羽根3 | ナノ



…。
歩いていた。
「…ティーダ」
…歩いていた。
「…ねぇ…ティーダ」
裂け目の底からは上に上がれた。
だから赤茶けた、地盤の弱い、段差や勾配の激しい大地を、ただ歩いていた。
「…ティーダってば…」
先程から、自分を呼び続けるオニオンを、ティーダは無視し続けていた。
腕の中のこの少年は、自分よりも強い。
自分よりも戦える。
そんなことは解っていた。
今は負傷しているけれど、自分よりも戦闘のことを良く知っていて、自分よりも戦場のことを良く知っていて、従った方が良いことだって、少年だけではなく、他の仲間達の言うことだって、本当はきいた方が良いことだって、実は全部、解っていた。
「ティーダ…」
嘘。解っていなかった。
解るけど、なんてことを言いながら、実は解っていなかった。
引け、と、最初、号が飛んだ。
負傷者を守る為、そのことによって健在な者に負担を掛けない為。
自軍を守る為。
…自分も引いていれば、その時健在だったオニオンを、その場で守れた。
次に、その場を動くな、と言われた。
裂け目の底には、薄く土埃が漂っていた。
大量の敵が湧いた際…2人では対応出来ない敵が湧いた際…底に居ればその土埃で、幾らかでも身を隠せた。
絶壁に身を寄せていれば気付かれない程度には。
…。
今、それらを心から理解した。
ティーダはきつく奥歯を食い縛ると、強く大地を蹴って走りだした。
今、理解しても、もう遅い。
…もう、遅い。
追われていた。
囲まれていた。
視界の端は、急勾配や大地の窪みに身を隠した水晶人形達が、ちらちらと光に反射する瞬きを捉えている。
「ティーダぁ…」
先程から、自分を呼び続けるオニオンを、ティーダは無視し続けた。
多分、オニオンから出される提案を、受け入れた方が安全だと解っていた。
嘘。多分聞いた時は解らなくて、逆らって、どうにもならなくなってから理解するのだ。
自分勝手。
傍若無人で、大嫌いだった…飛んでいってしまった…父親と同じ。
…もしかしたら、父はこんな形で、自分に優しくしようとしていて、裏目に出続けていただけなのかもしれない…。
「…知らねぇよ…」
ティーダは呟いて、走る速度を上げた。
腕の中のオニオンが熱い。
…今迄、大怪我をして高熱に苛まれる仲間達を、ティーダは何度も見てきた。
だから今、オニオンが熱いと感じるのは、足の怪我の所為なのだと思った。
思い込もうとした。
…本当は、飛んでいってしまう前兆なのではないかと、変な妄想をしてしまって、泣き出してしまいそうだった。
先程から、自分を呼び続けるオニオンの声が、弱々しくて怖かったから。
…左手から水晶の騎士が、水晶製の戟を手に襲い掛かってきた。
身体を水平に凪ぐその一撃を、ティーダはオニオンを包む様にして身を低くし、前に向かって強く大地を蹴りだして更に走る速度を上げた。
右手離れた場所で、水晶の傭兵が水晶製の銃剣の口径を、こちらに向けているのが見える。
銃が火を吹く直前、前方に突如現れた急勾配を滑り降りて銃弾から逃れた。
降りた先はやはり、段差や勾配の激しい大地で、そこには水晶の義士と少女が待っていた。
義士の斧を掻い潜り、少女の斬風を避けて更に走る。
兵士の剣から逃げ、盗賊の短刀を叩き落とし、旅人の剣に肩を掠められてティーダはついに剣を抜いた。
オニオンを片腕で抱え、胸に押しつけるようにして旅人の剣を弾く。
旅人を振り払って走るティーダの腕を、後ろから放たれた水晶の義士の矢が擦り、追い掛けてきた水晶の盗賊の短刀を剣で弾き、水晶の少年が放つ炎に足元を取られてふらつき、体勢を立て直した先に水晶の勇者が剣を振り下ろしてきて、ついにティーダの足は止まった。
「…降ろして」
オニオンが呟いた。
足が揺れて痛いのだろうか。
…いや、違う。きっと。
きっと、ティーダが戦い易い様に。
「…っ!」
ティーダはぎしりと唇を噛んだ。
その、あまりの力に唇が切れて血が滲む。
…父親の水晶に殴られた時と同じ味がした。
「…降ろして…」
オニオンは呟く。
「…、…降ろして」
「…うっせぇ…」
ティーダは呟き返して、オニオンを抱える腕に力を込めた。
…優しくしたかった仲間達の姿をした水晶に、攻撃を受ける…なんて…。
これが…優しくしたくて、飛んでいって欲しくなくて、飛んでいって欲しくないのは結局自分の我儘で、結局酷いことをしてしまった自分への罰なのか。
「…ティー、ダ…。…降ろしてよ…、その方が――」
