難しい話をしよう | ナノ
 
「難しい話がしたいっス」
「はぁ?」
魔導研究所。
クリスタルを求めての旅の途中、訓練と称した稽古にフリオニールを引っ張り出したティーダが、幾度目か、渡り通路の床に叩き伏せられた際に洩らしたのは、そんな言葉だった。
余りに現状と関係ない言葉に、フリオニールからは半ば呆けた声が上がる。
ティーダは床から起き上がらず、ごろんと仰向けになって、フリオニールを見上げた。
…そこかしこから噴き出す蒸気で辺りの湿度は高く、呼吸が上がっても喉が痛くならないことが少々…いや、かなり有難い。
「何だ、突然」
フリオニールはティーダが寝転がっている渡り通路の欄干に立って、ティーダを見下ろしていて。
その後ろには、正に今、重い音と共に蒸気を吐き出した太い菅と、その菅を半ばから飲み込んでいる、研究所の無機質な壁が連なっていた。
菅の口から、気化出来なかった水滴が、ぼたぼたと下に垂れていく。
ここを己の居城としている道化も、蒸気が噴き出しても意に介さずに呼吸をしていたから、あの蒸気はほぼ100%水だと思うのだが、間違っても今しがた菅の縁から垂れていくあの液体には触りたくない、と、ティーダは頭の隅で考えた。
「だから、難しい話がしたいんス」
寝転がったまま。
ティーダは今度は大の字になって、フリオニールを見上げ、言った。
フリオニールは首を傾げながら、欄干の上に器用に腰をおろして。
欄干の手摺に身体の両脇で手をついて、起き上がる素振りの全く無いティーダを再び見下ろして問いかけて来た。
「例えばどんな?」
ティーダは即座に答えた。
「追尾がどーの、シャテイがこーのってやつ」
それは、この場所へ来る道中、クラウドとセシルが話していたものだったのだが、ティーダ曰く「難しい話」だった為に、何か格好良い、という印象以外、実は全容を覚えてはいなかったりする。
フリオニールは、何かを思い出すように眉をひそめて、傾げていた首を戻した。
「…『セシルのダークフレイムの追尾は利便性があるが、移動速度が遅く射程がウォーリアのシャイニングウェーブよりも短いから、開けた場所での中・遠距離攻撃には向かない』…?」
「そうそれ! その後の、えーと…?
「『入り組んだ逃場の無い場所での中距離攻撃が最も望ましいんじゃないか? もっとも、俺のメテオレインも似たようなものだが』」
「そうそう! で、その後は、えーと…。…元々遠距離への攻撃は良く知らない…?」
「…『元々、遠距離への攻撃手段を多く持っている訳じゃないから、どうにもまだ加減が解らない。ただ確かに発動までに時間が掛かるし進行速度が遅いから、実力が拮抗している敵、もしくは実力上の敵が相手だった場合、平坦な場所での中・遠距離への攻撃には向かないね』…だ」
「そんな会話がしたい!」
「すればいいじゃないか」
「難しくてできない!」
「あのな…」
フリオニールはむくれて叫んだティーダに、呆れたように溜息を吐いて項垂れた。
実際、ティーダの機嫌はあまりよろしくなかった。
先ず第一に、自分でフリオニールを引っ張ってきたものの、手合わせでの負けが相当込んでいる訳で…。
そんなフリオニールは、先の、ここには居ない2人の会話を覚えていて、その記憶力も凄いと思うのだが、あの会話を覚えていられるということは、会話の内容が理解出来ている、ということでもある訳で…。
つまりフリオニールも、しようと思えばああいう会話が出来るという訳で…。
…格好良い。
俺もそんな話してみたい。
無理。
何か、つまんない。
「のばら〜。俺が解るようにそんな会話振って」
「だから、その呼び方は止めてくれって…」
むくれたまま無茶を言ってくるティーダの扱いを図りかねて、フリオニールは溜息と共に肩を落として言った。
そうして、肩を落とした体勢のままで、一応、話を振ってきてくれた。
