジタンの額には、冷汗が滲んでいた。
「お前が呼んだのかって訊いてるんだよ!」
応えないスコールに、早々に痺れを切らしたジタンが尚も怒鳴る。
スコールは、戸惑いながら口を開いた。
「呼んだっ…て、別に俺は…俺がお前達を呼んだ訳じゃない…」
「俺等の話じゃ――」
「ジタン」
尚も詰め寄ろうとするジタンの肩を片手で抑え、後ろに引きながらバッツが低い声を出した。
「…」
不服そうなジタンは、それでも肩を引く手に逆らわずにスコールから少し、離れる。
深く深く。ジタンが深呼吸するのを、スコールは見ていた。
幾分、落ち着いたジタンが、再び口を開く。
「…お前、魔法戦士じゃないよな?」
「は?」
スコールはますます面食らった。
何故今更そんなことを?
当たり前だろう。
お前達だって知っている筈だろうが。
「…違うんだよな?」
畳み掛けるように言われ、スコールは頷いた。
…背筋に、冷たい、嫌なものが込み上げてきていた。
何故、今更こんなことを訊かれるのだろうか。
何が、あったというのか。
この2人は一体、何を見たのだろう。
…何か…知らない内に、俺はとんでもないことに巻き込まれた…または、してしまった…のでは…。
そんな…嫌な沈黙だった。
「…ってことは、魔法…でかい魔法は使えないって…ことだよな?」
気持ちの悪い沈黙の後、バッツが問い掛けてくるのに、スコールは再び、頷いて応えた。
…どう…したというのだろう。
何なのだろう。
不安に、徐々に動悸が上がって行く。
深刻な表情で顔を見合わせる仲間2人を、スコールは交互に見詰めた。
風は凪。
雲1つ無い晴天の空の下。辺りの草原の草の上に砕けた水晶人形の欠片が光っていた。
…耳鳴りが…波の様に寄せては返してくる。
そんな…静けさだった。
「…何だと言うんだ。一体…」
暫しの沈黙の後。
その沈黙に耐えきれなくなったスコールが、やや掠れた声で問い掛けると。
…2人は。
同時にゆるりとこちらを向いた。
…刺すような視線が痛い。
慣れない無表情が恐ろしい。
思わず目を逸らしそうになった刹那。ジタンが言った。
「スコールさ。俺と今朝した手合わせの約束、覚えてるか?」
「手合わせの…約束?」
身に覚えが無くて。
反射で。そう返してスコールは首を傾けた。
そして、ジタンの顔からみるみる血の気が引いていく様子を見て初めて、自分の返答が不味いものだったと知った。
…しかし、それが何故不味い返答だったのかが、スコールには解らない。
…何故!?
何なんだ!?
約束とは、何のことだ!?
助けを求めるようにバッツを見れば、既にバッツは青褪めていた。
「スコール」
掠れてはいたが、強い声でバッツに呼ばれ、返答を返そうとしたその声が喉奥で詰まる。
…バッツは委細を構わなかった。
「お前、此処へは何で来た?」
「それは…ウォーリアに…視察を…」
「そうだな。じゃあ、どうやって来た」
「どう…って…、幾つか世界の断片を経由して…歩いて…」
「どこを経由した?」
「え…」
スコールは瞬間、言葉に詰まる。
「何処を経由…って。名前の解らない断片なんか沢山あるだろう。どこと言われてもな」
「此処に来るには、名前の着いた世界の断片を1つ経由する。それはどこだ?」
スコールは焦りながらも首を振った。
…何故こんなことを訊かれるのか解らない。
何故、2人に恐ろしいものを見る目で見られなければならないのか解らない。
此処で何があったのかが、全く解らない。
解らない。
解らない。
…知らない。
…知らない!
「まだ皆の知らない、行ったことのない世界を見付けて知らせるのが今回の俺の任務じゃないのか。大体あんた達が来てくれたのなら、あまりホームからは離れて居ないんだろう? なぁ、何故そんなことを訊かれなければならない? 俺が一体何だって言うんだ! 一体何があったんだ!? そんな目で見ないでくれ…!!」
スコールの返答は、焦りからか。最後の方には悲鳴の様相になっていた。
…バッツはそんなスコールの手首を取った。
直ぐに踵を返して歩き始める。
急に腕を引かれたスコールは、歩き始めにがくんと身体の均衡を崩した。
「戻ろう」
バッツのその言葉は、きっと自分に掛けられたものではないのだろう。
…こんな、強引に、振り解けない程にきつく捕まれて…。
「…ああ」
言葉を掛けられたのは、やはりスコールではなくジタンで。
ジタンの返答は酷く鋭くていやに低く、スコールは全身を泡立たせた。
腕を引かれて、進むのは知らない方角。
「おい、バッツ…どこへ――」
「…お前はこっちから来たんだよ」
振り向かずにスコールに応えるよく知った声はしかし…とても…硬くて…。
スコールは、出掛かっていた次の問いを飲み込んだ。


「スコール、新しい装備手に入れたんだって?」
「…ああ」
「凄ぇじゃん! なぁ、それちょっと試してみないか?」
「…ああ、構わない」
「じゃあ、明後日手合わせでも!」
「…ああ」
「約束だぞー? 忘れるなよ?」
「…ああ」


…という会話をしたのは、誰と…いつだったろう…?


スコールの腕を引くバッツと、バッツの隣を行くジタンは、確かにスコールの良く知る仲間であった。
…が、今、この瞬間の、スコールに振り返らない2人の背中は、スコールの知らない背中だった。
…太陽は高く。
青空は明るく。
陽光が草原一杯に満遍無く降り注いでいて暖かかったが、スコールの身体の芯は不安に冷えきっていた。
…まるで氷の様だった。


続く→


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