「…うっせぇ」
「ティーダ…」
「うっせえええぇぇぇっ!!」
ティーダは吠え、いきなり走りだした。
向かったのは正面の、勇者の水晶人形。
上段から切り掛かった。
右に避けた人形の脇をそれて走る。
走る。
水晶の義士の矢が左肩を深く擦った。
水晶の傭兵の銃弾が足を掠め、それによって傷付いた皮膚が銃弾の熱で焼ける。
水晶の勇者の、赤く光り敵を追う数本の剣の内1本が片足の具足の踵を貫いて大地に突き刺さり、ティーダはその具足を捨てた。
踵が切れていた。
「ティーダ…ホームに行っちゃ駄目だ…釣っちゃってるから…」
「煩えよ! 煩えっ!」
水晶製の少女と旅人が放った吹き上がる水柱を避けて、前方に飛んだティーダの脇腹を水晶の騎士が放つ白い光が掠めて斬る。
水晶の兵士が放つ隕石を避け損ねて露出していた皮膚が焼けた。
「ティーダ…」
「煩えっ! 解ってんだよ本当は! 俺なんか誰にも敵わないって! 戦えるって言ったって俺は剣振り回せるってだけなんだって! 俺は弱いんだって、全部解ってんだよ!!」
ティーダは叫んだ。
飛び掛かってくる水晶の少年を、片手に持った剣で凪ぎ払って更に走る。
空中から向かってきた水晶の盗賊を剣で叩き落として更に走った。
「本当はさぁ! 別に俺の助けなんか無くったって、俺が居なくたってどーにかなることなんて、もう解ってたっつーの!!」
水晶の勇者が放つ光の波から逃げ、急勾配を駆け上がり様、義士の斧に絡め取られそうになって、必死で抜け出し、尚走った。
「でもだったら! 俺何の為にここに居るんだよ! 皆色々してくれんのにさ! それに何にも返せねぇで皆と居られる程無神経じゃ無ぇっつの! 馬鹿にすんな!!」
…飛んで…。
飛んでいって欲しくなかっただけじゃない。
何か返したかった。
恩を返したかった。
余計なことをした、という自覚はあった。
だが、だったら、どうしろというのか。
「ツルとかツラナイとか知らねぇよ! 俺が知らないの知ってるだろ!」
「…敵を――」
「うるっせぇっ!!」
両手に氷塊を纏って飛んできた水晶の少女を剣で打ち返し、水晶の騎士の黒い波動の射程外へ必死に逃れた。
「俺じゃ…俺じゃ何も出来ないってのかよ! そんな訳無ぇだろ! そんな訳無ぇ!!」
別に必要とされたかった訳ではない。
唯飛ばないで欲しかった。
唯受けたものを返したかった。
それすら、自分には出来ないというのか。
「そんな訳絶対無ぇだろ! ふっざけんな!!」
何故、皆は自分を仲間と呼ぶのか。
何故、自分は皆を仲間と呼ぶのか。
「絶対、絶対あるだろ! 俺にだって何か! なんにも出来ないとか、そんなんあり得ねぇっつーの!!」
「ティーダ…」
「心配しなくても!!」
ティーダは叫んだ。
叫び様、振り上げて打ち下ろした剣が、勇者の水晶人形を破砕した。
ティーダはオニオンを抱え、ひた走る。
走る。
「心配しなくても、お前1人ぐらい――!」
右に凪いだ剣が兵士の人形を砕き、返す力で振り上げた切っ先が少女の人形を割いた。
「お前1人ぐらいちゃんと守って帰ってやるよ! それぐらい出来ねぇでお前達の仲間だなんて名乗れねぇじゃねぇか!」
「ティーダ…」
こちらに向かい剣を構える騎士の人形の胸を足場に、踏み砕いて急勾配を駆け上がり、低い体勢のまま凪いだ剣で傭兵の人形の足を切り崩して走った。
「俺は――!」
走った。
「俺はあいつらの…お前の、お前達の仲間なんだよ! 胸張ってそう言う為に出来ること探して何が悪い!!」
優しい羽根は、きっと仲間達に生えている。
その仲間達を仲間と呼ぶなら、仲間達にも、自分には羽根が生えていると、思って貰えるようにならねば。
…だって。
…だって何故か、皆、自分に優しいじゃないか…。
「今俺に出来んのは、お前守ってホームに帰ることだ!! 心配しなくったってそんくらい俺にも出来るっつーの! だって俺…!!」
息が切れた。
呼吸を継ぐのが辛い。
剣が重い。
重いのは、これが仲間の命を守る道具だからだ。
これが仲間の重さだ。
守りたいものを守る為に与えられた戦士の武器だ。
「っ!」
唾が飲み込み辛い。
喉がひりつく。
…知るか。
「心配しなくても――!」
ティーダは叫んだ。
「お前くらい守ってやるよ! だって、俺は! 戦士で! お前を…お前達を守る為にここに居るんだ!!」
「良く言った!」
突然。
そんな声とすれ違って。
はっとして振り返ろうとした時、足元の細かい段差に具足を捨てた足の爪先が捉えられ、体が前に傾いだ。