「あ〜っと〜…。ティーダの、その、ぼーる?」
「ブリッツボール」
「ブリッツボールは、見た目に反して威力が高いから、攻撃や威嚇だけじゃなく、迎撃にも使えるんじゃないか?」
「どうやって?」
「相手の技に当てて攻撃を相殺す――」
「んなことしたらボールが壊れるじゃないスか」
「…どうしろと言うんだ…」
がっくりと。
というよりはひじょーに疲れた様子で、フリオニールは再度、肩を落として項垂れ、溜息を吐く。
同じタイミングで、フリオニールが座る欄干の反対側にある壁の菅から、轟音と共に勢い良く蒸気が噴き出して、通気孔があるとも思えない上方へと立ち昇っていった。
その、蒸気の噴出音が止んだ頃、フリオニールがふと、思い付いた様に顔を上げる。
「そうだ」
落としていた肩を上げ、ティーダを見下ろしてそう言うフリオニールに、ティーダは僅か、首を傾けた。
「ティーダだって、俺達が解らない話ができるじゃないか」
「え…どんな…?」
突然の物言いに、ティーダはきょとん、と目を見開いてフリオニールを見上げる。
フリオニールは何かを思い出すようにして、今しがた蒸気の昇っていった上方を見上げて眉を寄せた。
「何だったかな…確か、バッツと話していたと思うんだが…獣のスジ?」
「…『野生の獣の肉は筋が固いから、火を通す前に筋を切って、叩いてから穴開けて、酵素か重曹に浸けて柔らかくしておかないと食べ辛いっスよ』?」
「そうそれ! 意味が全く解らん」
「え〜」
ティーダは不平を言うような口調で…それでもフリオニールに解らない会話が出来ていたのが嬉しいのか、口の端が上がってしまうことを押さえられない様子で起き上がった。
そのまま身体の向きを変え、フリオニールに向き直る。
そうして、両足を床に投げ出し、両手を後ろについて身体を支えて、のほほんとフリオニールを見た。
フリオニールは背中を丸めて、宙に浮いた膝に頬杖をついていて。
ティーダは言う。
「のばらって狩りしてたんだろ? 肉の調理法とか詳しそうだけど?」
フリオニールは肩を竦めて苦笑した。
「だからその呼び方は…まぁいい。狩りで捕った獣は、ぶつ切りにして煮たり焼いたりしてただけさ。固さは気にしてなかったし、気にする奴も居なかったから、味さえ不味いものでなければ、そういう料理前の…あ〜っと…手間?」
「下拵え」
「そうそれ。そんなの毛皮を剥いでなめしたり、血抜き、腑分けしたりする以外やったこともないし、全く解らない」
あの時は、随分難しい話をしているなぁ、と感心したんだ、と。
フリオニールが言うと、ティーダは嬉しいのかそうでないのか、微妙な表情を浮かべてフリオニールを見た。
「? どうした?」
「のばら達に解んない話ができるってのは嬉しいけどさぁ…」
そう言ってティーダは後ろにひっくり返った。
手合わせで火照った背中に、床の冷たさが心地好い。
そのままティーダは言う。
「それ、俺にとっちゃ当たり前の話だから、何か、フクザツ」
フリオニールは笑った様子だった。
「クラウドやセシルにしたって、難しい話をしようとしていた訳じゃなく、当たり前の話をしていただけなんじゃないか?」
「…そんなもんなんスかねぇ…」
「そんなものさ」
…そんなら、いいや。と。
言ってティーダは笑った。
釣られたのか、ちょっと呆れたのか。
現金な奴だな、と、フリオニールも悪意の無い笑い声を溢した。
魔導研究所のどこか、2人から離れた場所にあるのであろう菅から、勢い良く蒸気が噴き出す音が響いた。
それは、2人の笑い声が収まるまで轟音を鳴らして蒸気を吐き出し…2人の笑い声が収まっていくのと同じ頃、ゆっくりと消えていった。


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