…倒れはしなかった。
蒼い影に支えられ、オニオンを抱えたまま、ティーダはゆっくりと大地に膝を付いた。
自分の横を、更に幾つかの影が後ろへと…自分が追われていた敵へと…走り抜けて行った。
「良くやった。ティーダ」
そんな声に。
恐る恐る、顔を上げてみる。
…ウォーリア。
「もう大丈夫だ。良く彼を守り抜いてくれた」
今更の様に震えだしたティーダの肩を、ウォーリアは1度、その大きな手で強く叩くと、ティーダの背後に走っていった。
息を切らしたまま、ゆっくりと振り返ってみる。
…やられた、とオニオンが言った者以外の、仲間達全員、が。
そこに居て。
ティーダを追っていた人形達に対して、これ以上、今以上、ティーダに近付けまいと剣を、武器を取っていた。
その中の1人。
フリオニールが、戦況は優勢と見たか、戦線を離れてティーダの所に走ってくる。
そうして、オニオンを抱えたまま呆然と座り込むティーダの前にやってくると、地に膝を付き身を低くして視線の高さを合わせてきた。
「酷くやられたな…」
慈しむ様な苦笑に。
今更の様に全身が痛みだした。
フリオニールは、ティーダの手からオニオンをそっと外して、彼の歪んだ具足の金具を壊し、彼の足から具足を外した。
そうしながら、呟いた。
「…本当だな」
「…?」
ティーダは首を傾けた。
フリオニールは、苦笑して首を軽く振る。
「クラウドがな…。言っていたんだ」
「…、…」
「…何、て?」
声の継げないティーダに代わって、オニオンが言った。
1つ。
安堵の息を吐いて。
フリオニールは言った。
「優しいものには、羽根が生えているんだ…って」
は…と。
ティーダは息を飲んでフリオニールを見詰めた。
フリオニールは、そんなティーダに笑ってくれた。
「…だから、心配な時や、早く会いたい時…それに、自分が苦しい時や、助けて欲しい時には、必ず飛んできてくれるんだ…ってさ」
そう言って、笑ってくれた。
もっとも、羽根の色は白とは限らないそうだ、と、肩を竦めて。
「鉄だったり、赤黒かったりもするみたいだ」
お前は何色だろうな、と。
言われて、ティーダは目を見開く。
「…え…?」
呆けて、問い返すティーダの頭をフリオニールはわしわしと撫でてくれて。
「…俺達な」
もう1度。心底。
フリオニールは安心した様に息を吐いた。
「お前達のことが心配で…心配で仕方がなかった。…そうしたらお前は…本当に飛んできてくれた」
優しい奴には、羽根が生えているって、俺も信じる気になった。と…。
「…皆、も…」
ティーダは呟いた。
「うん?」
「…ちょっと…駄目かもって、思ったら、来てくれた…」
「ははっ」
フリオニールは笑った。
「なら、皆何色の羽根生やしてるんだろうな」
引け、と。
人形達をある程度退けた後、ウォーリアが号を飛ばした。
「今度はちゃんと引いてくれよ?」
言ってオニオンを抱え上げ、直ぐに移動魔法の詠唱を始めたフリオニールに、ティーダは頷いた。
…優しいものには、羽根が生えている。
ティーダはほっとして…。
満たされて。
胸につかえていたものが取れた様で。
漸く。笑顔を見せた。
フリオニールに抱えられたオニオンの唇が動く。
…ありがとう。
「…へへっ」
ティーダは笑って…地に腰を付けたまま、片手で鼻の下を擦った。
引いてきた仲間を、フリオニールの移動魔法の光が包む。
その朧気な光の中で。
ティーダは1つ。自分に頷いた。

…優しいものは、優しいものを大事にする気持ちを解ってくれる。
だから大事に思っていれば、必ず戻ってきてくれる。
…認めたくはないけれど、故郷の世界では飛んでいってしまった父親だって、この妙な世界で、もう1度自分に会いに来てくれた。
皆、自分に優しい。
自分を大事にしてくれる。
自分が苦しい時、こうして、飛んできてくれる。
だから。
だからもし、今度仲間が危険な時には。
ティーダは濃くなってゆく光の中、もう1度頷いた。


…大丈夫。俺は飛べる。





リクエストありがとうございました!
大変遅くなりまして、申し訳ございませんっ…!!
ご希望に添ったものが書けているか解りませんが、少しでもお気に召して頂ければ幸いです。宜しければどうぞお持ち下さい。

リクエスト主様へ。精一杯の感謝を込めて。


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